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調理部部長のリボン  作者: 大和麻也
Episode 5 -- 天保学園の未来
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5-8

『本当は手紙を書くつもりなんてなかったけれど、桜木が学校でリボンを付けはじめた、調理部に入った、などと面白いうわさを聞いていたので、こうして手紙を書いてみることにしました。美雨にも先生にも書いていません。

 最後に話したのは去年の何月だったかな。メアドも交換しなかったから、ひょっとすると一年以上経っているかも。

 アメリカでの学校生活は楽しいです。言葉のハードルは高いし、試験も大変だけれど、それ以上に充実していると感じられます。何より、制服なんてものはありません。制服の悩みがないだけで、天保と違ってたくさんの友達ができました。天保が悪いわけではないのでしょうが。

 アメリカの友人たちは、私の服装をバカにしません。似合っているとか、クールだとか、ほめてくれることもあります。男物を着ているからと言って、変だという人は、少なくとも私の周囲にはいません。いまは、アメリカで買う服のサイズが大きすぎることが悩みです。

 友達の何人かには、天保高校で起こったことも話しました。相手との距離を縮めるためにファッションの話題は欠かせないので、当然、制服の話もします。さすがに、ウソをついてトランスジェンダーを名乗ったことは伏せますが。私のしたい着方のせいで学校と揉めたことは、私を相手に知らせる良いエピソードなのです。

 それでも、私のことを悪く言った友達はいません。

 それどころか、「日本ではマイノリティだったんだね」と言った友達もいました。

 目からうろこです。

 だって、その人に言わせれば、マイノリティとは「自分がそう思うか否か」で決まるということではありませんか。それに、私のような名前のない(ワガママとの境目すらはっきりしない)マイノリティさえも認めてくれているのです。そんなふうに考えたことは一度もありませんでした。

 だから、桜木に唆されて学校とケンカしたのも、あながち無意味ではなかったのかもしれません。

 自分が性的少数者だなんて考えてもいなかったのに、それを演じてみたらどうかと簡単に言ってくれちゃって、桜木のことは少し恨んでいます。おかげでスラックスをはくという希望は叶いましたが、念願だった紺色の制服を諦めさせられ、リボンまで付けられなくなりました。先生との言い争いや、周りの生徒の視線に、どれだけ傷ついたことか。

 でも、自分は弱い立場なのだと自覚するためには、意義があったのだと思います。

 そういうことは、意外と自覚できないものですね。

 誰しも口が達者なので、陰口で相手を言い負かすことができればそれで満足してしまうのでしょう。客観的に自分が弱者だったとしても、強い側にいると思い込んでしまいます。あげくには、面と向かって相手を張り倒してみる、という簡単な方法を忘れてしまう。

 美雨とばかりつるんでいたら、不満を言うだけで終わっていたかもしれません。いまごろ、スカート姿で受験勉強していたかも。不満なことを変えるためには、勇気を持って歯向かってみるべきだと教えてくれたのは、紛れもなく桜木です。

 その意味では、ありがとう。感謝しています。

 とはいえ、やっぱり桜木なんて嫌いです。

 桜木が私に感化されたのか、私が桜木に感化されたのか、いまとなってはわかりません。

 でも、桜木がリボンを付けるようになった理由が、私にウソをつかせ負担をかけたことへの罪滅ぼしだったなら、ぜひ、これからもリボンをつけていてください。学校を卒業するまで、変な目で見られてください。トレードマークを簡単に手放すものではありません。

 私の不満を伝えてください。私の代わりに苦しんでください。私のためにもがいてください。私のことを思って起こした行動なら、きっと、私よりも穏やかで、私よりも物静かな誰かを助けることになるはずです。ウソつきでワガママな私が許されるのなら、大抵の人は許されます。

 だから、お願いします。


 私を許して。


 ワガママな私を、桜木に感謝しているくせに恨んでいる私を、散々助けられておいて何もお礼をできない私を、どうか許してください。


 この手紙を読んでいるということは、天保高校に私の資料請求の書類が届いたのでしょう。

 私は退学の手続きを進めようとしています。留学の期間が終わったら、そのまま天保高校には復帰せずに、別の学校に編入しようと考えています。

 天保からそう遠くないところにある学校で、そこではマイノリティやスクールカーストについて生徒主体の勉強会が持たれているそうです。制服も、天保のような厄介な仕組みはなく、男女好きなほうを好きな組み合わせで着られます。きっと先生の理解も進んでいるのでしょう。そんな学校に通ってみたいのが、私の素直な気持ちです。

 もちろん、たくさんケンカすることになると思います。天保高校にしてみれば、留学先に推薦した生徒に退学されたら面目丸つぶれです。移りたい先の学校も私立なので、親にも金銭面で大変な迷惑をかけるでしょう。編入する学校にしたって、留学帰りのくせに高校二年の単位が不足している訳あり生徒を面倒に思うかもしれません。

 それでも、編入試験にチャレンジしたいのです。いま、私は、新しいことに取り組む勇気に満ち溢れています。みなぎるエネルギーを無謀だからと捨て置いたらもったいない。可愛い私には幸せな未来が約束されているべきです。

 半年後帰国したら、桜木に会うヒマはあるかな。桜木の作るお菓子、食べてみたいです。でも、そんな時間もないくらい充実した時間を過ごしてやろうと思っています。会えなくても悪く思わないでね。

 桜木は、天保のルールを変えてください。さもなければ、私は桜木を呪います。私をもてあそんでおいて中途半端にやめられては、私や巻きこまれた人にとって迷惑です。失敗するなとは言いません。私が帰ろうが帰るまいが、どれだけ時間がかかろうが、覆すべき不条理は覆すべきです。

 私は初めから「助けて」とは言っていません。

 だから、桜木が助けるのは私ではありません。

 為すべきことはわかっていますよね。

 桜木なら、きっとできるはず。

 私は応援しています』




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