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調理部部長のリボン  作者: 大和麻也
Episode 4 -- 帰宅部一年の見解
42/58

4-8

「正確を期すならば、由菜さんの心の性別などわからないはずだ、ということです」


 親友を自負する町田先輩の理解は、かなり大雑把だった。

 由菜さんが男子制服を着て登校してきたときには、身体と心の性が一致していないのだと解釈した。どうやら「女性の姿」をしているが、「女性を好きになる」「男性の恰好をしたい」といった性質がある、という認識だったようだ。それゆえ、ネクタイを着用して登校した際には動揺した。どうにか自分を納得させるには、その行動をワガママだと定義するほかなかった。

 これだけで、町田先輩はいくつもの一方的な定義づけをしている。

 外見には現れないはずの心の性を、制服の変更という外見的な変化から定義した。

 外見と内面とで不一致があることを認識しつつも、認識の本性はステレオタイプの域を出ることがなく、由菜さんの感情を仔細に確かめられていなかった。

 配慮を受けていながらネクタイを着用するという外見の変化に対し、その行動は由菜さんの単なる好みの問題であると位置づけ、ワガママと評した。

 残念ながら、町田先輩もまた、由菜さんや桜木先輩を煙たがったり面白おかしく噂したりする、その他大勢の生徒と大差なかったのだ。

「加えて、性自認の問題と異性装の問題を安直に結びつけています。一切無関係とは言い難いでしょうが、自認する性に見合う服装をしたいとも限らないはずです」

 身体に沿わない服装をすることも、自分が認識する性に沿わない服装をすることも、両方とも「異性装」という括りで考えられる。

 それゆえ、町田先輩は由菜さんの服装へのこだわりを性自認に根付く問題であると読み取っていたが、それ以外のケースも除外できないのだ。由菜さんが自分自身を女性であると認識したうえで、男性の恰好をしたいと考えていたのかもしれない。性自認がそもそも一方の性に定まっていない可能性だってある。

 もちろん、由菜さんがこだわった服装は、男子制服をベースに女子制服を象徴するリボンを添えたものであるから、そもそも一方の性を示そうとする服装ではない。そのことからも、彼女の性質を少ない判断材料から単純化して見誤っても当然だ。

「桜木先輩は、由菜さんの真意を知っているのですよね? だからこそ、先輩は由菜さんと同じ服装で校則に抗議している」

 ふっと小さく鼻で笑われた。彼は湯気を噴きだす鍋の蓋を注視し、火の通り具合を測っている。そうやって目を逸らしてしまうところが、彼の勿体ないところだと思う。

「さすが、よく調べてくれたよ」

 たった数か月前に知り合ったばかりの後輩を、知った気になって得意げに称える。しかも、誰がわたしに遠回りをさせたというのか。調子のいい先輩だ。

「こういう趣味ですから」

 オタク気質で唯一役に立つと思える性質だ。

 傍からすれば、「できるのにやらない」悪癖と表裏一体の厄介なものらしいけれど。

「葉山の言うように、町田はかなり誤解している」桜木先輩の言葉は、町田先輩が彼を評したときと同じように苛烈だ。違う点があるとすれば、感情に任せてものを言わないことと、わたしが信頼していることの二点だ。「町田が江森の親友を名乗るなら、僕にも江森と接してきた時間がそれなりにある。僕の認識がすべてではないが、町田の見たことがすべてではないのも確かだ」

 桜木先輩と町田先輩が由菜さんの両腕を掴んで引っ張りあっている――コミカルな場面を想像してしまった。由菜さんの問題はともかく、ふたりの二年生が感情的に反目している本質は、その程度のものかもしれない。彼と彼女が真っ向からぶつかり合うのは、由菜さんや制服のことが絡む場合に限られる。

 気を取り直して、単刀直入に問う。

「では、町田先輩は由菜先輩をどう誤解していたのですか?」

 彼もまた、それを述べるために長く我慢してきたのだろう。言える相手を、ずっと選ぼうとしてきた。長い緘黙は彼自身の問題も原因なのだが、ついに話せると思うと、興奮を隠しきれない様子だった。

 頬を上気させながら、誰にも言えなかったそれを、口にする。


「江森は、トランスジェンダーでも何でもないんだ」




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