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この娘、取扱注意

「須磨さん、そこに積んである捨てる本から、ハードカバーを一冊もらってもいい?」


 それとカッターを一本。


 「あら、物騒」と言いたげな顔を浮かべながら、須磨はカウンターの引き出しからカッターを取り出し、なるべく綺麗な廃棄本を探して見繕ってくれた。


「ナニナニ? 何が始まるの?」


「ここで、この謎を実演してやる」


 篠ノ井は口に手を当て、目をグッと見開き、


「こんな風にバラバラにできるの? この本を? もしできたとしたら、大浦くん、犯人ってことじゃ……?」


 なぜそうなる。否定の意味を含め、咳払いをしてから、


「驚くことないさ。カッターで切られてるって言ったの、篠ノ井だろ? いいから、コンセプトはマグロの解体ショーってなもんで、一つ宜しく」


 自分で言っておいて、何を言っているんだとツッコミを入れたくなったが、篠ノ井のペースに飲み込まれたと、勝手に解釈した。


 勢いは大切だよな。本来、こういうことに関しては、乗り気ではないのだから。


 須磨はと言うと、


「どうせ捨ててしまうので、遠慮なく切り刻んでください。あ、刃先には気を付けないとダメですよ」


 篠ノ井とは対照的で、思わず笑いが漏れてしまった。






「まずは周りのハードカバーと中身を切り離す」


 と言いつつ、表紙側の「見返し」を開き「のど」の部分に切っ先を当てると、一気に下まで切り落とした。裏表紙側も同じようにすると、


「カバーだけ綺麗に外れた……」


 篠ノ井は息が漏れたように言った。


「ああ、これなら外側から見ただけじゃあ、普通の本と違わないだろ」


 この本のページ数はおよそ200ページ。このままでは扱いが面倒だから、先にこれを、それぞれ100ページくらいの塊に二分割する。その上で、背表紙とくっつけるために、糊付けされた部分を切り落とせば……


 よし、できた。


「ほら、きちんと解体できただろ? カッター一本で」


 篠ノ井が手に持っていた、既に解体されていた本と見比べても、出来は同等。我ながら良くできたと思う。


「全く同じ状態だ……ってことはやっぱり、大浦くんが犯人なんじゃない?」


「だーかーら、どうしたらそう考えるんだよ」


 それでよく謎を突き止めるなんて言えたな!


 余計に調子が狂わされそうだったから、黙っていた須磨の方に目をやると、真剣な面持ちで俺が解体した本を確認しながら、


「大浦さん、これって……」


 須磨の方がずっと敏いな。


 意図的に解体されたところを見る限り、


「そう、自炊だ。前に試しでやってみたことがあってな」


「へー、大浦くん一人暮らしなんだ~」


 篠ノ井なら絶対言うと思った! 実は間違ってはいないんだけど!


 須磨はつられたように笑い、


「そうじゃなくって……紙の本をスキャンして、電子化することを『自炊』って言うんですよ」


「自炊、ですか。それは分かりましたけど、解体されたものが図書室にある理由にはならないでしょう? ここの蔵書じゃないってことは、個人の持ち物なわけですから」


 おいおい、依頼者に謎を投げ返してどうするよ。


「そ、そうですよね。迂闊でした」


 弱いよ、弱すぎるよ、須磨さん!


 ここは須磨が恐縮するような場面ではなくてだな。


「篠ノ井、どうしてわざわざ解体なんてしてまで、自炊すると思う?」


「ええと、そうね――スマホとか、タブレットでどこでも読めるように、かな」


「まあ間違いとは言えないが、なら最初から電子書籍を買えばいいだろ」


「えー? じゃあ分かんないよ。本棚増やせばいいのにとしか思えないもん」


 マリー・アントワネット宜しく、なんという極論だろうか。


 皆そうしたいのは山々なんだが、


「特に、この辺に住んでりゃ、本の収納スペースなんて限られたもんだろ」


 みなとみらいにも近しい当校。単に「横浜」と言った場合はここ周辺を指すわけだから、山手方面は別としても、そんな市街地のど真ん中に、満足な収納スペースのある家なんてそうはない。


 例えもっと郊外に住んでいたとしても、農家のような家でもない限り、かさばる書籍を溜め込むほどの余裕はないだろう。


「要するにアレだよ」


 と言いつつ、俺が指差したのは――


「大浦さん、廃棄本の山がどうかされたんですか?」


 と言った須磨だったが、次の瞬間には、


「あっ! そうですよ。本棚の容量削減ですよね? 大浦さん」


「その通り。個人宅の本棚なら、収納容量はずっと少ない。でも自炊すれば、本自体はもう体を保たないけど、カード内にデータとして保存しておける」


 図書室ですら、いくばくかの蔵書をこうやって処分していかなければならないのだ。


「でも……解体した方の実物を、わざわざ学校にまで持ってきて、図書室に置いて帰るなんて、やっぱりおかしいよ!」


 胸元に詰め寄ってくる篠ノ井に、若干たじろぎながら、


「いやまあ待て。それはこれから……」


 ――忘れていたが、本当なら篠ノ井が先陣を切って推理するべきなのでは? あれだけ乗り気だったんだから。


 というのは不毛だ。


 須磨が、サッと再度着席を勧めてきたから、お言葉に甘えながら、「まあ、ここからはたぶんって、ことなんだが……」と付け加えるに、


「もし自炊し終えて捨てるとしたら、どうやって捨てる?」


「うーん」


 篠ノ井は両手で頬杖を突き、


「資源ごみに出すわ」


 正直ホッとした。今までのとんちんかんっぷりだと、すべて可燃ごみとか言っても不思議ではないからな。いや、不燃ごみとか言うかもしれない。


 ごみの出し方も聞いてみようかと思ったが、面倒くさくなってきたからやめた。


「学校でやってる資源回収でもそうだけど、紙類をまとめて出す時って紐で縛るだろ? 自炊した後なら、バラけやすいのは明白だから、余計にしっかり縛らないといけない」


 ここで解体済みの本を一冊手に取り、


「だが、自炊用のスキャナーでもない限り、数百ページの本を何冊もスキャンしてみろ。一日で片付けられる量なんて、たかが知れてる」


 一枚一枚スキャンする手振りもして見せた。


「そのくせ、捨てるにはまた準備しないといけないし、一辺に捨てるにしてもバラバラになった本なんて、いつまでも家に置いておけないだろ。邪魔で」


「だから図書室に持ってくるって言うの? まだ飛躍してると思う」


 断言されても困るんだがなぁ。


「その飛躍したところは、是非とも篠ノ井の推理で埋めて頂きたい」


 せいぜい皮肉に過ぎなかったが、


「うー……ゴメン」


 泣かせたとかなら……マズイ!


「いやいやいや! そういう深刻なつもりじゃないから。うん」


 慌てふためいて、両手を振り回すも虚しく空回り。


 須磨の方を見たいが見られず、目をあちこちに泳がせていると、


「あ、でも解体してもやっぱり愛着を捨てきれなくて、図書室に保管しにきてたのかも!」


 パッと笑みを浮かべながら言う篠ノ井に「それは……どうでしょう」と須磨も引き気味である。


 全く想像の斜め上を行くものだから、笑えてきてしまう。


 やたらスッキリした顔の篠ノ井を間近で見ても、何だか損した気分にしかならなかった。


「こんなの、保管するに値しないだろ! 百歩譲ってそうだとしても、自室に保管するだろうよ。現にこうやって図書委員に回収されてるんだから」


「そっかぁ」


「『そっかぁ』ってなぁ……で、まあ今のが、最終的な回答になるわけなんだがな」


「え?」


「回収されても、犯人からは何の音沙汰なしなんだ。『うちで捨てるのも面倒だから、図書室の方で処分するなり放っておくなりしてください』ってなとこだろ……以上!」


 もう知恵熱の気配もしてきたから、さっきの篠ノ井宜しく、カウンターに突っ伏して、ベターッと伸びきった。


 さて、これが合っているのかの確証もなければ、犯人像だってちっとも明らかになっていないが、須磨も、そして何より篠ノ井が満足しているなら、俺としてはどうでもよい。


 これは本来、篠ノ井に頼まれたこととは全く別のことでだし、面倒事は諦めるのが得策だとも思う。


 しかし。


 思った以上に推理することができて、決まりが悪かったのもあるかもしれない。






「では、取材のご協力ありがとうございました」


 俺が想像していた「取材」は、驚くべき早さで幕を閉じた。


 篠ノ井が走り書きでメモし、俺は新聞部所有だと言うデジカメで、掲載する写真を二、三枚撮った程度。


 今時スマホのカメラだって充分だろうにと思ったが、篠ノ井曰く、「電池がすぐ減るし、そもそも電池残量が足りなかったらマズイ」とのこと。


 夕方に向かって迫り来る、スマホの電池残量不足に悩むのは高校生の宿命か。


「こちらこそ解決までしていただいて。わたしたちではいくら考えても分かりませんでしたのに」


 感謝されるのは結構なことだが、


「須磨さん。あれはあくまで一種の仮説で、犯人も誰か分かりませんし……」


 推理として成り立っているのかすら怪しいが、須磨曰く、


「そんなことありません。例えそうだとしても、とにかく証拠から納得できる論理を知ることができたのですから」


 これには篠ノ井も偉く賛同したらしく、


「人間誰しも、納得できる理由が欲しいものなんだよ~。だから大浦くんもなんだかんだ言っても、結論まで連れていってくれたんでしょ?」


 そうだろうか。


 太古の昔から人間は災いが起こると、祟りのせいだとか、迷信を信じたりするが、それは理由の根本が分からないことによる理由付けである。


 分からないものには、取りあえず納得できる、納得させる理由をくっつけるのが人間――。


 とすれば、あながち間違ってはいないかもしれない――とは言え、分からないものは諦めも必要だとは思うが。


 俺は二人、特に篠ノ井とは違って、謎解きなんざそれこそ「分からないもの」の内だと思うし、ましてやそれの正解不正解なんて興味ない。


 まあいい。今度こそ、部室に行ってやると思ったその時だった。


「あ、あの!」


 無理やり引き留めるような声を投げたのは、須磨であった。


「あの、ずっと躊躇して聞けなかったんですけど、その……お二人は付き合われているんですか?」


 と言うなり、赤面を両手で覆い、うつむいてしまった。


 ――ギクリ。


 思わず俺もどうしたものかと思ったが、こう思われることが、俺の役割であったことを思い出すと、何とも複雑な気持ちである。


「いや、その、お二人の掛け合いを聞くと、長年連れ添っている祖父母を思い出しまして……野暮なことを聞いてしまい申し訳ありません!」


 これ、何と答えればよいのやら。篠ノ井の方を流し目で見ると、


「ヤダ、恥ずかしいこと言わないでくださいよ~」


 須磨の問いかけに、篠ノ井は絶妙な返しをしたと思う。「はい」と肯定せずに、それとないはぐらかし方。


 もしかしたら、篠ノ井にも偽装している罪悪感はあるのかもしれない、とか思ったり。


 須磨は目を輝かせ、


「絶対、大浦さん、周りの男子に羨まれますよ。綺麗で可愛くて、ご令嬢なんですから。普通の男子は手を出せないですよ。ホント、高嶺の花です」


 「あーあ、わたしとは住む世界が違うなぁ」と、半ば呆れ返った様子だった。


「買い被りすぎです。凄いのは私ではなく家族ですから……」


 急に篠ノ井の口調が静かになったと思ったら、


「先日もテレビでお母様を見かけましたけど、やっぱりお綺麗でした~」


 ん? 親がテレビ出演? さっき須磨が言っていたご令嬢と言い何と言い、俺だけ孤立置いてきぼり……?


「な、なあ……さっきからご令嬢とか、一体何の話なんだ?」


 聞いた瞬間、須磨の顔が微笑んだまま固まった……気がした。


「えーと、大浦さん、今更何を聞いてるんですか? ――そうだ、失礼しました! 推理の後のお疲れで、度忘れしてしまわれたんですね、ええ」


 俺がそういう方面に疎いのは認める(時々人ん()のこと、やたら詳しいやつっているよな)が、やけに大袈裟だな。


 篠ノ井が男子の人気を集めているのは、仮にも一年次はクラスメートだった身として否定しないとして、失礼だが、須磨のお世辞が多分に含まれている可能性もあるではないか。


「篠ノ井さんのご実家と言えば、財界に名を馳せる『京浜重工業』の創業家ですよ! お父様……現社長のご令嬢が、この篠ノ井佐用さんに他なりません。ちなみにお母様は女優さんです」


 ――なるほど。その女優の名前は聞いてもピンと来なかったが、40代以上では国民的女優とされるらしい。


 須磨が必要以上にうやうやしかった理由は察しがつくし、対して篠ノ井の丁重な所作も合点がいく――ってそうじゃない!


 ご令嬢に下手な真似は絶対できないし、俺は何という立場に立たされているんだ(今更)!


 ましてや、大袈裟だなんて前言撤回。リアルに華麗なる何とかではないか。


 そう思うと、無意識の内に、篠ノ井からジリジリと後退りせざるを得なかった。


 何と言っても京浜重工業なら、俺だって知っている日本最大の重工企業じゃないか。


 船舶から航空機、鉄道車両、モーターから果ては宇宙機器まで、ありとあらゆる製品をつくっている、なんていつかの社会科でも聞いたぞ。


 そう言えば、最近では造船部門が不振とかニュースで小耳に挟んだな。


  ――と言うか、出自がそうなら、必然的に目立つ存在のはずだが、何も知らなかった俺も情けないと言うか。


 いわゆるゴシップネタに弱いなんてレベルではないことすら、言い訳じみているとしか思えない。


 そんな時、小気味よく「パチン」と手を叩いて鳴らした篠ノ井は、


「まあこれくらいにして、私たち、お暇しますね! 須磨さん、ありがとうございました! さあ、大浦くん、お待たせ。部室行こ?」


 返事を待たずに、ここに来たときと同じように俺の腕を引っ張って連れ出した。


「お、おい! 引っ張るな!」


 結局その後は、篠ノ井の方を一瞥するも、背後の巨大な存在を思うと、どうも腫れ物に触るようで、たどたどしくなってしまうのは、当然の帰結だと思う。

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