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三八三年 祝の四十二日

 朝宿に行くと、ロビーでナリスが待っててくれた。

「…少しいいかな」

 そう聞く顔がいつもより真剣で。

 何だろう? 今日帰るからその前に挨拶って感じでもないよね。

 不思議に思いながら厨房に行くと、先に入ったナリスが振り返った。

「何かあった?」

「え?」

 いきなり聞かれた言葉に疑問を返すと、手を取られて引き寄せられる。

「昨日の夜、様子がおかしかったけど。何かあった?」

 昨日、泣きそうになったのを気付かれないようにって、ナリスの背中に抱きついたこと…だよね。

 当たり前のようにここに来てくれるナリスに甘えてていいの?

 ほかにしたいこと、あるんじゃないの?

 ナリスに我慢はしてほしくないけど。

 それでも私は来てほしくて。

 どう言えばいいかわからない。

「…ないよ」

 だからそう言ったのに。ナリスはふっと吐息をつく。

「嘘」

 椅子の前に引っ張られて、肩を押されて。座った私に覆いかぶさるように、ナリスが顔を寄せてくる。

「話して」

「何もないよ」

「レム」

「ないもん」

 目の前のナリスの金の瞳が、少し翳って。じっと私の目を見たままで、ナリスの唇が触れる。

「気付いてないと思ってるの?」

 そのまま、もう一度。

「いいから。話して」

「…ない」

「レム」

 強くて甘い、ナリスの声。

「不安なら教えてって言ったのはレムのほうだよね?」

 そうだよ、私だよ。

 だけど。

「…言えない」

 呟くのと同時に、涙が零れる。

「…自分でもわからないから、言えないの」

「レム…」

 ナリスはちょっと驚いて私を見て。少し離れて涙を拭ってくれた。

 それから座ったままの私を抱きしめて、頭を撫でてくれる。

「ごめん。また追い詰めた」

「…違うよ、ナリスのせいじゃないよ」

 私もナリスに抱きついて。

「ごめんね」

 何も悪くないのに、またナリスを謝らせてごめんね。

 ちゃんと伝えられなくてごめんね。

 心配させてごめんね。

「ごめんね、ナリス」

「謝らないで」

 そう言ってぎゅっとしてくれるナリス。

 泣いてばっかりで。自分の気持ちもわからないで。ナリスに謝らせてばっかりで。

 こんな自分が嫌になるよ。



 どう言えばいいのかゆっくり考えさせてって、ナリスには言った。

 ちょっと心配そうな顔をしてたけど、ナリスは優しくキスして、わかったって言ってくれた。

 ごめんね、そんな顔させて。

 次にナリスが来るまでに、ちゃんと考えておくね。



 今日は皆が帰る日だから、まずは受付で皆と挨拶をする。

「ありがとう、レム! 楽しかった」

「俺も。楽しかった」

 レンとセラムの笑顔を見たら、ちょっと元気が出たよ。

「私も会えて嬉しかった。また来てね」

 そう言うとふたりとも頷いてくれる。

 ネーヴさんもまたよろしくって笑ってくれた。

 マジェスさんは相変わらずで。お礼を言ってくれて、ぺこりとされた。



「じゃあまたすぐ来るから!」

 次にすぐ来るのがわかってるからかな、ジェットもダンも嬉しそう。

「リックは?」

「俺はセドラムさんのとこに入れてもらうんだ」

 セドラムさんって…。

「ディーのとこ??」

 声を上げた私に、そう、とリックが笑う。

 ディー、喜ぶだろうな。

 ディーたちによろしくねって言うと、了解、だって。

 一緒に来てたナリスは、私を見て笑ってくれた。

「雨の月。俺も来るから」

「うん。待ってる」

 そう言ったら、ちょっと安心したような顔になって。

 行ってくるよ、って。頭を撫でてくれた。



 ウィルは、訓練は動の月だけど、雨の月にまた来ますって。ジェットみたいにお休み取れるみたい。

 ウィルも色々あったから、ゆっくり休めるならよかったって思うけど、お兄ちゃんのことを考えるとちょっと複雑、かな。

 ゼクスさんたちは、クライヴさんの命日に来てくれるつもりなんだって。

「宿は忙しくなるかもしれんが…」

「来てもらえるほうが嬉しいですっ!」

 思わずそう叫んで、皆に笑われた。

 ゼクスさんたち、来てくれるって!

 ククルの為にも、賑やかなほうが絶対いいもんね。

 ロイはお礼だけ言って笑ってたけど、ククルから雨の月に入ってすぐに来るって聞いてるよ。

 アリーとふたり分、お誕生日のお祝いしないとね。



 最後は外で皆を見送って。今から明日のお昼まで、ククルに休んでもらわないとね。

 そう思ってたのに、お昼食べに行ってびっくりしたよ。

 ククルったら、作業部屋で山のような柑橘の皮を一心不乱に刻んでるんだよ??

「何やってるのククル??」

「ジャムを煮ようと思って…」

 不思議そうに首を傾げて言われるけど!

 量! おかしいから!!

 もう、全然休めてないじゃない!!



 夜は町の皆に来てもらって、少しだけどもてなして。

 前回は私とナリスのことでできなかったから、今回こそソージュを労わないとだよね。

「ありがとうね、ソージュ。ソージュが来てくれるようになってから、ホントに助かってるんだよ」

「俺のほうこそ。…改まって言われると何か照れくさいけど」

 お礼を言うと、笑ってそう返された。

「しばらく訓練ないから、この間に勉強しようと思ってて」

 ネウロスさんのお手本、まだ全然真似できないからって。ホントに、ソージュは勉強熱心だよね。

「がんばってね」

 そう言ったら、嬉しそうに頷いてくれた。



 ククルは見てないといくらでも仕事するからって、今日は私の部屋に泊まるようにってお兄ちゃんが言って。

 もちろん大賛成! 久し振りにククルとたくさん話せそう。

 お茶を用意して、部屋でククルと向かい合って。何話そうかなって思ったら。

 妙に真面目な顔で、ククルが私を見てる。

「レムに聞きたいことがあるの」

「何?」

「ナリスと何があったのか、教えてくれない?」

 ククルからそんなこと聞かれるなんて思わなかったよ???

 レム迷走中です。一方的にしてもらうだけというのも辛いときがありますよね。

 ナリスのほうには迷いはなさそうなんですけどね。

 本編はここぞとばかりに大量のジャムを作ろうとするククル。

 苦味の少ない柑橘だと、ひと晩さらすと風味もなくなりそうですが。量が多いので大丈夫…ですかね。

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冬野ほたる様 作
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