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調理部部長のリボン  作者: 大和麻也
Episode 5 -- 天保学園の未来
52/58

5-6

 シャッターを切り、三対二の区画に皿に盛られた料理を美しく切り取る。このごろのデジカメとは高性能なもので、ゆらゆらと上る湯気までも映してしまいそうなほど画質が良い。香りさえ伝わるようだと評すならば、写真はもはや視覚を超えてしまった。

 現実の香りよりも、写真のほうが香ばしい。

 無論、調理部で腕を磨いた桜木恵都作の料理が不味いはずがない。彼の味は確かに記憶しているのだから、これを魅力的に思えないのは感情と結びついた五感の不合理である。

「悪いな、せっかく来てくれているのに炒飯で」

 自信家の桜木先輩も、さすがにバツが悪そうである。

 炒飯なら、料理の習慣がないわたしにも作ることができる。多めの油を温め、溶き卵とご飯を混ぜながら炒め、塩を振るだけでも炒飯を名乗れるものになる。そんな手軽な料理をわざわざ料理部で作るのは珍しい。

 彼の謝罪は、期待に沿えない料理で済まない、ということらしい。

「いえ、良いんじゃないですか。炒飯なんて、家で作っても蓮華で食べたりしないので」

 中華料理店よろしく、こんもりと山のように盛られている。火力と油の塩梅をよくよく考えて作られているので、お店の商品の如くパラパラだ。自力ではこうはいかない。

 わたしのフォローもあまり耳に入ってこないらしく、彼は嘆息しながらエプロンを脱いでいる。

 調理部では、少々手間のかかる凝った料理をするものだ。それが今回、炒飯という素朴な料理で、「どこまで美味く作れるか」がテーマとされた。曰く、二月に入って部費が不足しはじめたらしい。部員の減少により部費を湯水のように使ってきたが、いい加減底が見えてきて、予算を再計算するまで費用のかからない料理で繋ぐつもりだという。

「……うん」

 ちゃんと美味しい。

 先輩も一口含んでみれば、その出来栄えに満足したらしい。ひとりで頷いては、二、三口に運ぶ。気分は沈んでいても、彼は彼だ。

 とはいえ、少しくらい注意していたほうがいい。

「あの、気にしても仕方がないですよ。ブログへの投稿が許可制だったなんて、知らなかったんですから。そんな大事なことを言わなかった初鹿野くんたちが悪いんです」

「……まあ、わかっているけどさ」

 先輩はすっかりふて腐れて、わたしに皮肉ひとつ返してくれない。

 駒場先生から伝えられた、ブログの仕組み――部員は投稿する記事と写真をデータで提出し、先生がログインして投稿の操作をする――は、わたしたちの計画を一気に台無しにしてしまった。

 わたしたちがOBOGに向けて制服に関する校則の不合理を訴えようとしても、その記事は職員室で却下されてしまうのだ。

 ブログは、情報科学部員がデザインなどを工夫していると聞いていた。しかし、それはあくまでhtmlタグや添付ファイルを工夫する程度のことであって、実態はアカウントの自由をも制限されていた。その制約の中でも見やすく美麗なページを作成できているのだから、ある意味では部員の腕は本物だ。

 部員たちの非を問いたいところだが、わたしたちの計画が甘かったと認めざるを得ない。先方はわたしたちに不親切にするだろうし、また見栄を張るだろう。「アクセス数を増やす提案をしろ」と意地悪を言ったり、ブログを自主的に運営しているとちょっぴり嘘を言ったり。

 学校側の言い分も、多少の理はあると納得せざるを得ない。生徒に好き勝手ブログを運営されたらたまったものではないだろう。個人情報をうっかり漏らしたり、ウェブ上で怪しげな相手とつるみ始めたりしたら、大変な騒動になる。校内の不条理を言いふらそうとする輩も現れるかもわからない。

「そうは言っても時期が悪い」桜木先輩は食事の手を止めてまで力なく息を漏らす。「もう二月の頭、これから臨時の生徒総会を開くのも難しいだろうし、もう今年度中には校則を変えられないさ」

 そう、彼は正論を言っている。

 ブログ以外の効果的な手法を見つけても、期末テストも近いこの時期では、年度代わりのチャンスに間に合わない。校則の改正となったら、新年度から新ルール施行という筋書きは難しかろう。

 野球部のデータを収集した一か月間は決して無駄でなかったとはいえ、短い期間ではなかった。

「僕の原稿もお払い箱になるわけだね」

 先輩はポケットから小さなメモ用紙を取りだす。ブログの計画が上手くいった場合にアップするはずだった告発文だ。

 彼が態度を検めそうにないので、わたしも蓮華を置いた。

「諦めることはないと思いますよ。方法はあります」

「そりゃ、ないとは言わないさ」

 頬杖をついて、そっぽを向く。

 まったく、町田先輩に嫌われるわけだ。見透かしたような物言いをし、反抗的な姿勢をも貫くが、その実腹の中は子どもっぽい。上手くいかないことはすっぽかして、いじけてしまう。

 少し、こっちを見てもらおうではないか。

 鞄から例のものを取りだす。自分の襟からリボンを抜きとって、襟を立てる。そして、用意していたものを身に付ける。するするとわたしが手を動かすのに気がついた先輩は、こちらを振り返り、目を丸くした。


「やりようはあります。わたしは、諦めていません」


 唖然とする彼の視線は、わたしのネクタイに釘付けになった。




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