三八三年 雨の十四日
「ただいま、レム」
暗くなり始めた頃にナリスが来て、私はホントにびっくりした。
明日じゃなかったのって聞いたら、朝に雨が降ってなかったからって。
「早く会いたかったんだ」
そう言って私を見つめるナリス。
「あとでまた。ゆっくり話そう」
わかったって頷いて、鍵を渡して。
荷物を置いたナリスが店に行くのを見送って。
…話って、こないだの続きだよね。
まだあんまり上手く話す自信はないけど、ナリス、聞いてくれるかな…。
戻ってきたナリスは私の仕事が終わるのを待っててくれて。そこからふたりで厨房に行く。
着いた途端ぎゅっと抱きしめられて、優しくキスをしてくれる。
「会いたかった」
私を見つめて、頭を撫でて、またキスをして。
やっぱりナリスは優しいね。
「…話、するから…」
キスの合間にそう言うと、ナリスは私を離してくれた。
お茶を淹れようかと言ったけど、時間も遅いからもういいよって言われて。
隣に座って、ナリスのほうに身体を向けて。
何からどう話せばいいのか。わからないけど。
ナリスを見つめて、私は話し出す。
「…ナリスはここに来てくれるでしょ」
私が話しやすいようにかな、ナリスは口を挟まず頷いてくれる。
「…私がここから離れられないから、ナリスに来てもらわないと会えない。…でも、中央からここは遠いよね」
私を見返すナリスの瞳が、ちょっと驚いたように開かれて。
泣いたらまたナリスに謝らせて終わっちゃう。泣かないように、がんばらないと。
「……私はナリスに無理させてない?」
驚いたままのナリス。
「私はナリスに、ほかにやりたいことを我慢させてない…?」
泣かないようにと、ぎゅっと手を握りしめる。
「…ナリスにしてもらってばかりで、私は何もできないのに…」
そんな私でいいのかと、続く言葉は声にならなかった。
「……なのに、それでも会いに来てほしくって。ナリスが無理するのも我慢するのも嫌だし、ナリスがここに来るのを嫌になって会えなくなるのは怖いけど、でも会いたくて」
ナリスを見てたら泣きそうになったから、下を向いて。泣く前に言わないとって、だんだん早口になっていく。
「結局私は自分のことばっかりで。こんなこと言ったらナリスだって呆れちゃうんじゃないか―――」
「もういいよ」
ナリスが私の言葉を遮るのと同時に、きつく抱きしめられた。
「そんなこと考えてたの?」
身動きできないくらい強く抱きしめられて。かけられる声はいつも以上に優しくて。
…私、呆れられてないの?
「…ナリス…?」
呟くと、少し手を緩めてくれたから。
ナリスの腕の中、顔を上げると。
「俺が、会いたいんだ」
呟いたナリスがキスを落とす。
「無理もしてない。我慢もしてない。俺がレムに会いたくて、ここに来てるんだ」
「ほ、んっっ」
途切れた言葉ごと、唇を塞がれて。
しばらくそのまま、言葉も吐息も呑み込まれるようなキスが続いて。
―――私でいいの?
何もできないのに、私でいいの?
心の中の私の問いに答えるような、私のことを求めてくれてるナリスのキスに。
私がいいんだと、言われてるような気がして。
我慢してた涙が自然と溢れる。
「レムっ?」
泣き出した私に気付いて、慌ててナリスが私を離した。
「ごめん、俺また強引に―――」
「違うの」
必死に首を振って、今度は私からナリスの首に腕を回す。
「嬉しかったの」
驚いてるナリスに息が続く限りのキスをして。
そのまま胸元に顔をうずめる。
「…続きは……泣きやむまで、待ってね…」
小さくそう言うけど、ナリスからは返事もないし、抱きしめてもくれないから。
心配になって顔を上げたら、ナリスは真っ赤になって固まってた。
見上げる私に気付いて、慌てて隠すように手で顔を覆って。
「…な、んでそういうことを………」
困ったような、でもちょっと嬉しそうな声で、そう言われた。
泣きやんだ私に、ナリスはにっこり笑って。
『続きは?』って、聞かれたんだけど。
涙が止まって落ち着いたら、もう滅茶苦茶恥ずかしくって。
でも真っ赤になっておろおろする私をナリスがものすごくいい笑顔で見てるのが、何だかちょっと悔しくって。
だから、わかったって答えて。恥ずかしいけど抱きついてナリスにされるみたいにキスしてたら、そのうちぺりっとはがされて。
「〜〜〜っ!! だから! もうっっ!!」
真っ赤な顔してそう言われた。
知らないよ。ナリスが言ったんだからね。
ふたりとも火照りが収まるまで待ってから。
明日リックたちが来るって、ナリスが教えてくれた。
リックって、今ディーのところにいるんだよね? もしかして、ディーも来るの?
そう聞いたら、ナリスは笑って頷いた。
ジェット、リックだけ来れないの気にしてたから喜んでるだろうな。
私も嬉しいよ。
喜んでたら、急にナリスが私の頭を撫でた。
どうしたんだろうって思ってナリスを見ると、瞳を細めて私を見てて。
「…あと、レムにもう少し話したいことがあるんだ」
でもその顔が、ちょっ心配そうに見えたから。
「どうしたの?」
思わずナリスの空いてる手を握りしめてそう聞いたら、微笑んだままキスされた。
「…とりあえず、明日とあさっては忙しいだろうから。そのあとで聞いてくれる?」
そう言うナリスの顔は、もういつも通りの笑顔だった。
「うん。わかった」
気にはなるけど、話してくれるって言ってるんだもんね。ちゃんと待つよ。
私が答えると、ナリスは私をぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう」
妙に力の籠もったその手にちょっと不安になって、私も必死にナリスを抱きしめ返す。
…大丈夫、だよね?
ナリスが来ました。
レムに返り討ちにされるナリス。いや、あんたの教育の賜物だろうが。
本編はまだのんびりムードの食堂。
のんびりし慣れないジェットとダンは、結局いつも宿や食堂を手伝っています。