第1章 「女子大生の危険な遊び」
壁掛け時計で午前三時を確認した私は、直ちに行動を開始したんだ。
準備は万端、後は実行あるのみだよ。
「最初の鬼は、久美浜ミク。」
淀みの無い口調で自分のフルネームを三回繰り返したけど、返事は無い。
聞こえてくるのは、浴室の壁面に反響する私自身の声だけだ。
もっとも、私が呼び掛けているのは左手で握ったヌイグルミなのだから、それも当然なのだけれど。
手のひらにスッポリと収まるサイズの、百均で買ったタヌキのヌイグルミ。
その愛らしい面構えに軽く笑い掛けると、私は水で満たした洗面器にヌイグルミを沈め、そのまま浴室を後にしたんだ。
ヌイグルミを人間に見立てた、真夜中の隠れんぼ。
この「一人隠れんぼ」という降霊術を私が知ったのは小学校高学年の頃だけど、大学生になった今になるまで実行には踏み切れなかったの。
自分を呪う儀式という物々しさに怖気付いていたのもあるけど、一人隠れんぼを今まで決行出来なかった最大の理由は、その条件の厳しさにあったんだ。
さっき、タヌキのヌイグルミを浴室の洗面器に沈めたけど、今度はあれをカッターナイフで刺しに行かないといけないんだよ。
オマケに、この一人隠れんぼは午前三時にやらないと意味が無いからね。
そんな真夜中に、刃物片手に家の中をウロウロしている所を両親に見られたら、大目玉を食らうのは間違い無し。
だから、堺県立大学に合格して下宿生活を始めた今が、一人隠れんぼを決行する絶好のチャンスなんだ。
まあ、お気に入り登録しているオカルト系ブログに触発されたというのも、一人隠れんぼに踏み切った理由としては大きいけどね。
そこの管理人さんったら、自分が召喚した悪霊に執拗な粘着行為を試み、心をへし折って成仏させたという逸話を誇らしげに吹聴しているんだもの。
同じオカルト好きとして、負けてはいられないよ。
とはいえ凶暴な悪霊を呼び出して、万一にも呪殺されたら一大事だからね。
その点、私が試みている一人隠れんぼやコックリさんは低級霊しか召喚出来ないので、比較的安全な降霊術と言えるかな。
その代わり、沢山の人に実践されたせいで手垢が付いちゃっているから、今更感があるのは否めないね。
それにしても、目を伏せて正座しているのは何とも退屈だなぁ。
私が正座して向き合っているテレビにしても、深夜で放送休止中の国営放送にチャンネルを合わせているから何も聞こえないし。
降霊術のプロセスとして、十秒間は目を閉じていないといけないから、仕方ないけどさ。
『ヌイグルミにナイフを突き立てる時って、どんな感触なんだろうなぁ…』
だから知らないうちに、これ以降の降霊術の行程に思いを馳せちゃうんだ。
『小豆を詰めているから、ヌイグルミというよりは御手玉に近いのかな…』
特に私の場合、一部の行程をアレンジしちゃっているから、その変更点には自ずと注意が働いちゃうの。
本来の一人隠れんぼだと、対戦相手に見立てたヌイグルミの綿を抜いて、代わりにお米を詰める行程があるんだ。
だけど個人的には、主食である米粒をオモチャにするのは、日本人として何となく抵抗があったんだよね。
そこで私なりのアレンジとして、米粒の代わりに小豆をヌイグルミに詰め込んだんだ。
小豆なら、手作り御手玉の詰め物としてポピュラーだからね。
このアレンジを例のオカルト系ブログの掲示板に書き込んでみたら、件の管理人さんは面白がって絶賛してくれたんだけど、お叱りの書き込みも少なくなくてね。
−低級霊でも舐めたら危ないですよ!
−おかしなアレンジは降霊術への冒涜だ!
こんな具合に、なかなか手厳しい事を言われちゃったんだ。
怪奇現象を目の当たりにしたい私としては、忠告を無視して実行に踏み切ったんだけど、今になって気になってきたよ。