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調理部部長のリボン  作者: 大和麻也
Episode 5 -- 天保学園の未来
55/58

5-9

 桜木先輩は、丁寧に便箋を折りたたみ、おもむろにテーブルに置いた。

 肩を落とし、嘆息ひとつできないようだった。

「戦力外通告というわけか……」

 確かに、そう読みとっても仕方がなさそうだ。

 桜木先輩は、江森さんのために校則に抵抗してきた。江森さんが見せた抵抗する勇気を尊敬し、彼女に倣って、度重なる指導や冷ややかな視線に屈せずリボンを着用し続けてきた。その江森さんが自ら天保を離れてしまうのでは、彼は何のために天保の校則を変えようと立ち上がったのか。

 江森さんは桜木先輩に、変わらず抵抗を続けてほしいと記している。しかし、文章に過ぎないそれが、彼のモチベーションにつながるかどうか。彼女に彼が必要なくなった事実を、前向きに解釈するのは容易ではない。

 鮎川先生も一歩引いたところで桜木先輩が手紙を読むのを見守った。先生としても、江森さんの気持ちが退学に傾いているとは思いもしなかったのだろう。

「桜木、チャンスと思えばいい。江森が帰るまで、というタイムリミットがなくなったと考えるべきだ。桜木の声を届けるために、江森が時間を作ってくれたんだ。僕たちも拙速には進められないが、時間があるなら協力を惜しまないさ」

 顧問は手探りで励まそうとしてくれているが、当人には届いていない。

「諦めるつもりはありません。時間がかかっても、いつか……」

 彼の強がりは、たちまち細くなって立ち消えになってしまう。

 わたしとて、彼を励ます言葉が思い浮かばない。ブログの作戦が不発に終わった時点で彼はふてくされてしまっていたから、言葉で励まそうにも手遅れだ。ネクタイで発破をかけられるのも一度きりだった。

 ネクタイに手を添える。

 これを身に付けてから、まだ一時間も経っていない。ネクタイを着用したわたしを見たのも、桜木先輩と鮎川先生のたったふたりである。それでも、自分が普段と異なる恰好をしているのだと強く感じる。生地が擦れる感覚とか、胸元に感じる重みとか。

 わずかな時間にも拘わらず、わたしはこのささやかな異装に高揚している。

 桜木先輩はこれを学校にいるあいだずっと継続していたと思うと、その負担は想像を絶する。視線や言葉による攻撃をも受け続けなくてはならないのだから、肌感覚の違和感など生ぬるい。彼もまた、強烈な違和感の中に留まることで、得も言われぬ高ぶりを感じていたのだろうか。わたしは彼の感覚を追体験できたのだろうか。

 この姿になってみないと、わからないことがある。桜木先輩も、江森さんも、初めて普段と異なる装いをした日があったはずだ。そして、忘れられないものになっただろう。


 わたしも、そのひとりだ。


 わたしは、まだできることがあると言った。

 新しいことを始めようというのではない。校則違反でアピールしようというのでもない。情報科学部のブログ上でできることがある。OBOGに訴えかける方法がある。調理部の顧問と部長は、とても簡単なことなのに、そのことにまだ気がついていないのだ。

 桜木先輩が手紙を読んでいるあいだに、メモを見、スマートフォンを操作し、あとは隙を見て送信ボタンを押すところまで準備はできている。


 彼らはまだ気がついていない。

 ブログには、コメント欄が設置されていることに。





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