三八三年 雨の四十四日
朝、今日もナリスがロビーで待っててくれた。
「ね、ちょっと外行ってもいい?」
そう言うと、ナリスは不思議そうな顔をしながら頷いてくれた。
ふたりで宿を出る。雨の月ももう少し、だいぶ晴れる日も増えてきたし、朝早いから空気も気持ちいいよね。
「どうしたの?」
「ちょっと練習に付き合ってもらおうと思って!」
「練習?」
きょとんとするナリス。
「アリーにね、色々逃げ方を教えてもらって。ククルとふたりで練習してるの」
ナリスの正面に立って、右手を出して。
「掴んでて」
そう言うと、ナリスは笑って腕を掴んだ。
この場合は、と考えて。
「じゃあいくよ!」
くるっと回って振り切る感じ、と思ってやろうとするんだけど。
ナリス、抜こうとする瞬間だけ滅茶苦茶しっかり掴んでない?
しかも私に合わせて動いてない??
結局何度やってもできなくて。
ナリスを見上げると、ものすごくいい笑顔してる。
「…ナリス……」
わざとだよね??
絶対わざとやってるよね??
「いや、されるってわかってたら防げるかなって」
笑いながらそんなこと言ってる!
「ナリスのいじわる!!」
もう知らない!
掴まれてた腕を引っ張られて、ぎゅっと抱きしめられる。
「ごめん。必死なのがかわいくて」
「知らない!」
ナリスのほうなんか見ないから!
「ごめんって」
「知らない!」
「レム」
耳元で甘い声で名前を呼ばれるけど。
そんな声で呼んだって、顔上げないもん。
って、ナリス??
耳にかかる息と、温かくて柔らかい感触。
耳!! 耳が!!!
驚いて顔を上げると、くわえてた耳を離したナリスと目が合って。
もう。その顔。
してやったり、じゃないけど。ちょっといたずらしたこどもみたいに笑ってて。
次の瞬間には、唇が塞がれてた。
長くて深いキスのあと。
吐息をつくしかない私をようやく離してくれる。
「…外なんだから…」
「うん。ごめん」
「怒ってるんだからね」
「うん。かわいかった」
「もう……」
からかわれても、好きだし、許しちゃうけど。
ホントにもう…。
お昼を過ぎてから、ダンとリックが来てくれた。
「レムも大丈夫か?」
心配そうに聞いてくれるダンに、大丈夫って答える。
「そうか」
ほっとした顔で、ダンは頭を撫でてくれた。
「レム」
「私は大丈夫だよ、リック」
ありがとう。リックも心配してくれてたんだね。
聞かれる前にそう答えたら、リックは笑ってくれた。
ふたりともククルのところにはもう行ってきたって。
宿に泊まるリックに鍵を渡してたら、手伝ってくれてたナリスも来てくれた。
「ふたりとも。先来させてくれてありがとう」
「おつかれ。身体は?」
「大丈夫、そんなヤワじゃないよ。リックはどう?」
「俺はちゃんと休ませてもらってきた」
ナリスもふたりが無事に着いて嬉しそう。
皆来てくれて嬉しいけど。
もうすぐ帰っちゃうってことだよね…。
夕方前にジェットが来て、私たちに話があるんだって。
お父さんとお母さんにはもう聞いたからって、今度は私とソージュにって。
「動の月の訓練、どうしたらいいと思う?」
急にそんなふうに尋ねられて、私はソージュと顔を見合わす。
「…どうしたらって、やるんじゃないの?」
まだスヴェンとエディルが来てないからね。ふたりにも会いたいよ。
「クゥのことがあったから。回数を減らすか、もう少し先に延ばしてもいいって言われてるんだが…」
「ククル、そのままでいいって言うと思うけど」
ね、とソージュに振ると、ソージュも頷いてた。
「俺はククルの思う通りでいい」
「私も」
ふたりでそう言うと、ジェットはちょっと嬉しそうに瞳を細める。
「アレック兄さんたちにもそう言われた。…ありがとな」
ククルがいいようにするのが一番だって思ってるのは皆同じなんだね。
きっとお兄ちゃんもそう言うと思うよ。
朝から飛ばし気味のナリスです。我慢の反動、継続中…?
訓練中ではないので、今回ナリスとリックは別部屋です。
本編はギャレットからの手紙。どうしても伝えたかったようです。