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岐路➂

『僕と婚約して欲しい。シャルロッテ』

……私の聞き間違えではなければ、リカルド様はそう言った。


返事をしないといけないのに、上手く言葉が出て来ない。


……私はまだ自分の秘密をリカルド様に打ち明けられていない。

こんな状態で答える事は……出来ない。


「リカルド様」

意を決した私が名前を呼ぶと、リカルド様の瞳が不安そうに揺れたのに気付いた。


椅子から立ち上がり、リカルド様と同じ様に地面に膝をついた私は、彼の透き通る様に綺麗なブルーグレーの瞳を見つめた。


「私はまだリカルド様にお話ししていない秘密があります。……聞いてくれますか?」

リカルド様が黙って頷くのを見届けてから、私はゆっくりと口を開いた。


「私は【赤い星の贈り人】です。異世界で生まれ……そして、亡くなった別の人間の記憶を持っています」

私の告げた言葉を聞いたリカルド様の瞳は大きく見開かれ、モフモフのお耳と尻尾がピンと立ち上がった。


……うっ。そんな状況じゃないのに……リカルド様が可愛い。

なでなでしたい……って、違うだろ。……私。


コホン。

小さく咳払いをし、気を引き締め直す。


「私は天羽 和泉と言う二十七歳の人間の女性でした」


和泉の生い立ちから亡くなる過程までを話し、生前はこの世界に似たゲームをやっていた事。

ゲームの内容やリカルド様もその中のキャラクターとして存在していた事。

その記憶を一年前に思い出した私は、ゲームの中で起こる予定だったスタンピードをこの世界で起こさない様にする為に……。シャルロッテが道を踏み外したりしない様にする為に、この一年間奔走してきた事。

それらを全て話した。


「こんな大切な事を隠していた私を……嫌いになりましたか?」

尋ねた後に涙が溢れそうになった私は、唇を噛み締めてそれを堪え

た。


「頑張り屋さんのシャルロッテを嫌いになったりしないよ。今まで沢山頑張ってたのに……気付けなくてごめんね」

リカルド様は大きく首を横に振った後に悲しそうに眉を寄せた。

そんなリカルド様に向かって、今度は私が大きく首を横に振った。


「リカルド様は悪くありません!」

気付かれない様にしていたのは私だ。リカルド様は少しも悪くない。


「……ありがとう」

リカルド様は優しい笑みを浮かべて、私の頬に手を当てた。


「でも、これでやっと分かった」

「……え?」

「どうして僕なんだろうって、ずっと思ってた。シャルロッテは王太子のクリス様とだって結婚が出来る立場にいるのに、何で……獣人の僕なんかを選んだんだろうって」

「リカルド様!それは……!」

「うん。大丈夫。君の気持ちは疑っていないよ」

リカルド様は私を落ち付かせる様に、優しく指先で頬を撫でる。


「始めは多分《憧れ》みたいなものだった。……でも、今はきちんと好意を持ってくれている。そうだよね?」

その言葉に私は何度も頷いた。


確かに最初は《憧れ》だった。ゲームの中の大好きなキャラクターに出逢えた喜びが強かった。

それが……リカルド様と会話を重ね、手紙のやり取りをする様になり、その人柄に触れる度に恋心に変わって行った。


「君が僕を選んでくれて嬉しいよ」

リカルド様は嬉しそうに瞳を細めながら言った。


「それに……《憧れ》でも何でも、僕はもう君を離すつもりはないからね?」

リカルド様はニコリとお兄様がよくする様な威圧的な笑みを浮かべた。


…………!

驚いた私は咄嗟に身体を引かせかけたが、頬にあったリカルド様の手がそれを許さなかった。


「……こんな僕は嫌い?」

首を傾げながらシュンと寂しそうに耳が下がるリカルド様。


……どちらのリカルド様が本当のリカルド様なのだろうか?


いや、どちらもリカルド様なのだ。

ゲームでは知り得なかった《《本物の》》リカルド様だ。


目の前にいる愛しい人をもっと知りたいと思った。

この人ともっと一緒にいたい。

私はリカルド様の困った顔も笑った顔も……怒った顔でさえも大好きだと思えるのだ。


「私と婚約して下さい。リカルド様!」

私はガバッとリカルド様に抱き付いた。


「え?!わっ!」

突然、私に抱き付かれたリカルド様は、出逢った頃の様に真っ赤に頬を染めたが、直ぐに私の言葉に応えてくれた。


「うん。これからよろしく」

そして嬉しそうに破顔しながら私をギュッと抱き締め返してくれたのだった。


……スタンピードは回避され、私の想いは遂に実った。

まだまだやらなけれはならない事は残ってる。

だけど…………今はこの幸せを噛み締めても良いよね?

私とリカルド様は瞳を合わせ微笑みあった…………のだが。



「ねえ。僕の事忘れてなーい?」

魔王様(おにいさま)が私達の良い雰囲気を一瞬でぶち壊した。

私のリカルド様の間に強引に割って入り、あっという間に私達を引き離してしまう。


「『邪魔しない』とは言ってないからね?」

リカルド様に向かって、邪悪な微笑みを見せる魔王様(おにいさま)


「お手柔らかにお願いします。お義兄様?」

リカルド様はそんな魔王様(おにいさま)に平然と笑い掛けた。


ええと……こういうの何て言うんだっけ?


《ハブとマングース》?《犬猿の中》?



「……また失礼な事考えてるでしょ」

「いえ!私はお兄様が大好きです!」

お兄様が瞳を細めながらチラッとこちらを見たので、私は諸々誤魔化す為に取り敢えずお兄様に抱き付いた。


「……誤魔化したね?」

抱き付かれたお兄様は苦笑いを浮かべながら私の頭を撫でた。

そして、リカルド様に視線を合わせながら首を傾げた。


「羨ましいでしょ?」

「少しね。でも、僕はこれから沢山言ってもらうから大丈夫」


ええと……二回戦目開始ですか?

まあ、なんだかんだで仲良しだから放っておこう。


えっ?本音?

『怖いから関わりたくない』……だ(汗)


あー、あー、何も聞こえなーい。

耳を塞いで周囲の音を聞こえなくした私は、時が経つのをただただ待った。




****


その日の夜更け。

私はお兄様の部屋を訪ねた。


トントン。

部屋のドアをノックすると、返事より先にドアが開いた。


「いらっしゃい。来ると思ってたよ」

兄妹とはいえ、淑女が異性の部屋を訪れるには不謹慎な時間なのだが、お兄様は構わずに中に招き入れてくれる。


「……勉強していたのですか?」

机の上には開きっ放しの本とノートが見えた。


「んー?ああ、課題を少しね。気にしなくても直ぐ終わるから大丈夫だよ」

お兄様はそう言って、私をソファーに座らせる。


「キースと、リリーナはどうでした?可愛いかったでしょう?」

「うん。凄く可愛かった。性別は逆だけど、僕達の子供の頃みたいだったね」


お兄様のお土産の絵本と玩具は無事に双子に届けられた。

玩具で遊ぶのはまだ先だが、絵本は読んであげようと思う。赤や青等の原色の綺麗な絵本だから、まだよく見えない双子の瞳にも写りやすいだろうし。

子守唄代わりになるかもしれないしね。


そんな事を考えている内に、いつの間にかお兄様は私の正面に座っていた。

お兄様は優しい微笑みを浮かべてこちらを見ている。


「婚約おめでとう。シャル」

「……ありがとうございます」

私は少し照れながら答えた。


「面白くはないけど、リカルドみたいな男は見つからないだろうからね。仕方ない」

お兄様は少しだけ瞳を細めた。


本日の夕食(ディナー)時に、アヴィ家に滞在中のリカルド様が私との婚約の申し出をお父様にしてくれたのだ。

お父様は獣人に嫌悪感を持たない人だし、リカルド様の家柄は申し分ない。娘を大事にしてくれる、優しい夫になるであろうリカルド様の申し出を二つ返事で了承してくれた。

リカルド様のお祖父様達には既に話をしてあるらしく、近々、両家で顔合わせをしながら公式に発表をする予定だ。


「それもこれも全てお兄様のお陰です」

私はお兄様に向かって頭を下げた。


お兄様が私の味方じゃなかったら……この結果を迎える事が出来たかは分からない。

リカルド様には出逢えていなかったかもしれないし、出逢えた頃にリカルド様に想い人がいないとも限らなかった。

リカルド様と婚約出来た事は全てお兄様のお陰なのだ。


「止めてよ。まだお嫁に行く訳じゃないんだから」

お兄様は苦虫を噛み潰した様な笑みを浮かべる。


それに、リカルド様との事だけではない。

一年前はもっと絶望に近い感情を持っていた。


あの日。無理矢理に近い形で私の秘密を暴いたお兄様。

だけど、そうしてくれたお陰でお兄様という心強い協力者を得る事が出来た。

お兄様と一緒に問題を解決する度に、徐々に心の負担は軽くなった。

もし……あのまま一人で抱え続けていたら……途中で潰れてしまったかもしれない。


……だから私はきっと永遠にお兄様には頭が上がらない。

ずっと感謝し続けるし、ずっと……大好きだ。


「約束のお酒です」

私は異空間収納バッグの中から瓶に入ったお酒を取り出した。

何度も試行錯誤を繰り返しながら、作り出した()()()()()である。


この日の為に用意をしたお兄様と私の秘密のお酒には【ラベル】を使用した。


このお酒を作る事に成功したのは少し前の事だ。

そのままシーラやスーリーのお酒も作れたが……それは止めた。

自作のお酒に関わる事は全て、お兄様との秘密の約束を果たしてからにしたかったのだ。

それが私なりのけじめだった。


グラスを二つ用意し、半分より少し上までお酒を注ぎ入れる。

それから、タンサン水を作る要領でグラスの上に右手を掲げ、すごーく弱い雷を発生させた。

最後にパチパチと弾けるお酒の入ったグラスに氷を作り入れる。


……完成だ。


最初はタンサン水を作ってお酒に混ぜる事を考えていたが、お酒自体に直接加えた方が美味しかったのだ。


「どうぞ」

お兄様に手渡した後に自分の分のグラスを手にした。


「今までよく頑張ったね。スタンピード回避の成功とシャルの婚約に……乾杯」

「乾杯」

お互いに軽くグラスをぶつけ合い、グラスを口元で傾ける。


ラベルのマスカットの様な瑞々しい甘さと酸味が、シュワシュワとしたタンサンで引き立たされ、口当たりが良くジュースの様にサラリと飲めるのだが、喉を鳴らす度に身体が熱く、頭がぼんやりとしてくる。


うん。美味しい。私はやっぱりお酒が大好きだ。

思わずニコニコと頬が緩んでしまう。


……お兄様はどうだろうか?


視線を正面に向けると、お兄様はニコニコと微笑んでいた。


「どうですか?」

「ん?美味しいよ。初めてお酒を飲んだけど、これなら毎日飲んでも良いね」


お兄様はこれがお酒デビューだったそうだ。

……この日の為に飲まないでいてくれたのだろう。


「シャルが飲みたがる理由が分かったよ」

グラスを傾けて残っていたお酒を全て飲み干す。


「お代わり作りますか?」

「いや、大丈夫。シャルロッテもそれで終わりだからね?」

チラッと瞳で釘を刺される。


……おっと。……こっそり二杯目に行こうとしたのがバレてしまった。


「シャルにはもう婚約者が出来たんだから、今以上に自分を大切にしないと駄目だよ?絶対に無理は禁止。どうしても無理をしないといけない時は、僕かリカルドを必ず頼る事。分かった?」

お兄様は笑み消し、真剣な眼差しを私に向けてくる。


……きっと、お兄様は私が次にやらかすであろう事に気付いているのだ。

だから『無茶をするなら僕かリカルドを巻き込め』と、そう言ったのだ。


私は少量だけ残っていたお酒を一気に飲み干してから、お兄様の瞳を見つめ返した。


「まだ少し後です。でも、その時が来たら絶対に相談します。だって、これからもお兄様は共犯者ですからね?」

小さく舌を出して笑うと、

「うん。仕方ないからまだまだ共犯者でいてあげるよ」

私に向かって手を伸ばして来たお兄様に、人差し指でおでこを軽く突つかれた。



今日のお兄様との秘密のお酒を糧に…………。


大切な人達に囲まれ、大好きなお酒を飲みながらのんびりと過ごせる日を夢見て、私はこれからも頑張り続ける!!





《十二歳篇完》

十二歳篇終了です。

次は番外編を何本か挟みたいと思います^^

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