三八三年 雨の四十五日
お昼を過ぎてから。リックが慌てて駆け込んできた。
「ナリス!! ジェットがお菓子作ってる!」
お菓子? ジェットが?
私は何を言われてるのかわからなくってリックを見てたら、隣でナリスが急に笑いだした。
「ジェットが?? ククル、大変だろうね」
ナリス、もう滅茶苦茶笑ってる。
アレックさんたちにも話してくるって言って、リックは行っちゃったけど。
ナリス、どうしてそんなに笑ってるの??
結局ナリスはしばらく笑ってて。
落ち着いてから、やっと教えてくれた。
「ジェットって、かなり不器用なんだよね」
「確かにきっちりはしてないかな…」
宿も手伝ってくれるけど、仕上げは任せないようにってお父さんに言われてる。
「荷物もいつも大きいけど、あれ、俺なら自分の鞄に詰められる」
ジェットの鞄って、確かナリスのより二回りくらい大きいけど。
「パーティーの荷物をジェットが預かってるからだと思ってた」
「逸れてもいいように、基本個人で持つんだ」
言われてみれば納得だけど。知らなかったや。
「じゃあ、ジェットの鞄の中身とナリスの鞄の中身は一緒ってこと?」
「多少量の差はあるけどね」
そっか、ジェットってそうだったんだ。
お父さん、知ってたから任せるなって言ってたんだね…。
夜、いつものように厨房でナリスと色々話してた。
そういえば、明日帰っちゃう前に聞いておこうと思ってたことがあったんだ。
「ねぇナリス。ナリスは私たちの…結婚のこと、誰かに話した?」
お父さんにはあまり話すなって言われてるから、私はまだ誰にも話せてないんだけど。
私がそう聞くと、ナリスは頷いて答えてくれた。
「実家に手紙で伝えたのと、ジェットが帰ってきてから聞かれたのと…かな」
ダンも知ってるだろうけど、とつけ足して、ナリスは私を見る。
「レムに相談しないまま話してごめん」
「ううん、ナリスの家族とジェットたちなら話しておくべきだよ」
自分でそう言ってから気付いた。
ナリスの家族って、結婚のこと…っていうか、私のこと、どこまで知ってるんだろう?
「ナリス、家族に私のこと話してあったの?」
ナリスはうちのお父さんとお母さんにちゃんと話してくれたのに。私はナリスの家族に会いにすら行ってない。
結婚するってまで言ってるのに。いいのかな。
多分心配そうな顔になってる私に、ナリスは微笑んで頭を撫でてくれた。
「年始に帰ったときに話してあるよ。大事な人ができたって」
だ、大事な人って! 何だか照れるよ。
「それに、アレックさんが手紙で知らせてくれたって」
「お父さんが?」
私知らなかったよ??
驚く私に、ナリスも頷く。
「アレックさん、俺があんまり実家に寄り付かないの知ってるから。付き合うことになったときと、結婚受けてくれたときと。責任持って見守るからって言ってくれてたって、実家から手紙が来てた」
お父さん、私の知らないところでそんなことしてくれてたんだ。
やっぱり私はまだこどもなんだと、そう思った。自分のことで浮かれてて、ナリスの家族のことまで考えられなかった。
「…私、会いに行かなくていいの…?」
「会いたいとは言われたけど、今すぐじゃなくていいよ。アレックさんからも事情は話してくれてるし、うちの実家も店やってるから、ちゃんとわかってくれてる」
少し落ち込む私を慰めるように、優しくキスをして。
「それに、俺自身はもういい年だからね。いちいち報告しなくて大丈夫」
そう言って、ナリスは笑った。
「レムは話した?」
ナリスがそう聞いてくれたから。
ずっと言おうと思ってたことをようやく言える。
「…お兄ちゃんとククルと、アリーにも話していい?」
そう聞くと、ナリスは驚いた顔で私を見た。
「まだ話してなかったの?」
もう話してると思ってた、と呟いてから、もちろんいいよと答えてくれる。
それから急に真剣な目で、じっと私を見つめた。
「レム」
ナリスの手が頬に触れる。
「この先どうなるかわからないからってアレックさんは言うけど。俺はレムを手放す気はないからね」
唇が、軽く触れる。
「レムに愛想尽かされないようにがんばるよ」
目の前のナリスが微笑んで。
今度はしっかり唇が重なる。
私がナリスに愛想尽かすなんてあるわけないよ。
だから。
「…がんばらなくても、私もナリスを放さないよ?」
唇が離れた隙にそう言うと、ナリスがぎゅっと私を抱きしめて。
嬉しそうに私を見る金の瞳が近付いてきて。
あとはもう。滅茶苦茶キスされた。
ジェットのポンコツ炸裂回です。パッキングも苦手で、弟子たちにはいつもダンが教えてます。
ナリスの家族は父母と兄ふたり。本当は年始に帰ったときに年齢差で一騒動起こりましたが、ナリスのあまりの熱の上げっぷりに家族が折れました。そのとき既にレム以外とは考えられないと言い放っておいたおかげで、結婚についてはすんなり受け入れられたようです。
本編はククルに匙を投げられるジェット。
せっかく甘えてもらえたのに、残念な結果に終わりました。