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三八三年 雨の三十三日 ②

長いです!

 宿に戻ってお母さんにククルが気付いたことを伝えたら、お母さんもものすごくほっとしてた。

 ククルの様子を見てくるって、お母さんが店に行ったから。私はこのまま宿に残る。

 話し声に気付いたのかな、二階からソージュが降りてきた。

「レム!」

「ありがとうソージュ。急にごめんね」

 ホントに突然呼びつけたようなものなのに、いつも嫌な顔ひとつしないで来てくれるソージュ。でも、今日の顔は少し曇ってるよね。

「気にしないで。ククルが大変だって聞いたけど…」

「詳しいことは私もわからなくって」

 どこまで話していいかわからなかったから、それだけ言って。

 もう少しで北からのお客さんが着く頃。右手奥の部屋にお父さんが連れてきた人が入ってるから、それ以外の部屋で、だね。



 お母さんがなかなか帰ってこなくって、ひょっとしてククルに何かあったんじゃないかって心配してたんだけど。

 戻ってきたお母さん、ククルから話を聞いてきたって。

 お客さんが来る前にって、私とソージュを呼んで。

 これ以上心配かけないように、ククルが話していいって言ってくれたからって。何があったか、話してくれた。

 聞いてたら段々怖くなってきて、私はいつの間にか両手を握りしめてた。

 普通は恋人同士や夫婦でしか許されないこと。

 お兄ちゃんが来てなかったら、それを知らない人がククルにしようとしてたってこと?

 知らない人にベタベタ触られて、そんなことされそうになって。やめてって言ってもやめてもらえなくて。

 お兄ちゃんを見てほっとして気失うなんて。

 ククル、どれだけ怖かったんだろう。

 私も、ソージュも、何も言えなくなって。

 黙ったまま、お母さんの話を聞いてた。



 結局お客さんが来る前にお父さんが戻ってきた。

 一緒に来た男の人と二階に行って。

 何だかちょっと騒いでる声がして。

 戻ってきたその人は、騒がせてすまなかったと謝ってくれた。

 また出ていったから、店に行ったのかな。

 戻ってきたその人はまた二階に行って、そのまま降りてこなかった。

 お父さんが来てくれて、捕まえた人のパーティーのリーダーだって教えてくれて。あとでもう何人か来るからって。

 前のディーたちのときと同じように、急にバタバタしだした宿の中。

 お昼にお客さんが来なかったし、今は二階にも行き辛くて、一緒に受付に立ったままのソージュはちょっと落ち着かない様子で。

「…いつもの雰囲気じゃないから、別の場所みたいだな…」

「ごめんね、こんなときに来てもらって」

 お客さんが来なかったから、ソージュには上がってもらってもいいかな、と思ったんだけど。

 ソージュ、違うんだって首を振って。

「…俺、手伝ううちに結構この仕事好きになってて。来たときは疲れたって言ってた人たちが、朝には元気になって明るい顔で出てくの見ると、嬉しくてさ」

 ソージュの言葉に、私はホントにびっくりした。

 ソージュ、そんなこと思ってくれてたの??

 驚く私を見て、ソージュはちょっと恥ずかしそうに笑ったけど、すぐに表情が曇る。

「そういうところだって思ってたから。今のこの雰囲気は、違うなって思っただけ」

「…そう、だね」

 私も『ライナスの宿』は、ソージュの言ってくれたような場所であってほしい。

「…早く、いつも通りに戻るといいな」

 うつむいた私に、ソージュはそう言ってくれた。



 そのあと、モーリッツさんと若い男の人と私と同い年くらいの人が来て、騒がせてることを謝ってくれた。

「北側からのギルド員はミルドレッドに残るよう指示を出しています。もしほかにギルド員が来たときは、そのふたりに対応を任せてもらえますか?」

「わかりました」

 一緒に来たふたりが頭を下げてくれた。

 部屋は使わないって言うから、ふたりにはそのまま長椅子に座ってもらったけど。

 どう見ても、疲れてるよね?

 受付はソージュに任せておいて。お父さんはいなかったから、お母さんに話して宿の食堂を開けてもらった。

 長椅子じゃあんまり寛げないし、ずっと受付の前も気が休まらないだろうしね。

 誰か来たら呼ぶからって言って、食堂に移動してもらう。

 大きめのポットにお茶を淹れてお菓子と出しに行ったら、ふたりとも何だかしょんぼりしてうつむいてて。

 自分のパーティーが迷惑をかけてるのに、どうしてって聞かれたけど。

 悪いのはあの人で。この人たちじゃないよね?

 むしろ迷惑かけられてるのはこの人たちのほうじゃないかなって、この疲れ切った顔を見てたら思うんだけど。

 そんなことを言ったら、びっくりされて、そのあとありがとうって言ってもらえた。

 気が緩んだのか、ちょっとだけ笑ってくれた。今のうちに少しでも休めたらいいな。

 しばらくしたらお父さんとリーダーの人が降りてきて、お父さんとお母さんがモーリッツさんと話してる間に三人に食事をしてもらうって。

 食堂でお茶を飲んでたふたりを見て驚いてたから、私が勝手にやったんだって言っておいたけど。あのふたり、あとで怒られたりしないよね?

 店で食べるのは気を遣うだろうから、宿の食堂に持ってきて食べてもらった。

 食べ終わった頃にお茶を持っていったら、三人共、少し雰囲気が柔らかくなってるみたい。

 美味しいもの食べるとほっとするよね。

 お茶を出すとお礼を言ってくれた。

 食事に手を抜かれてないのを驚いてたみたいだけど、ククルとお兄ちゃんがそんなことするわけないからね!

 きっとあの人に出すって言われても、ちゃんとしたものを作るはずだから。

 それが、ククルとお兄ちゃんなんだよね。



 夕方前にギルド員のお客さんが一組来て。対応をお願いしたら、許可が出るまで部屋に待機するようにって言われてたから。

 あとで部屋にお茶とお菓子を持っていこうと思いながら、部屋の鍵を渡した。

 それからすぐ、話が終わったみたいでお父さんたちも降りてきて。

 モーリッツさんとお父さんが店に行ってる間に、三人にお礼を言われた。

 お茶を出しただけなのにね。

 あの人には会わないようにって、私とソージュは厨房に行くことになって。

 厨房で、お茶を淹れるからってソージュには座ってもらう。

「ククル、大丈夫かな?」

 食事を取りに行ったときは普通だったけど。ククルは泣いたりしないでひとりで落ち込むからね。

 お茶を淹れながらそう言うと、ソージュはじっと私を見た。

「…レムは大丈夫?」

「私?」

「ククルがあんなことになって。レムも辛いだろうから」

 心配そうに私を見てるソージュ。

 ホントに優しいね。

「大丈夫だよ。大変なのはククルだもん。今はククルのことだけ考えないと」

 ククルは全然辛いって言わないんだから、こっちが気をつけておかないとね。

 ソージュはしばらく黙ったままだったけど、息をついて、そうだなって返してくれた。

 半分くらい飲んだところでお母さんが呼びに来てくれたから受付に戻って。ソージュにも帰ってもらわないとね。

 こっちがお願いする前に、明日からしばらく来るからって言ってくれたソージュ。

 本職もあるのにこんなに甘えていいのかなって思うけど、本当に助かってるから、素直にありがとうって言った。

 ソージュは嬉しそうに笑ってくれたけど、ふっと真顔に戻って私を見つめる。

「無理しないで」

 真剣な声に、本気で私の心配までしてくれてるんだってわかって。何だかちょっとこそばゆい。

「わかってる。ありがと、ソージュ」

 お礼を言うけど、見返すソージュの顔はちょっと困ってるように見えた。



 またお母さんが店に行って、戻ってきてから待機してもらってたギルドの人たちに食事に行ってもらうことになって。

 結局お茶も出せなかったよ。

 降りてきた四人に、待っていてくれたお礼とお茶も出せなかったお詫びを言うと、ちょっと驚いた顔をされてから、同じギルド員が迷惑をかけてすまないって逆に謝られた。

 そんなふうに言われたら、むしろこっちが申し訳ないよ…。



 今日はククルを泊めるからってお母さんに言われてたから。店を閉めて、お兄ちゃんと一緒に来てくれたククルと部屋に入る。

「今日は色々ありがとう」

 入るなりのククルの言葉に、何だかちょっと泣きそうになって。

 だって、ククル、あんな目に遭ってるのにお礼言ってくれるんだよ?

「ククル」

 呟くと、ククルは笑ってぎゅっと抱きしめてくれた。

「レムに悪くない、我慢しなくていいって言われて、そうなんだって思えたの」

「ホントのことだもん」

 そう言うと、ありがとうって言われるけど。

 ククルの声、震えてる。

「…だから、あとちょっとだけ、泣かせてね……」

 私を抱きしめてる手に力が入って。

 顔は見えないけど、小さな泣き声と震える身体に、私も我慢できなくて。

 一緒になって泣きながら、ククルのこと抱きしめた。

 ククル、怖かったよね?

 悲しかったよね?

 ちょっとなんて言わなくていいから、気が済むまで泣いてね。

 後半、宿は本当に慌ただしいです。

 ソージュはククルの幼馴染でもあるので、もちろん心配しています。

 本編、店のほうは逆に静かで。

 互いに互いのことを考えているふたりです。

 少し考えが進んだククル。しかしすべてが『テオだから』で済んでしまうことにまだ気付いていませんね。


 しばらく隔日で上げていきますね!

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冬野ほたる様 作
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