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調理部部長のリボン  作者: 大和麻也
Episode 3 -- 野球部エースの逆心
28/58

3-10

 窪寺駅の駅ビル。

 先日のハンバーガーショップより、ひとつ上のフロアにあるコーヒーチェーン。連絡先を交換していないからと校門で待ち伏せした「友達」に連れてこられた。店舗奥のソファ席にたまたま座れたのだが、わたしはそこに浅く腰掛けている。

「ほらほら、気にしないで食べなよ」斜め向かいに座る榊先輩は、わたしが求めてもいないのに注文したチョコレートケーキの皿をこちらへ押し付けてくる。「食べるなり飲むなりしていないと、目も逸らさず人と話し続けるのって疲れるよ?」

 気が利くのか利かないのか、わかりにくい先輩だ。

 彼女も彼女で、値段もカロリーも高そうな飲み物を注文している。ホットコーヒーの上に、これでもかとクリームやシロップのかかったそれは、わたしが奢ってもらったコーヒーとケーキの合計金額よりも高いかもしれない。しかも持参したタンブラーに淹れてもらっている。彼女の言う通り、遠慮する必要はないようだ。

 お言葉に甘えて、ケーキにフォークを突き立てる。うん、甘い。

「本題だけど、恵都から話は先に聞いちゃったんだよね」

「あっハイ……え?」

 事も無げに先輩が切り出すので、聞き間違いかと思った。しかし、わたしの耳に間違いはなかった。

「うん、葉山ちゃんと会うより先に、恵都から連絡が来てね。あたしが葉山ちゃん経由で話を持っていこうとしたのもバレていたんでしょ? だから、葉山ちゃんを通して結論を伝える意味もないだろうって」

 わたしが榊先輩を捕まえるのに三日かかってしまったのがいけなかった。桜木先輩に先回りされて惜しいことはないけれど、わたしは理由もなく榊先輩を引き留めたことになってしまう。

 ただ、そのフライングも悪い面ばかりではなかった。

「でも、恵都の話の通りだってことは、依頼人から報告があったよ。斉木くんを問い詰めてみたら、実際にそういう意図だったと認めたらしい」

 事の顛末を聞けるのは、わたしの報告が遅れたからこそである。

 桜木先輩の導いた結論によると、「斉木さんは、お母さんの観戦スケジュールを踏まえて自分の行動を決めていた」ということだった。準々決勝のボークを図った敗退行為と、準決勝のサボタージュとは、彼のお母さんの行動を重ね合わせることで、関連性が窺えるようになる。

 斉木さんのお母さんは、容体が落ち着いてきたことで、週末に外出許可をもらって球場へ足を運ぶのを楽しみにしていた。息子も楽しみにしていたに違いない。

 ところが、迎えた準々決勝の試合、斉木さんの思うような展開にはならなかった。母親が球場にやってくるよりも先に、試合が終了してしまいそうになった。というのも、病院からの外出が可能になるのが、昼の食事と検査の後である。隠し球事件が発生した最終回、その時刻は一四時半であったから、母親はまだ病院から球場に向かう道すがらにあったのだろう。

 九回ツーアウトまで投げ続けた斉木さんは、時計を確認し、客席を見、お母さんが球場にいないことに気がつく。体調が万全でないお母さんは観客の少ないネット裏に座るだろうから、マウンドの斉木さんはある程度目視で確認できただろう。自分のユニフォーム姿で母親を勇気づけたかった息子は、試合時間を長くすることを画策した。

 そこで運良く回ってきた、ランナー二塁三塁のピンチ。ここで暴投かボークをすれば、同点となって試合時間を長くできる。当然サヨナラ負けのリスクも高まるけれど、そこは抑える自信があったのだろう。

 ところが、さらなる想定外が発生する。

 自身が試合をコントロールするためのボールが返ってこない。つまり、どこかで隠し球が図られている! ――一瞬のうちに投手板を跨いでボークにする手を思いついたが、時すでに遅し。三塁手は三塁ランナーを刺殺した。失意のエースはマウンド上で項垂れるも、チームメイトとともに気丈に挨拶へと向かった。

 この試合の結果、野球部は隠し球をめぐる論争に巻き込まれる。しかし、エースにはもうひとつのショックがあった。


 準々決勝、母は球場に来られなかった。


 榊先輩が話していたように、斉木さんのお母さんは、準々決勝を見ようとして失敗している。体調が急変してしまい、病院に残ったか、移動中に引き返したのだろう。斉木さんが決意して敗退行為に及んだのも、実は無駄だったのだ。

 野球部エースは、今度は母親の体調が心配になる。準々決勝では上手くいかなかったが、準決勝の日には再び外出許可が下りた。でも、息子は気が気でない。今度球場に来ようとして、前よりもひどい不調に襲われてしまったら大変だ。しかも、自分の登板予定がない準決勝で倒れさせるわけにはいかない。

 だから、エースは再び決心した。

 試合会場に向かわなかったのだ。

 体調を崩したから家で寝ていたい、と嘘を言った。

 そうすれば、母親は疲れやすい球場ではなく、家に帰ってくると思って。




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