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誰かと誰か  作者: 西野優
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僕と誰?




『なぁ、人が死ぬ瞬間って見たことある?』


「どうしたの急に。」


知らない間に付着していた半袖Tシャツの染みをおしぼりで何とか取ろうとしていると、昼の混雑した学食にはまるで似つかわしくない言葉が、友人の野上の口から発せられた。


その言葉の余韻は、僕にまとわりついたまま消えることなく、奇妙にそこに鎮座し続けている。


『ほら前に俺がさ、死にかけた話したの覚えてる?』


「あぁ、バイクで赤信号止まってたら、後ろから車で衝突されたって話?」


『そうそう。あの時マジで死ぬかと思ったわ。 


無事に一命は取り留めたもののさ、やっぱり夜とかつい考えてしまうんだよね。


穏やかな日常に急に不安になったり、漠然とした何かに死ぬほど後悔したり。


あと、あの時死んでたら俺どうなってかなって。』



僕は正直、この様な類いの風刺的な話を人とするのはあまり好きではない。


なぜなら、生や死についての対話は散々自分の中でしてきたことであり、死ぬときはどうせ一人なのだから、他人とそうゆう話をする意義はあまり感じられない。


また、それに関わらずそもそも人と深いところで分かり合えた試しがない。


ましてや、話したことすら明日にはすぐ忘れてしまうような、日常の中のたった一時の会話なら、深い話をするだけ無駄であり、とりとめの無い話をしていた方がよっぽどマシなのではないかと思うようになっていた。


しかもよりにもよって、こんな学食という雑音だらけの残酷な場所で。



「野上はそんな漠然としたことを深く考えるようなタイプじゃないと思っていたよ。あ、良い意味でね。


だって去年の今頃はさ、バイト先に可愛い子が入ってきたとか、マンガの最新刊がどうだとか、話して無いのと同じようなことを永遠と話してたじゃないか。」


『そうだったっけ。でもマンガの最新刊の話はしなきゃダメでしょ。てか答えてよ。見たことある?人が死ぬ瞬間。』



逃れられない。むしろ更にダイレクトに質問されたことによって、より退路を塞がれた気がする。昼飯を食べ終わった学生達が、隣を風の様に次々と通りすぎてゆく。  


僕は風刺的な話を自慰行為のようなものとして捉えている節がある。


結局、持論という名の自己満足の押し付け合いが産み出すものは、理解ではなく、互いの欲求を自分勝手に満たすだけの自慰行為なのである。


さらに、その一連のやりとりを見た第三者は、まるで腐りかけたもう手遅れの果実でも見るかの様に顔をしかめながらも頬を上げて嘲笑してくるので、絵に描いたように目がとても歪な形をしている。


僕はその目とだけは、死んでも自分の目を合わせたくはない。



「さぁ、どうだろうね。野上はやっぱ変わったの?あの日から。」


『だから今言ったじゃん。変わったんだって、あの日から…』


あの日?そういえば確かあの日は…。


その瞬間、頭の中を忘れていたはずの色んな記憶がグルグルと駆け巡る。


グルグルグルグル。


隣では、人影がびゅんびゅん通りすぎて行く。


びゅんびゅんびゅんびゅん。


グルグルグルグル。


止まることの無い歯車のように、グルグルグルグル。


僕の頭をグルグルと。


そしてピタッっと止まる…。



静寂の後、辺りが青い光に包まれる。


その景色は、とてもこの世のものとは思えない程美しい。


「見たことあるよ。あぁ、死の淵ってこんなにも穏やかな場所なんだって思ったよ。


なんだか不思議な感覚だけどすごく心地良い。


キミなら分かってくれるかもね。」


「キミ、誰だっけ?」


「何言ってるの、僕は○○だよ。


大学には野上という友達が一人しかいないとても内向的な○○。


どうしたの急にそんなこと聞いて。


ところでキミは一体誰?」


「僕?僕は一体、、。」


その瞬間、目の前が急にパッと眩しくなり白い光が襲いかかる。


僕は思わず目を瞑った。


その閉じきる寸前、微かに見えた野上の目の奥にあるもう一つの人影は、救急車のサイレンのようにアッという間に遠くへと行ってしまい、気が付くと消えてしまっていた。


しかし、先ほどのおぼろ気な記憶の断片と○○の存在が、私の脳裏を同時に駆け巡り、確かに私はそこにいたのだと確信させた。



そっと目を開くと、そこにはいつもの混雑した学食があった。


(僕は一体、一人で何をしていたのだろう。もうそろそろ帰ろう。)


外を見ると、辺りはやけに白くて殺風景。


立ち上がろうとして気が付くと、僕は何故か、夏の暑さにはとても似つかわしくないはずの、あの日のコートを身に付けていた。



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