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三八三年 雨の十八日

また長めです…。

 今日ナリスが帰るからと思って。いつもより早めに宿に行ったら、やっぱりロビーで待っててくれてた。

「おはよう、レム」

「おはよう」

 いつものように厨房へ行って。お茶はまだいいって言われて。

 思わずじっとナリスを見る。

 結婚しようって、言われたんだよね。

 何だかまだ信じられないや。

「何?」

 くすっと笑ってナリスが私に手を伸ばして。

「今度は何考えてるの?」

 頭を撫でついでに後頭部を押さえられて、ゆっくりと唇を重ねられる。

 信じられないとか言ったら最後どうなるか、もう私だってわかってるから。

「嬉しいなって思ったの」

 だからそう言ったら、ナリスは嬉しそうに俺もって笑って。

 結局同じ結果に終わった、かな…。



 多分真っ赤になってる私にナリスはごめんって言ってくれるけど、相変わらず悪いって思ってないよね??

 もちろん今日帰るからだってことはわかってるから。怒らないけど。

 優しい瞳で私を見つめてたナリスが、そっと私の手を取った。

「レムにもうひとつ、言っておこうと思って」

 昨日と同じ、真剣な眼差しだったから。私も頷いてナリスを見上げる。

 ナリスは少し笑って。

「俺はね、レム。結婚したらギルドを辞めて、ここに住んでもいいと思ってるよ」

 迷いなんか欠片もない声でそう言った。

「ナリス??」

 突然すぎてついていけない。

 ギルドを辞めるって、何の話??

「ちょっと待って、急に何…」

 うろたえる私とは反対に、ナリスはすごく落ち着いてて。空いてる手で宥めるように頭を撫でてくれる。

「ギルド員である限り、俺は本部のある中央に住む必要があって。でもレムはここライナスにいる」

 優しいその手と声に少し落ち着いて、私は黙ってナリスの言葉を聞いていた。

「仕事と住む場所の問題は、俺たちにとっては避けて通れないこと、だよね」

 わかってるよ。

 ギルド員のナリスがライナスに住むことも。

『ライナスの宿』にいたい私が中央に住むことも。

 どっちも無理だってことは。

 うつむいた私に、ナリスは頭を撫でていた手で引き寄せて、私を抱きしめる。

「まだ先の話だから、もっとほかにいい考えが浮かぶかもしれないけど。でも俺は、別に諦めたとかじゃなくて、ここでレムと暮らすのもいいなって本気で思ってるよ」

 抱きしめる手が少し緩んだけど、私は顔を上げなかった。

「…まだ先なら、どうして今……」

 私との将来を考えてくれてるのは嬉しいけど。

 ナリスが天職だって言うギルド員を辞める選択をするのを、私は黙って受け入れられないよ。

 顔を見ないままの私に、ナリスは呟きを落とす。

「…言っておかないと、この先またすれ違いそうな気がしたから」

 緩んでた手に、再び力が込められる。

「俺にギルド員を辞めさせない為に。レムなら俺から離れることを選びそうだったから」

 私自身、そんなことを思うかどうかわからなかったけど。

 ぎゅっと苦しいくらいに抱きしめる手に、ナリスの不安が伝わってくる。

「俺にとってはそれが一番あり得ないからね?」

 ぽつりとそう言って、ナリスは私を離してくれた。

「時間はあるから、一緒に考えてくれる?」

 すっとナリスが手を差し出した。

 その手を取って、私は頷く。

「うん。一緒に考えるよ」

 ひとりで不安に思うんじゃなくて。

 ひとりで決めてしまうんじゃなくて。

 ちゃんとナリスに相談するよ。

 つないだ手を引っ張って、また私を抱きしめて。

「ありがとう」

 ナリスは嬉しそうにそう言って、優しいキスをしてくれた。



 ちょっと遅れてしまった分ナリスとふたりで慌てて準備してたら、いつも通りダンが来て手伝ってくれた。

 入口の床が濡れてるなって思ってたんだけど。朝食を食べに行くゼクスさんたちを見送ったときに理由がわかった。

 ロイの雨避け、濡れてるんだもん。

 また朝から店に行ってたのかな?

 そのあとだって、ゼクスさんたちが帰ってきても、ロイだけ戻ってこなくって。

 店は一体どうなってるの??



 しばらくで戻ってきたロイ。機嫌はよさそうだけど、滅茶苦茶ってわけでもないから。ククルと何かあったわけじゃないのかな。

 ロイが上がってすぐに皆揃って降りてきて、もう帰るからってお礼を言われる。

「来られてよかったよ。また次の訓練のときに」

「楽しみにしてます!」

 そう返すと、皆嬉しそうに笑ってくれた。



 朝食が済んだらジェットも来てくれて。

 しばらく会えないんだからナリスと話してこいって言ってくれた。

 ありがとうね、ジェット、ダン。

 ナリスとふたりで厨房に行って、今度はちゃんとお茶を淹れて…って思ってたら、もうナリスに捕まってて。

 見上げる金の瞳は、すごく嬉しそうだったから。

 仕方ないなぁ、もう。

 ナリスの大好きをいっぱい受け止めて。

 私もいっぱい大好きだよって伝えて。

「…ナリス」

「ん?」

 キスの合間に名前を呼ぶと、ナリスは止まってくれたから。

「ありがとう。これからもずっと、よろしくね」

 そう言って、私からキスをする。

 少し長めに唇を重ねてから離れると、ナリスが真っ赤になって固まってるから。

 かわいいなって思って二度三度と繰り返したら、そのうちまた引き剥がされた。

「…だから……」

 照れてるナリスに、少し笑って。

 この先まだ考えないといけないことはあるけど。

 ふたりで一緒に考えていこうね。



 行ってくるって言って、ナリスが発った。

 次に会えるのは動の月の訓練。待ってるからね。

 クライヴさんたちの命日に来てくれた人たちが皆帰って。

 いつもよりお客さんは多いけど、これで普段通りになるなって思ってたら。

 夕方前にフェイトさんたちが来て、本当にびっくりした。

「ごめんね、レムさん。またちょっと騒がせるかもしれないけど…」

 フェイトさんが苦笑して見る先には、やっぱりアルディーズさんの姿があった。

 チェザーグさんが挨拶してくれて、こないだは来てなかったエドモンドさんを紹介してくれた。

「レム・カスケードです。両親も兄もいるのでレムと」

「俺も名呼びで」

 よろしく、と言われる。カイさん、フェイトさんたちの兄弟子なんだって。

 荷物を置いたらまた食堂に行ったけど。

 ロイが帰ったと思ったら、今度はアルディーズさん。

 お兄ちゃん、心配だろうな。

 そんなことを思ってるうちに、フェイトさんとカイさんが戻ってきた。

「ニースはジェットさんたちと飲んでるし、ラウルは動く気ないから。先帰ってきたんだ」

 フェイトさんがそう笑う。

「ごめんな、レムさん。テオの機嫌悪くなりそうだな」

「大丈夫だよ。お兄ちゃん、八つ当たりはしないから」

 そう言うと、確かに、とフェイトさん。

「天気がよかったら、またアレックさんに指導してもらって。テオとも手合わせしたかったんだけどな」

 雨の月じゃ無理か、と残念そう。

「強いってホントなんだな」

「アレックさんホントにやばいから」

 …お父さん、やばいんだ。

「またそんなことを…」

 通りかかったお父さんが呆れたようにそう言って。フェイトさん、ちゃっかり次の約束を取り付けてるや。

 カイさんも呆れたように、でも優しい顔でフェイトさんを見てる。

 カイさん、いい人なんだね。

 レムは当初ナリスの言う不安の通り、ギルド員を続けさせる為に別れを切り出す予定でした。

 ナリスの危機察知能力の高さと、レムの惚れ具合…予想を越えました…。

 本編はロイの本音とラウルの強襲。

 フェイトはラウルの手前、ククルに呼び捨てでと言えないままです。

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冬野ほたる様 作
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