ただ単に、カワイイ物が好きなだけ~「男なのに気持ち悪い」と言われ続けた女装男子の僕が引退したアスリート女子の師匠になった話~
──男なのに、気持ち悪い……。
いつかの言葉がリフレイン。
耳にへばりついて取れやしない、もう何度目だろう……。
それは親友だと思っていた相手と遊びに出かけた時のこと。
懐が深くて、優しい彼にならありのままの僕でいられるんじゃないか──淡い期待を抱いた僕は取り繕うことなく本当の「私服」で彼の前に立った。
──お待たせ。
いつも学校で話しかける時みたいに肩を小突いた。
──おせーよ、綾瀬……。
そう言って振り返った時の彼の顔、今になってもありありと思い出せる。
固まって、理解して……そして顔を歪めた。
引き攣った作り笑いで彼が言う。
──おいおい、イタズラにしては手が込み過ぎじゃないか? メイクまでして女装って……一瞬本気で誰か分からなかったぞ?
──イタズラじゃないって。これが僕の本当の「私服」なんだけど?
フリルとリボンがこれでもか、と施された──いわゆる量産型ファッション。
泣き腫らした跡みたいな目を演出した地雷系メイク。
これが僕の今日の装い。
──えと……じゃあ綾瀬って「そっち系」だったってこと?
──違う違う、そう言うのじゃないって。僕はただ……
そう、僕はただ。
──男なのに、気持ち悪い……。
僕の声を遮って、彼が言葉を漏らした。
小さくて震えた、心の底から湧き出たみたいな声。
あーあ。
信じてたのに。
君なら僕のことを分かってくれるって思ったのに。
僕は男だ、それは間違いない。
股間にはブツが生えてるし、それが邪魔だと思ったこともない。
学校では下ネタだって言って周りの女子にドン引きされたことだってある。
他の男子たちと違うのは本当にただ一つ。
──僕はただ単に、カワイイものが好きなだけ。
★☆ ★
「あー、ヤな夢見た……」
げんなり。
あさイチからテンションが下がる。
あのことはもうとっくに割り切ったつもりだったのに。
定期的に夢に見るもんだから嫌になる。
「慰めてもーらおっと」
立ち上がってポフポフと。
いつも通り慣れた手順でメイクをこなして、温もりがまだ残るベッドに潜り込む。
そしてスマホを取り出して──パシャリ。
……もう一回。
パシャリ。
……イマイチ。
パシャリ。
……今度はいい感じ。盛れてる。
フォトショでパパっと、加工し過ぎない程度に加工する。
この写真のコンセプトは「寝起きの一時」だから、キマりすぎてるのは良くない。
写真は出来たら後はそれっぽい感じの文章を考えて、と。
推敲を重ねて、ゆる~い感じが演出できれば完成。
【ねえ、一緒にサボろっか? #月曜の朝#ダルい#寝起きの一枚#すっぴん】
がっつりメイクしてたじゃん? って?
そういう野暮なことは言わないの。
すっぴんって言い張ればそれはすっぴんなんだから。
ほら、だって皆言ってるよ?
「かわいい」「かわい過ぎる」「アヤセちゃんマジ天使」「今日も一日生きていける」
ああ~、沁みる。
皆からの「かわいい」その一言で憂鬱な月曜も生きていける。
フォロワーまじ感謝。
「こいつ盛ってるだけで普通にブスでしょ。私分かるし」
……はい出たアンチ。さよならブロックまた来世。
中にはこんなのもいるけど、僕は誇り高く「かわいい」を追及しているだけ。
エラ骨を髪で隠すのも、少し広い肩幅を布団で覆い隠すのも、全部かわいいのためだから。
その工夫を「盛ってる」の一言で片づけないで欲しいんですけど!?
僕よりカワイくなるための努力してるのかバーカバーカ。
なんて毒づきながらDMをチェックしていると、僕を女だと勘違いしてる出会い厨からのお誘いの他に無視できないメッセージがひとつ。
「僕にTV出演のオファー……?」
公式マークがついてるから本物なのは間違いない。
ミンスタのフォロワー数がそろそろ50万人を超えそうな僕の元には、雑誌とかの取材や撮影依頼が来ることはあったけど、TV局から仕事の依頼が来るなんてさすがに初めてだ。
ちょっと身構えながら丁寧に書かれた文章を読んでいくと、どうやら「憧れの人に会いたい」という企画で、僕にご指名が入ったらしい。
お相手は今年のオリンピックで女子平泳ぎ200mで銀を取った──女子高生メダリストの朝凪玲。確か同い年だったはず。
そういえばフォロワーの中にいたっけ。
それに……オリンピックの時のインタビューが結構話題になってるから、世情に疎い僕でも知ってる人だ。
──「普通」の大学生になりたいです。だから水泳は高校で辞めにします。
彼女はメダルを取った後、取材陣に向けて言い放ったのだ。
オリンピック連覇も期待されていた彼女の唐突な引退宣言。話題にもなるだろう。
そんな彼女──朝凪さんが僕に会いたいと来た。
純粋に憧れの人ということで僕を指名してくれたことは嬉しいし、僕の芸能界進出の足掛かりになるかもしれない。
どうせ僕は「普通」に生きられないんだ。
若さが武器として使えるうちに見世物として生きるのも悪くない。
皮肉に笑いながらDMに番組出演を了承する旨のメッセージを返すことにした。
★☆ ★
「あの……初めましてアヤセさん!」
ペコリと頭を下げたのが朝凪さん。
僕より高い身長、僕よりも広い肩幅、それでいて幼さの残る可愛らしい表情が妙なギャップをもたらしていた。
──不思議な人。
というのが僕の第一印象だった。
インタビューで見た堂々とした感じはそこにはなかった。
「初めまして、朝凪さん! あの……せっかく憧れの人に会えるってことなのに、それが僕でよかったの?」
「そんなこと……ないです! オファーをもらった時から絶対アヤセさんしかいないって思ってて……あの今更ですけど、本当に私アヤセさんのこと大好きで……」
「ありがと! 僕も僕のことが好きだよ♪」
「ああ、その感じ……本物のアヤセさんだぁ」
恍惚とした表情を浮かべる朝凪さん。
僕のことが好き、というのは本当らしい。
目が純粋な子供みたいにキラキラとしているのが何よりの証拠だ。
「えと……そろそろ打ち合わせを始めてもいいでしょうか……」
「あ、ごめんなさいディレクターさん……」
「そうそう、僕番組で何するのかあんまり聞いてなかったんだよね。何するんです?」
「それは私から説明させてください……! あの、私今まで必死に水泳だけして生きてきたんです。でもこれからの人生は普通の女の子としてキャンパスライフを送りたいって思ってて……」
「いいんじゃない? 自分の人生なんだし。好きなことに全力じゃないと損だよね」
「そう! そうなんです! 正にアヤセさんの言う通りです! 私本当はカワイイものが大好きで、カワイイに全力なアヤセさんにずっと憧れていたんです!」
何となく朝凪さんのことが分かってきたぞ……。
この人何となく昔の僕に似ているんだ。
カワイイものが好きだけど、自分には縁のないものだと思っていた昔の僕に。
「それでアヤセさんにお願いなんですけど、アヤセさんの力でその……私をカワイくしてもらうってことは……できないでしょうか?」
「え、うん。その程度だったら喜んで」
僕は自分がカワイくなることを一番の目標にしているけど、白雪姫に出てくるお姫様のように自分が一番でなきゃいけないなんて思ってないし、ましてや自分よりカワイイ人のことは敬意の念を持って見ている。
だからカワイイを志す同士が増えることは歓迎するべきことなのだ。
「具体的な説明は私から──」
ようやく自分の出番が来た、とばかりにディレクターが話を始めた。
どうやら番組は僕が朝凪さんをプロデュースする様子をロケで撮影して、その成果をビフォーアフター的な感じで生放送のスタジオで紹介する、という流れらしい。
打ち合わせは思ったよりもすんなり終わった。
というのも僕の都合がいつでもつくから、というのが理由だ。
ロケの日程の調整が要らない、という点が大きかったのだろう。
通信制の高校に通うメリットが出た形だ。
「それじゃあアヤセさん……当日はよろしくお願いしますね」
朝凪さんが深々と頭を下げる。
改めて見ると、長身でスタイルはいいし、顔も化粧っ気がないだけで整ってはいる。
問題は肩と足、かな。
水泳選手特有の問題なのだろう。
朝凪さんの体格はどちらかと言うと男性のそれに近く、朝凪さんの憧れるような普通のカワイさを演出するのは少々骨が折れるかもしれない。
でも、そんなこと性別を超越できる僕のテクにかかれば何の問題もない。
素材は上々、シェフの腕は一流。
これは腕が鳴りますな……。
★☆ ★
「ダメです……私こんなの着れませんっ!」
「え~、そうかな~?」
「無理です、こんなフリフリなの私には無理です!」
ロケ開始から一時間、思ったより苦戦していた……。
アスリートだから頑固なのか、頑固だからアスリートなのか。
とにかく色々勧めてみたのだが一向に服を着てくれないのだ。
「だって私肩幅広いですし……足だってアヤセさんの倍くらいありますよ?」
「大丈夫、このコーデならしっかり誤魔化せるから! 玲は骨格が男性に近いからこうやって、裾が広がる感じのスカートを着てシルエットを隠せばいい感じにカワイくなるって」
「うぅ……でも……」
埒が明かない……。
少しイラっときてしまうのはカルシウム不足か、牛乳飲んでおくんだったな~。
「この際だからハッキリ言うよ玲! 人が一番カワイくいられるのってどんな時だと思う?」
「……自分に似合う服を着ている時、ですか?」
「違う、違うんだよ玲! 人が一番カワイくいられるのは自分が一番カワイイって思うものを着ている時なの! だから、玲がこの店の中で一番カワイイと思うアイテムを教えて。後は僕がプロデュースしてあげるから」
「自分が一番カワイイと思うアイテム……」
チラリと目線がとあるアイテムを捉えたのを僕は見逃さなかった。
「アレ、だね」
「はぅ……そうなんですけど、アレはちょっと……私には」
「どうしてもダメ?」
「アヤセさんとかなら似合うかもしれませんけど、私には似合いませんよぉ……」
僕になら似合う。
当然だ。僕に似合わないアイテムはない。
何故ならアイテムに僕が合わせるから。
着たいと思ったものは何があっても着るし、そうやって生きてきた。
……例え誰に「気持ち悪い」と言われようとも。
だからね、玲。
君が着ちゃダメな服なんてないんだよ?
「ねえ、玲。耳貸してよ」
「え? はい……」
長身の玲がわずかに屈んで、耳を近づけてくる。
あーあ、バカだな僕は。
せっかく僕に憧れてくれている人を失望させるかもしれないことを言おうとしているんだから。
(実はね、僕は男なんだ)
(え? え? 嘘ですよね?)
(男の僕でもこんなにカワイくなれるんだから、玲なら大丈夫だよ。自信持って)
(……はいっ!)
……玲は僕のことを蔑まなかった。
それどころか、キリっと目を引き締めてレースに臨む直前みたいな雰囲気を醸し出していた。
「アヤセさん、私……着ます。アレを」
「そっか、やっと勇気出してくれたんだね」
「はい、アヤセさんの言葉に、勇気をもらったので……」
「……ならよかったよ」
「ねえ、アヤセさん。私、カワイくなってもいいんですよね?」
「玲がいいと思っているなら誰の許可もいらないよ」
「……はいっ!」
玲はその日一番の、満面の笑みを浮かべた。
──さて、後は僕の腕次第か……
★☆ ★
「さて、ここまでロケの映像を見ていただきました~。CMの後は実際にアヤセさんがプロデュースした朝凪玲さんがスタジオに登場します。お楽しみに!」
景気のいいMCのフリが終わると一瞬だけスタジオの空気が緩んだ。
生放送、一瞬も気が抜けない戦場。
ディレクターもそこかしこ動き回ってるし、スタッフはそれぞれ進行の確認などで忙しそうだ。
「うぅ……緊張してきました」
スタジオの裏の待機場で玲が心臓に手をやって大きく深呼吸をしている。
「オリンピックのメダリストが何言ってるのさ」
「オリンピックより緊張するかもです……」
「あはは、そんな冗談言えるなら大丈夫♪」
「冗談じゃないですってぇ~」
プリプリと怒りを露わにする玲。
迫力はなくむしろ可愛らしい。
玲の気持ちは分かる。
本当の自分をさらけ出すことって勇気がいるよね。
それを生放送で全国にさらけ出す自身は僕にはなかった。
「……強いな~」
「……? 何か言いました?」
「いや、なんでも」
今はそれを伝えるのは野暮ってものだろう。
「CM開けまーす。3,2、1」
スタッフの掛け声と共に出演者のスイッチが入る。
「そろそろ出番でーす」
と横のスタッフが促してくる。
僕らと出演者を隔てるのは薄い幕一枚。
幕が開けば、ついに玲のお披露目の時。
「それでは登場していただきましょう。人気インフルエンサーアヤセさんによるプロデュースを受けた朝凪玲さんはどうなったのか?」
「じゃあ、いくよ玲」
「はいっ!」
「お二人の登場です、どうぞ!」
幕が降りて、一気に明るいスタジオが目に入る。
それと同時にざわつくスタジオ……。
「かわいいっ!」
「うっそ、全然イメージ違う!」
「なんや全然違うやん!」
出演者から口々に感想が飛び交う。
それもそのはず、玲があのロケの日……一番カワイイと思ったアイテムはゴスロリ系のアイテムだったからだ。
自分には似合わない……そう思っていたはずの玲が今、自信をもって堂々と皆の前に姿を現した。
それだけで玲はもう十分にカワイイ。
「えーと……凄い変わりっぷりですけど……アヤセさん」
「は~い」
「これはどういうコンセプトなんですか?」
「これはですね、玲が一番カワイイと思ったアイテムをベースに選んだコーデです。見ての通りゴスロリ系です。どうです? カワイイでしょ? まあ僕がプロデュースしたので当然と言えば当然なんですけどね♪」
「いや凄い自信やな!」
「そりゃそうです、自信しかないです!」
ワハハと。
スタジオに笑いの渦が巻く。
どうやらMCの人は僕のことを話せる人だと思ってくれたらしい。
芸能界進出のために爪痕を残したい気持ちはあるが、今日の主役は玲だ。
早く玲のことを話したいんだけど……。
「いや~、すごいな~。朝凪さんの変わりよう」
「いやほんまやで~」
は?
誰だよお前ら。
ひな壇芸人が今はしゃしゃり出てくる場面じゃないんですけど?
彼らも番組内で爪痕を残そうと思っているのだろうか。
生放送のスタジオの空気が凍りかけたのにも構わず、司会者の制止を遮って話を続けた。
「こんな、変わり方ある?」
「ほんまやって。こんなん詐欺じゃないですかぁ~」
「ビフォーアフターでこれだけ変わるんやろ? 女性不信になってまうわ~」
「……まあ、これも僕が玲の元々の魅力を引き出したからなんですけどね~」
キャラを作りながら必死にフォローを入れる。
なんだよこいつら。
自分が目立ちたいだけかよ。
今この場で誰よりもカワイイ玲を見て出た感想がそれか?
もっと言うことあるだろうが。
湧き上がる怒りを抑えながら。
何とか僕の天真爛漫で自信過剰なキャラクターを崩さないまま、MCに言葉をパスする。
「さあ、玲さん。カワイくなった感想はどうですか?」
「あ……その……」
可哀想に。
玲はすっかり自信を無くしてしまっていた。
あのクソ芸人の言葉に傷ついたのだろう。
自信を失えば服に着られてしまう。
さっきまでのカワイさは曇ってしまっていた。
それじゃダメだよ玲、ちゃんと胸張って立たないと。
「朝凪さんも緊張してるみたいですね~。じゃ、憧れの人に会ってみた感想はどうですか?」
「……はい、アヤセさんはロケ中もすごく優しくて、やっぱり憧れの人だなって……」
ようやく玲が話せるようになってきた時、またしてもクソ芸人が割り込んできた。
「やっぱあれですかね? 人は自分の持ってないものに惹かれるっていう……」
「聞いたことあるわ~それ。全然タイプちゃうもんな~」
「ホンマにな~、アヤセさん? は小柄で女の子らしいねんけどな~」
「……」
玲はもう泣きそうになっていた。
作り笑顔が痛々しい。
なんでだよ、なんでそこまでして人のカワイイを否定しようとするんだよ、こいつらは。
ああ、もうダメだ。
芸能界進出とか、爪痕を残したいとかもうどうでもいい。
こんな番組ぐちゃぐちゃになってしまえばいい。
「どう、アヤセさん? いいキャラしてるし俺らとトリオでやってみーひん?」
「ふざけんなよ……」
「はい?」
ドスの効いた、男の声を出す。
声の出どころと語気の強さに戸惑った芸人が汗を流すのが見えた。
「玲より僕の方がカワイイだぁ? そんなわけねーだろ。今この場で誰が一番カワイイのか分かんねーのか? あぁ?」
「あ、あ、アヤセさん?」
「オネエ……やったんですねぇ……」
完全に放送事故だ。
でも構うもんか。
玲の勇気を、カワイさを否定させなんてしない。
「違う、僕は男だ! 身も心も男だ! ただ単にカワイイ物が好きなだけの男だよ!」
「えと……それは何が違うんやろ?」
「全然違うだろ、それもわかんねーから会話の流れも、玲のカワイさも分からないんだ! 玲が今日の恰好をするのにどれだけ勇気を振り絞ったのか分からないのか? 全国に生放送で自分の【好き】を晒す怖さが分からないのか? お前らみたいに空気が読めないやつは芸人なんて辞めちまえ!」
「あの……アヤセさん落ち着いて」
語気の割に僕は至極冷静だった。
だからこそ、僕は自分を映し続けているカメラの位置も把握していた。
僕はカメラの前に寄って、この番組を見ている名前も知らない誰かに、かつての僕に語りかけた。
「いいか、これを見ている人たち! 少しでもカワイくなりたいと思っている僕の仲間! 君は君の思うようにカワイくなっていいんだ。誰に否定されたって自分が一番カワイイと思う自分でいていいんだ! 中にはここにいるような無知でバカなやつもいる。でも僕は間違いなく君の味方になるから! だから勇気を出して、一緒にカワイくなろう!」
思うままに訴えかけた。
心の底から湧き出るままの言葉を口にする。
今はそれが一番だと、そう思ったから──
★☆ ★
怒られた。
番組のプロデューサーに形だけだったけど怒られた。
でも僕は後悔していないから、それでいいや。
結局僕が男だとカミングアウトしたことで、ネット上では色々な意見が生まれた。
ネットなんて所詮掃き溜め。
肯定的な意見もあれば、ゴミみたいな取るにたらない誹謗中傷もあった。
それでも世論は僕を支持した。
玲のことをバカにした芸人二人は大炎上してテレビ業界から干され、テレビ局は謝罪する事態になった。
そして僕と玲はと言うと──
◆◆ ◆
その瞬間、私には彼がヒーローに見えた。
誰よりもカッコよく見えた。
生放送の事件があったあの時、酷いことを言われて泣きそうだった私を、綾瀬くんは慰めるのではなく鼓舞してくれた。
私は私のまま、私のカワイイを好きに表現してもいいんだ、という勇気をくれたのだ。
それが何よりも嬉しくて私はきっとこの時から──
あの生放送をきっかけに仲良くなった私たちは、ちょくちょく二人で会うような仲になった。
そんなある日のこと──
「ねえ、アヤセさん……いや、くん?」
「どっちでもいいよ、呼びやすい方で」
「じゃあ、今まで通りアヤセさんで……」
「僕的には玲には呼び捨てにしてほしいんだけどな~。だってもう僕ら戦友みたいなもんじゃん?」
「いいの……?」
「僕的にはオールオッケーだよ」
「じゃあ、綾瀬……くん」
私の言葉に綾瀬くんはわずかに頬を染めた。
「あれ、呼び捨てより『くん』付けの方が恥ずかしいかも」
そういう所まで、カワイくて……でもカッコイイのはズルいなぁ。
私は不器用だ。
水泳しかやってこなかった。
直線勝負しかしらなかった。
だから恋愛事でもそうなのだろう。
溢れ出た気持ちを今すぐに伝えずにいられなかった。
「あのね、綾瀬くん」
「うん?」
「私ね、綾瀬くんのこと……好きになっちゃったみたい」
「……へ?」
さすがの綾瀬くんもこれには固まった。
いつも飄々としている綾瀬くんが、だ。
「だからね、私と付き合ってほしい……って思ってるんだけど……ダメ?」
「ダメというか……いきなり過ぎて驚いているというか」
「……ダメ?」
押してダメなら押してみろ。
私の好きな言葉。
これでもオリンピックのメダリストやってます。
勝負事には強いつもりです。
だから、綾瀬くんの耳が赤くなったのを私は見逃しませんでした。
「……僕でいいの?」
「綾瀬くんがいいんです」
「僕、普通の彼氏みたいにはなれないよ?」
「それでも構いません、私は今の綾瀬くんが好きなんです」
「そっか……じゃあ、よろしく……」
柄にもなく、綾瀬くんが頭を掻きます。
こんな感じで油断して、たまに出る男らしさにキュンとしたりするのです。
これは、ただ単に、カワイイ物が好きなだけ。
共通点がそれしかなかった私たちが付き合うことになった、そんな物語。
ありがとうございました。
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