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調理部部長のリボン  作者: 大和麻也
Episode 3 -- 野球部エースの逆心
27/58

3-9

 なぜ、斉木さんが延長戦を望んだのか。

 当然に思いつく疑問を口にすると、桜木先輩は目を輝かせた。

「ああ、そうさ。それが問題だ。どうして彼は、目前の勝ちを捨て去る道を、すなわち試合時間を長くする道を選んだのか。葉山ならどう考える?」

 いい加減彼の癖がわかってきた。彼は他人の質問をそのまま返したがる。

「試合が長くなると、斉木さんにとって良いことがあった、ということですよね。延長された試合時間中に、何か嬉しいことがあったのかも。反対に、嫌なことをやり過ごすことができたとか……?」

 決定打となる手掛かりが掴めず、考えはまとまらない。ポジティブなことにせよ、ネガティブなことにせよ、何が斉木さんの気持ちを強く揺さぶったのか。しかも、その原因は、斉木さんがチームメイトやコーチ、先生に対してまで素直になれなくなったこととも関係しているはずだ。

 動画に収められている、最終回の時刻は一四時半ごろ。公式記録を検索して調べてみると、プレイボールは一二時過ぎだったようだ。約二時間も試合をしていて、しかも斉木さんは先発投手としてずっと投げ続けたのだから、相当疲労していたはずだ。それでも試合を長くしたかったなんて。

 桜木先輩も腕組みして「ううん」と唸り、確信には至っていないようでもある。それでも、彼の瞳は期待に満ちた輝きを湛えていた。

「ここからは推論に頼るようだけれど、栞里先輩の言葉に気になった箇所がある。もう一度再生してくれるかな?」

 彼の頼みに、わたしはスプーンを置いた。ようやく食べられそうな温度になったグラタンは、もうしばらくお預けだ。

 指示されたのは榊先輩の話の録音のうち、ほとんど最後に近い部分。斉木さんが部活に来られないことを案じた顧問の先生に対して、彼が捻くれて述べた弁明について説明されていたところだ。例として挙げられたのは、「家のことがあるから」「コーチと気まずいから」「チームメイトに合わせる顔がないから」という三つの理由。直接の関係者ではない榊先輩が挙げたのだから、斉木さんはこれらの建前を繰り返し口にしているのだろう。

 桜木先輩は二度目に聞く音声にも、初めて聞いたかのように深く頷いた。

「やっぱり、気になっていた通りだ。少し妙な気がする」

「どこですか?」

「『チームメイトに合わせる顔がない』とはどういう意味だろう? コーチとの関係が悪いのは確かだけれど、それならチームメイトに気後れする必要がない」

 大げさな言葉を使うならば、斉木さんは「被害者面」をできるのだから、部員たちのあいだで悪評が立つのは妙だ、と言いたいのだろうか?

 とすれば、桜木先輩も少々空気を読めない人だ。

「準決勝をサボって、その試合に負けたからでは?」

「もちろん、葉山の言うとおりだね。でも、それが申し訳なくなるくらいなら、そもそも真面目な彼はサボらないはずだ。だから、僕はそこにもうひとつ理由を付け加えたい。そうすれば、部員と会うに会えない理由がもう少し妥当になる気がする」

 ちょっと前まで腕を組んで悩んでいたのとは打って変わって、彼はにんまりと勿体ぶってから、恰好つけて人差し指を立てた。


 個人的な都合で試合展開を変えてしまおうとしたことを、後悔しているんだ。


 試合をコントロールしよう、というのは、彼がボークを狙ったことを指しているのだろう。あえて同点にすることで試合時間を長くしようと図ったが、失敗した。失敗したら、当然後悔するだろう。もっと早く投手板を跨げばよかった、と。

 そのことを言っているのか、と桜木先輩に確認すると、彼は首を振った。

「僕の考えはそれだけではないよ。準決勝に来なかったことも、野球部の命運を操作しようとしたことに含まれると考えている。準決勝の欠席も、チームが大切な選手をひとり失うという意味で、敗退行為と同じだからね」

「え、でも、それだと矛盾しませんか?」

 ボークにせよ欠席にせよ、敗退行為という意味では同じ。

 しかし、前者の目的は試合時間の延長であった。それに対し、後者は試合時間の問題ではない。むしろ、自分が投げたほうが試合時間を思うように操りやすくなったはずだ。試合会場にいないのなら、それは叶わない。

 ところが、桜木先輩は平然と「矛盾しないよ」と言ってのける。

「個人的な都合、と言ったよね?」

「あっハイ。確かに」

 試合を長引かせたり、一転して登坂せずにやり過ごそうとしたり――野球部を翻弄することには成功しているが、一貫した目的を見出そうとすると難しい。でも、「個人的な都合」ならば、さほど難しく込み入った背景はなさそうだ。

 情報過多に陥ったわたしは混乱するばかりでも、冷静な聞き手がもうひとりいる。しばらく黙々とグラタンを食していた鮎川先生が口を開いた。


「なるほど、お母さんの観戦の事情だね」




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