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調理部部長のリボン  作者: 大和麻也
Episode 3.5
32/58

3.5-3

 槇原先生には煙に巻かれてしまったが、それなら別の人に訊くまでだ。

 桜木先輩が特別扱いされているという、ほかでもない天保高校の教師からの発言も得た。リボンをしていること、リボンを咎められないこと、調理部で唯一の部員であること――彼にまつわる疑問は多いけれど、教員との関係は特に重要なカギになるはずだ。

 この際だ、大本命の鮎川先生を訪ねてしまおう。彼の研究日は月曜日だから、昼休みの時間を過ぎたいまなら、土曜日でも会うことができるはずだ。

 と、思ったのだけれど。

「鮎川先生なら、手芸部だと思うよ」

 職員室に不在だったので尋ねてみた家庭科準備室。家庭科教師のデスクがこの部屋にもあるのだが、そこに目的の先生の姿はなかった。

「伝言があるなら伝えておこうか?」

「いえ、平気です。失礼しました」

 自分が教わっている家庭科の先生に礼を言って、わたしは教室を出た。

 土曜日にも部活の指導をしていたとは誤算だった。授業の質問をするのでもなく、そもそもわたしの教科担任でもない彼を、活動中に訪ねるのはハードルが高い。伝言を頼むにも、内容が込み入っていし、直接聞くからこそ意味がある。来週の火曜日を待つことにしよう。

 帰ってゲームでもしようと諦めて、窓際の空気がひんやりする渡り廊下を歩く。

 渡り廊下が教室棟と交わる場所は、ちょっとした広場のようになっている。階下のラウンジや食堂が近いのもあって、休み時間には天保のスクランブル交差点と化す。その隅っこにある机に置かれた真っ赤な木製の箱に、否が応でも視線を奪われる。

 生徒会が設置した「目安箱」――生徒会役員への要望を投書できる箱だ。

 存在は知っていても利用することはなかったそこに、長い黒髪の生徒を見つける。

「あ」

 漏れかけた声を引っ込める。

 女子生徒――生徒会長の町田美雨は、わたしの気配を感じてこちらを目の端で一瞥するも、気に留めない。代わりに手元を注視して、ポストの脇の錠のダイヤルを回している。生徒会役員である彼女は、当然、目安箱を利用する側ではなく管理する側である。

 わたしは町田先輩のことを憶えているし、忘れるはずがない。他方、彼女はわたしのことを記憶していないようだ。それも仕方がない。一度間近で顔を合わせたとき、わたしは桜木先輩のオマケだった。普段なら天保で最も目立つ生徒会長と、平凡ないち生徒。彼女はわたしに見られているが、わたしは彼女から見えていない。

 まあ、そんなものだ。

 彼女の背後を過ぎて二、三歩。何となく気になって振り返ると、ちょうど一枚の投書を開いたところだった。


 そのとき、ろくに読んでいないそれをくしゃりと丸め、ブレザーのポケットに突っ込んだ!


 生徒会長が踵を返したので、さらに身を縮めて柱の陰でやり過ごす。

 彼女も彼女で、周囲に視線がないか気にしているような仕草があった。イタズラの投書を握りつぶすなら、そのような心配は必要ないはずなのに。そもそも、見るからにイタズラだとしても判断が早すぎる。


 まるで、内容を既に知っていて、筆跡さえ確認できればいいかのように。



 調べてみる価値はあると踏んで、週明けの月曜日。

 生徒の大半が下校してから、生徒会室に足を運ぶ。部屋の前に来て、ノックをするわけではない。調べたいものはその扉の脇にある。きょうは活動日ではないらしく、室内に人の気配はないから好都合だ。

 目当ては、掲示板。

 ここには、目安箱の投書への応答が掲示される。要望のやり取りはいわば文通のような形で行われ、B5サイズの用紙は、上半分が要望を書く枠で、下半分が生徒会の記入スペースになっている。要望と応答のやり取りが一枚の紙面上でなされると、記名欄を切り取られたうえで、掲示板に貼りつけられる。

「……ない」

 予想通りの結果に、独り言が漏れる。

 ひと目見ただけで、おととい生徒会長がぐしゃぐしゃにした紙がないとわかる。

 件の一枚はイタズラだったのかもしれない。しかし、掲示板を見るに、イタズラ紛いの冷やかしたような要望にも、生徒会は面白おかしく返答している。投書を用いた大喜利が展開されているのだ。

 だとしたら町田会長の行動は、やはりおかしい。イタズラの投書でも、一度生徒会室に持ち帰り、ユーモラスに「やり返す」方法を役員たちで考える習慣があったはずだ。よほど卑猥なことでも書いてあれば別だろうが、そういう様子ではなかった。


 目安箱に繰り返し入れられる投書があるに違いない。

 生徒会がまともに取り合わない、面倒な内容のもの。


 階段を上がり、目安箱と対面する。

 ベニヤ板で作られた箱は、そう重たいものではない。周囲に誰もいないことを確認して、ひょいと持ち上げてみる。何度か上下に揺すってみると、中でかさかさと音がする。

 期待した投書が入っているかもしれない。

 わたしはポストを上下逆さまに持ち、底面から落ちてくる紙を、投函口に突っこんだ人差し指と中指で挟めないか試みる。やってみると、幅はギリギリだ。紙は箱の中で動いてくれるのだが、指先をかすめてしまい、うまく掴めない。

 そう簡単にできるとは思っていない。諦めずに目安箱を何度もひっくり返す。ブレザーがホコリを被っても根負けせず、回数を重ねればいつか成功すると信じて。

「……届いた!」

 ついに、指に用紙が引っかかる感触を得たときだった。


「何をやっているの?」




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