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名探偵、まずは諦めましょう……?

「すみません、新聞部の者です。取材に参りました」


 生憎、無人のカウンターを前に、奥に向かって図書委員を呼ぶ篠ノ井の、後ろ姿を見ていると、こう……


 さっきまでのお転婆娘、篠ノ井はどこへやら、と思えてならない。


 人がいながらにして、静寂を保つ独特の雰囲気がある図書室においては、全く丁寧な所作で、そして耳障りでない呼び掛けは、どこか一般女子高生とは異なる雰囲気を醸し出していた。


 結局俺は、ただ篠ノ井についていき、状況を飲み込むのが精一杯であった。


「すみません。どなたかいらっしゃいませんか?」


 いたたまれず、


「なあ、ちゃんとアポとか、取ったのか?」


 それこそ、夜討ち朝駆けみたいな真似でもしたなら、こうなるのも無理はないが。


「ううん。だって図書委員会からの依頼だから。都合がついたら取材してくれないかって」


 なるほど。そういうものかと思いつつ、「都合がついたら」が早すぎたのではないかと思いつつ。とにかく、新参者の俺には何も言えないが。


 まあしかしだ。続けて呼ぶも帰ってくるのは静寂。さすがに俺も傍観は不味いかと思ったそのとき、


「申し訳ありません! 何度も呼ばれておりましたのに、すぐ来られなくて!」


 篠ノ井含め、咄嗟に後ろを振り向くと、90度に差し掛かろうかというところまで、腰を丁寧に折った女子がいた。


「新聞部の方をお呼び立て致しましたのはわたしでありますのに、大変失礼申し上げました。なにぶん、今日の担当、わたし以外まだ不在で……」


 篠ノ井に負けず劣らずの所作ではあるが……。


 何と言えばよいか、偉く仰々しいというか、それにも限度があるというものだ。それでも、篠ノ井の方が一段上を行っている気がする。何となく、オーラとか。


 少なくとも、俺の知っている高校生の会話ではない。


 篠ノ井は恐縮しながら、


「ご連絡下さったのはあなたでらっしゃいましたか。えーと」


 と言うと、相手はセミロングの髪を両手で掻き分けながら頭を上げ、穏やかな笑顔で、


「須磨と申します。須磨鳴海です。篠ノ井さんですよね? あと、そちらは……?」


 なんだ、篠ノ井とは知り合いだったのか。話し方だけ聞けば、とてもそうは見えないと思いつつ、


「大浦。まあ、俺のことはあまり気にせず」


 須磨はきょとんとした顔だったが、わざわざ深い事情とやらを説明しては、本末転倒だ。


 その須磨の上履きを見る限り、俺ら3人とも同級生らしい。なら本来、そこまで互いに恐縮するのは無駄というものだ。


「あの、それで催促するわけではないのですが……例のものは一体どこに?」


 篠ノ井はあくまでお伺いを立てるように言ったが、早く見たくて仕方がないのは、端からでも分かる。


 須磨は、


「あ、そうでした。お2人とも少々お待ち下さい。今、お持ちしますね」


 と言うと、のんびりとした素早い? 動きでカウンターの奥へ入って行った。


 きちんと去ったことを、首を伸ばして確認した上で、


「おい、俺はどうしていればいいんだ!?」


「言ったでしょ? カップル云々については、いてくれればそれでいいの。それより……」


 3人のうち、ことの主題を知らないのは俺だけ。何が待ち受けるのか不明だが、従う他なかった。






「お待たせしました。こちらになります」


 須磨が両手に抱えて、慎重過ぎるくらい慎重に持ってきたのは――


「なあ、これがどうかしたのか? どこからどう見てもただの……」


 計5冊、至って普通の単行本である。特徴と言ったって、せいぜいハードカバーで揃えられているくらいで、何ということもない。


 強いて言えば、図書室の本にしては新書のように綺麗だとは思うが、大したことではない。


 ただ首を傾げるばかりであったが、


「大浦くん、どれでもいいから適当に1冊持ってみてくれる?」


「なんだ、読み聞かせでもさせるつもりか?」


 何を取材するのかすら知らないというのに。


「無駄口はいいから、早くして?」


 と言われ、篠ノ井の鋭い眼光を本能的に感じ、


「はい」


 これ、端から見たらかかあ天下なカップルとかに見られているんじゃないか? 亭主関白がいいとかではないけど。


 屈んで、積まれた5冊の背表紙を上から順に追っていく。


 正直一番上のを取ればいいのだろうが、せめてここは一つ、好きな著者のを――と、1冊手にとって開こうとした瞬間、


「えっ!?」


 中身のページが散り散りになって、床に舞い落ちてしまった――。


「……お、俺じゃないぞ。こんなことしたのは!」


 反射的に、身ぶり手振りで身の潔白を訴えた。


 持てって言ったのは篠ノ井の方じゃないか、と言わなかっただけでも誉めてほしいのだが、


「大浦くん、これはちょっと罪深いんじゃないかしら」


 見捨てられました。しかし、やっていないものはやっていない。


 やむなく、須磨にすがりつくような目線を移すが、


「破損、汚損、紛失その他した場合、一般には現物で弁償、絶版なら代金を寄付ということになります」


「そ、そんなぁ」


 微笑みながら、そんな図書室の決まり事を、スラスラ暗唱されても困る。


 しかし、俺が本を持った瞬間を2人も見ているわけだから、ある意味では証人である。俺は絶対に破損させていないのだから(第一どうやって壊すよ)、それを否認するなら偽証ではないか――それすら証明できないわけだが。


「……という茶番はこのくらいにしておいて、本題に入りましょう。大浦くん、実演ありがとう」


「大浦さん。ご協力、ありがとうございました。やはり実演してもらうと一瞬でよく分かりますね。百聞は一見に如かずとは、よく言ったものです」


「……」


 嵌められた。順を追って考えれば、確かに茶番もよいところだ。


 とは言え、虚ろな目で二人を交互に見ると、どちらも口に手を当ててクスクスと……。


 笑い方までお上品ですこと。


 でもまあ、


「じゃあ今回の取材は、『図書室の蔵書の使い方について』ってなもんか?」


「間違ってはいないけど、50点くらいしかあげられないわ。それだけじゃ甘いもん」


 取材しに来たのに、取材だけじゃ得点が半分って、それのウェイト高いのか低いのか分からないではないか。


「と言うと」


「これはとっても不可思議なことだよ?」


 と言いながら、篠ノ井は上目遣いで詰め寄ってきて、


「それを取材して終わりなんて、丸投げしてるも同然でしょ? 何のために私たち新聞部があると思っているの?」


 俺は少し後退りしながら小声で、


「じゃあ何だ、俺らでこのバラバラになった本の謎でも解くとか、そんなことを言うのか?」


「ええ! この怪奇現象の謎を突き止めるのよ! 犯人は誰でもいいけど」


「お、おう?」


 俺に選択肢はない、か?


「取材は。取材はどうするんだ」


「そんなの後で解決してからに決まってるよ」


「なんじゃそりゃ」


 まだ新聞部の幹部一人に挨拶にすら、挨拶の一つもしていない、俺の微妙な立場と言ったらきりがない。


 それ以前に、ここで適当な態度を取ったりしてみろ。偽装もへったくれもないではないか……。


 俺と篠ノ井との、奇妙なやり取りに首を傾げていた須磨は、


「えーと、新聞部の方なら、その見る目と、豊富な情報量で調査してくださると思いまして、お便り申し上げた次第なのです」


「もちろん、最善を尽くします。こちらとしても取材させてもらうわけですから――ネ、大浦くん!」


「あ、ああ。そんなところだな」


 ただし――どれも一筋縄ではいかないことは間違いなさそうだと思うと、急に一日の疲れがどっとのし掛かってきた気がして、その場にしゃがまずにはいられなかった。






 しゃがんだついでに、床に散らばったページをかき集め、一通りまとめ、須磨がカウンターに用意してくれたイスに腰掛けつつ、貸してと催促する篠ノ井に手渡した。


 須磨曰く、「集めてくれればそれでいい」らしいから、ページ順は気にせず、適当に、だ。


「それが全く不思議でならないと言うか、むしろ不気味と言った方が適切かもしれません」


 俺が片付け終えるのを待っていた、と言うように話し始めた須磨は、表情といい口調といい、いかにも深刻そうな雰囲気を醸し出していた。


 立ち上がるだけでも疲れた。みっともないが頬杖をつく。まあ、おあいこだろう。


「不気味なんて、そこまでのことか? こういうことする人の一人や二人、いるのは致し方のないことではあるだろ」


「そうなんだけど、そんなこと言っちゃダメよ。図書室の蔵書って生徒の学費から出てるんだから」


 結構きっちりしているんですね、篠ノ井さん。


「それもそうなんですけど、こういう本、ちょこまか出てきてるんですよ。それこそ、いやらしく。で、それを知らずに棚から取ろうとすると……」


 さっきの俺みたいな状態になる、と。


「なら、ここにある以外にも、まだ、こんな状態の本があるということですか?」


「ええ」


 と言うと須磨は、積んである残り4冊のうち、上の1冊を無造作に取って、


「もちろん、この本も中身はバラバラなのは確認済みです」


 と目配せしながら念押しし、不意にその本の「地」「背表紙」そして最終ページに当たる「奥付け」の順に見せてきた。


「……この本が図書室に?」


 俺がお伺いを立てるように言うと、須磨は笑みを浮かべ頷き、


「はい。他、中身がバラバラになっている本はすべてこんな感じです」


 ――確かに変、かもしれないが、どうだろう。


「大浦くん、独り合点はなしだよ?」


 ギクリ。


 目線一つ合わせていないのに、どうして。


「この本、図書室の蔵書じゃない。つまり、ここの本が被害にあっているわけではないと言うことだ」


 何となく須磨の方に目線をやると、小さく頷いたからご名答らしい。


 が、当の篠ノ井は、頭上に大きなハテナが浮かんでいるのは明白だったから、近くの書架から適当に1冊見繕って、


「図書館の蔵書って『小口』のうち下部の『地』に小口印、『背表紙』にラベル、そして……」


 パラパラとページをめくり、


「出版年とかが載っている『奥付け』に、蔵書印が捺されるはずなんだが」


「それがないのかぁ」


「ああ」


 須磨は小さく拍手をし、


「そもそも、ブッカーがかけられていなかったので、不審に思って手に取ってみたら、この有り様だったのです。念のため司書の先生に確認してみたんですけど、目録にもないらしくて」


 篠ノ井は溜め息をつき、


「大浦くん……凄い」


 おいおい、褒めても何も出てこないぞ、と言いたいが、まだまだ時期尚早である。


 だって、


「篠ノ井、うっかりしてるのか勘違いしているのかは置いておいて、まだ少しも解決してないぞ。せいぜい教えられずに、須磨さんの知っていることを当てたくらいだ」


 やっと気が付いたのか「あっ」と口に手当て、


「バラバラに切られている上、ここの蔵書でもない本が何冊も……謎が謎を呼ぶってこのことだよね」


 須磨は、


「万が一、蔵書にまで被害が及んだらそれこそ大問題です。うちの委員会で解決できたら良かったんですけど。司書の先生だって、他にも仕事があるわけですから」


 今度は俺が溜め息をつきつつ、むんずと腕組みをし、ボーッと薄汚れた天井を見上げた。


 ――頭の回転が速くない俺には、ちょっと難問過ぎやしないか。


 ダメだ。脳内が熱を持って、ろくに考えられやしない。


「なあ篠ノ井」


 振り向くと両手で頭を抱えていた。


「今日はこれくらいにして、記事の少しでも書いたらどうだ? 注意喚起くらいはできるだろう。俺だって新聞部に挨拶しに行きたいし」


 切り上げる合図も含め、イスから腰を浮かしかけたが、


「ヤダ」


「えー……時には諦めも大切なんじゃないか?」


 念を押すように言うと、


「だって、こんな中途半端な状態じゃ、書けるものも書けないよ~! 魚の小骨が喉に突っ掛かっている感じがするの。まだどこか変なんだよ」


 と言われてもなあ。分からんでもないが。


 篠ノ井は「あ~分かんない~」とうなだれるように、カウンターに突っ伏した。


 取りあえず気分転換に、一度立って、ヒントになるようなもののひとつでもなかろうかと、周囲を見渡す。


「須磨さん、あそこに積んである本は?」


 少し目についた、カウンターの奥、隅に積まれていた本を指差しながら言うと、


「あれなら捨てる本です。除籍本の内、比較的綺麗なものは普通、文化祭の古本市にまとめて出すんです。けれど、書き込みだとかで汚損、破損の激しいものはさすがに無理ですから」


 そう言えば、去年の文化祭でも図書委員会主催でやってたなと思いつつ、捨てる方はちょっともったいないなあと思いつつ。


「毎月数十冊、新しい本が入ってくるので、書架の容量を考えれば、いくらか吐き出さないと仕方ないんですよね」


 わたしも古本好きですから、だそうだ。


 須磨とは話が合うかもしれないな、と余計なことは置いておこう。


「あのさ」


 声の主、篠ノ井の方を見ると、


「これって刃物で切ってるよね? カッターとか。わざわざって感じしない?」


 さっき俺が拾った本のページを、ヒラヒラ揺らしながら言ってきた。


「ああ。手で破ったんなら、もっと切れ目がバサバサになるか……」


 あ。


 何だろう。すべてか繋がりあったような。そう、電気が走ったような気がした。


「大浦くん、口が半開きになってるけど……って、え? もしかして」


「ああ、恐らくは」


 俺の仮説が正しければ――


 本当は上手いこと説明できるか怪しいし、余計にこじれたら嫌なのだが、もうはぐらかせる段階にはない。


 図書室の蔵書としては、やけに綺麗な、新書同然なのも説明できそうだ。


 これは単純に、バラバラに切り裂いたのではない。


 きちんと()()した後の残骸だ。

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