岐路➀
【クリソベリルの首輪】により魔力を封じられて黒猫になった魔王をアヴィの邸に連れて帰ってから……なんだかんだで半年が過ぎた。
この日。
私は朝早くから、一人でダンジョン跡地に来ていた。
ダンジョンの消滅を確認した翌日に、お父様達が入口を壊して塞いでしまった為に地下へ降りる事はもう出来ない。ダンジョンが存在した証として石碑を置いていなければ、ここにダンジョンがあったとは誰も思わないだろう。
元ダンジョン跡地の側には研究兼居住施設が建っている。残念ながら(研究者には)ダンジョンは消滅してしまったが、消滅するまでに集めていたデーターやお父様達がまとめた報告書等を元に今も研究にいそしむ者がいる。
中には魔道具開発者の為の研究施設もあり、ミラは施設の完成と共にここに移り住んでいる。
朝から晩まで魔道具開発三昧のミラ。健康の為に無理矢理外に連れ出す様にはしているが……ゲームのミラを学院に入れたギルドマスターの気持ちが分かるようになってしまった……。
とまあ、そんな風に姿を変えたアヴィ家の裏山である。
私は近くにあった丁度良い大きさの石の上に腰を降ろして、ボーッとダンジョン跡地を眺めた。
魔王が言っていた通り、魔力の供給者を失った魔物達は徐々にその数を減らし続け、各地に存在していた魔物達の殆んどが消滅したとギルドマスターが調査の結果を報告してくれた。
懸念していた魔王の子供や妻達の動きは何もない。
魔族側は静観する事に決めたのだろうか?それともタイミングを見計らっている?
このまま何も起こらない事を祈ろう。
……この半年の間に、私の周りではちょこちょこと色んな事が起こった。
先ずはお兄様と私の誕生日の事。
誕生日の前日。二十四日に帰省して来たお兄様だが……何故か一緒に傷心気味で落ち込んでいるクリス様をアヴィ家に連れて来た。
いとこであり、親友でもあるお兄様達だから連れ立って帰って来てもおかしくはないのだが、この世界のクリスマスといえば、某宗教の有名人の誕生日ではなく、ユナイツィア王国の建国記念の日なのだ。
……王太子が王都にいなくても大丈夫なのだろうか?
そう首を傾げていると、暗い顔をしているクリス様の代わりにお兄様が事情を説明してくれた。
王都の学院内にはクリス様に恋する令嬢が沢山いるそうなのだが、その中でも特に熱烈な令嬢がいるそうだ。クリス様のいる所には、必ず現れる令嬢の名前は《サーシャ・オルベール》。
オルベール伯爵の一人娘である彼女は、入学式の日にクリス様に一目惚れをし、父親に無理矢理に頼んで婚約者候補の一人に名を上げた人物らしい。
……どこかで聞いた話に似ていると思ったら……ゲームの中の私か……!!
クリス様ならばこんなのはよくある話の一つに過ぎないだろう。見目麗しい王太子は、そんな令嬢達には慣れているし、騎士団にも席を置いているだけあって、揉めも柔軟に対処も出来る。素直なワンコ王子だが、クリス様はとても優秀なのだ。
しかし……相手がストーカー体質のご令嬢となると簡単には話が終わらなかったらしい。
クリス様のいる所には必ず現れるサーシャ嬢。……それは《《どこであっても》》だ。
学院内ならまだそれも分かるが、隣国の訪問やお忍びの視察、浴場や果ては寝室まで……。
父親のオルベール伯爵は発言力のある実力者の為、クリス様はサーシャ嬢を無下にする事が出来なかったのだそうが……流石にこれは色々な意味で駄目だろう。ゲームの中のシャルロッテだってここまではしていない。好きなら何をしても許される訳ではないのだ。
結局、やり過ぎてしまったサーシャ嬢は婚約者候補の永久取消しとなり、学院には長期休学届けを出す事になった。
そして、クリス様は心の傷を癒す為に王都から離れたアヴィ家で療養する事になった、と。
……お兄様なら、もっと早く対処出来たんじゃ……?
チラッと上目遣いに伺うと、お兄様は笑いながら瞳を細めた。
ああ……やっぱり。
きっとお兄様はオルベール伯爵の勢力を削ぐ為にクリス様を利用したのだ。
……流石である。安定の鬼畜っぷりである。未来の宰相候補としては頼もしい限りではあるが、王太子を使うとは……。クリス様、可哀想に。
私はメイ酒多めのホットチョコをそっとクリス様に差し出した。
おお。笑顔になった。良かった、良かった。
因みに、今年のお兄様からの誕生日プレゼントは、大量の【イルク】だった。和泉の世界でいう所の《栗》である。ここに来てのまさかの栗の登場に私は狂喜乱舞した。
マロングラッセにモンブラン……ブランデー入りの大好きな栗スイーツが作れるのだ!!
痛まない様に下処理をしたイルクは異空間収納バッグに速攻でしまったよ!
後日、作ったモンブランは魔王のお気に入りとなった。勿論、マロングラッセもだ。
他には、魔術の使える料理人のノブさんにアヴィ家の侍女をしている小柄で可愛い彼女が出来た事や、魔王と金糸雀、クラウンの仲がかなり良くなった事等、色々と細かい出来事があったが……
我が家の最大のニューといえばやっぱりこれしかないだろう!
この春、アヴィ家に可愛い男女の双子が産まれました!!
予定日よりも大分早めに産気付いたお母様。高度医療を知っている和泉からすれば、この世界の出産は不安でしかなかった。超音波のない出産は、産まれるまで何が起こるか分からないのだ。
お母様は経産婦の為か、陣痛が始まってから半日で一人目を産んだ。これは早い方だと思う。
残るは後産かと思いきや……出て来たのは胎盤ではなくもう一人の赤ん坊で……!
予想外の展開に皆が喜びの声を上げた。
お腹の子供が双子だったのならお産が早まった事も、やけに大きかったお腹も頷ける。
お母様も双子も無事で皆元気だ。
……安心してお父様の胸で号泣してしまった事は今となっては恥ずかしい話だ。
その時の事を思い出してニヤニヤしていたお父様には、ロシアンチョコをお見舞いしておいた。
男の子と女の子の双子は、【キース】と【エリナ】と名付けられた。
ふにゃふにゃと小さく頼りなかった身体や子猫の様な小さな泣き声は日に日に逞しく成長して行き、しわくちゃだった顔はすっかり愛らしい顔立ちになった。
キースの方がお母様似で、エリナはお父様似だ。
純真無垢な表情を浮かべる双子達に……私はもうメロメロだ。
まだお産から回復しきれていないお母様の負担を減す為に、乳母と一緒に育児に参加させてもらっている。というのは建前で……実の所は可愛い双子達といつも一緒にいたいだけなのである。
早く『お姉ちゃま』と呼ばれたい!!その為にお姉様は頑張るよ!
しばらくボーッとダンジョン跡地を眺めていた私は、ポケットの中から小さな時計を取り出した。
時計の時刻は、運命の時間を示していた。
今日の……この時間にスタンピードが起こるはずだった。
しかし、目の前にあるダンジョン跡地の土の中から、魔物が溢れ出て来る様子はないし、近くに魔物の気配も感じられない。
時が刻まれる度に、じわりじわりと胸が熱くなって行く。
……スタンピード回避出来た? ……やった!本当に回避出来たんだ!!
これでお父様やお母様、邸の皆が死ぬ事はない。
私は両手の握り拳に力を込めた。
涙で潤んだ瞳から熱い滴が零れ落ちる瞬間…………。
「シャルロッテ」
私を優しく呼ぶ声の方を反射的に振り返った。
……そこには半年振りに見る大好きな人の姿があった。
「……リカ……ルド様?」
半年前よりも身長が伸び、男らしくなったその人の姿が……。
「久し振り……だね」
変わらないリカルド様の優しい眼差し。
……夢じゃないだろうか?
思わず頬を引っ張ろうとすると……
「僕もいるからね?」
リカルド様の後ろからスッとお兄様が出て来た。
……うん。夢じゃなかった。
「お兄様!」
私は二人に駆け寄った。
「お兄様もリカルド様も……どうしてここへ?学院は?」
「だって、今日でしょ?あの日は」
二人を見上げながら首を傾げる私に、お兄様もまた首を傾げた。
……そうか。
お兄様は約束の為に、帰って来てくれたんだ。私は瞬時に理解した。
だけど、リカルド様は……?
「シャル。取り敢えずここから移動しない?」
「え……でも……」
「大丈夫、大丈夫。もし何かあったら連絡が来るようになってるから」
私の手を引いて半ば強引に歩き出すお兄様。
「僕もいるから大丈夫だよ」
私の隣に並んで歩きながら微笑むリカルド様。
私はお兄様達に促されながら、その場を後にした。




