お酒のために乙女ゲー設定をぶち壊した結果、悪役令嬢がチート令嬢になりました

魔王飼います！

魔王よりも背の低い子供の私にでも付けやすい様に身体を屈めてくれた、魔王の首に【クリソベリルの首輪】を付け終えると……魔王の身体が真っ白い煙の様な物に包み込まれた。

「くっ……」

真っ白い煙の中。苦痛にも似た魔王のうめき声が聞こえてくる。

……一体どうなっているのか。

私はハラハラしながら真っ白な煙が晴れるのを待った。

そうして煙が立ち消えた後に残ったのは……毛艶のとても綺麗な黒猫だった。

金色の縁取りのされた黒曜石の様な黒い瞳。これは魔王の特徴である瞳だ。

「……魔王？」

私が呼び掛けると、目の前にいる黒猫は瞳を細めて満足そうに鳴いた。

「ニャーオ」

猫可愛い……！！

って……そうじゃない！

まさか……話せないの？

魔王なんだから魔力は高かったはずだよね？！

魔力が高ければ金糸雀みたいに会話が出来るはずなんだよね？！

「魔王？！」

「ふむ？何だね？主よ」

話せるのかーい！！

……焦ったじゃないか。

黒猫になった魔王は、大きな溜息を吐いた私を不思議そうに眺めながらキョトンと首を傾げた。

目の前の愛らしい黒猫を抱き寄せて、撫でまわしたい衝動に刈られるのだが……。

中身は魔王であり、金糸雀の父親である。数百年も生きている化石である。

「化石って……酷いぞ。主よ」

ちょこんとソファーに乗った魔王が苦笑いを浮かべる。

本当の事じゃないか。

黒猫になった魔王の前に、新しいお茶とお菓子を追加した。

まだまだ魔王には聞きたい事が残っているのだ。

因みに、今出したお菓子はチョコレートの盛り合わせです！

ふふっ。それも普通のチョコレートだけではない！

中にはメイ酒の入ったチョコレートボンボンが紛れているのだ……！！

これで……『あ！間違ってお酒の入っているチョコレートを食べちゃったぁ。テヘッ』が出来るという計画的な完全犯罪である！

「主よ。チョコレートボンボンとは、どれなのだ？」

「あ、えーと、この丸いのですね！」

私は深く考えずに沢山あるチョコレートの中に隠していたチョコレートボンボンを指差した。

魔王は猫の足で器用にチョコレートボンボンを掴み、口の中にそれを放り込んだ。

「おお！この中にメイ酒が入っているのか！主は凄いな。……旨い！」

……しまった！油断した！！

チラッとお兄様を伺えば…………

「シャルロッテは、こっそり隠すのが好きだよね」

こちらを見てニッコリ微笑んでいた。……しかし、その瞳は一ミリも笑ってはいない。

お兄様は微笑みながらチョコレートボンボンだけを探し当て、全てを魔王や金糸雀へと配ってしまう。

ああ……！私のチョコレートボンボンがぁ……！！

猫の姿の魔王は一口で食べられる様だが、小鳥姿の金糸雀は一口では食べれない。

チョコレートボンボンに器用に穴を開けて、メイ酒を飲みながら周りのチョコレートの部分を食べている。

「さっきのケーキならギリギリセーフだけど、これは完全にアウト。身体に悪いから年齢制限があるんだからね？ちゃんと分かってる？」

「……はい。ごめんなさい」

「全く……」

シュンと項垂れる私の口に、小さめなチョコレートを差し入れるお兄様。

私はそれをモグモグと咀嚼してからお兄様にギュッと抱き付いた。

「お酒好きな贈り人を妹に持つ兄は大変だよ」

そんな私の頭を優しく撫でながらお兄様は苦笑いを浮かべた。

「幸せだ……」

「賢い選択だったでしょう？私も幸せですわ」

目の前のソファーには、口元をチョコまみれにした魔王と金糸雀が隣り合わせに座り、ニコニコと笑い合いながら会話をしている。

可愛らしいモフモフの共演に、やさぐれかけた私の心がほっこりと解きほぐされて行く……。

……コホン。

さて、そろそろ質問タイムを再開させますか。

「魔王は神と交信は出来ますか？」

「神……か。半分はイエスだが、もう半分はノーだ。交信する事は出来るが……基本的に神からの一方的なものばかりで、こちらから連絡を取るのは難しいな」

「そうですか……。定期的な交信とかはないのですか？」

「不定期な交信だ」

……宛が外れてしまった。

しかし、不定期とはいえ交信があるのならば、まだ望みはあるかもしれない。

魔王が今の状態になった事がどう作用するかは分からないけれど……。

「では、次に魔(・)王(・)と(・)い(・)う(・)シ(・)ス(・)テ(・)ム(・)を消滅させる事は可能だと思いますか？」

「ほう……。主は面白い事を思い付くのだな。でもそれはどうかな。前例がないから分からないが……主には無理だと思うぞ」

「どうしてですか？」

チート力なら有り余るほどにあるというのに。

「そもそもこの世界において【魔王】を消滅させられるのは聖女だからだ。主は魔力量がとても多いが、聖女ではない。故に不可能だと思う」

「そうですか……」

「可能がゼロな訳ではないから、試してみるのも良いとは思うぞ」

【聖女】……彼方か。

「力になれなくてすまないな。主よ」

「んーん。充分だよ」

シュンと悲しそうな顔をする魔王に向かって私は横に大きく首を振ってから、笑顔でお礼を言った。

私は……出来る事ならば、彼方の召喚を阻止したいと思っている。

不慮の事件で命を落としてこの世界に生まれ変わった私とは違い、彼方は意図的に召喚される者だ。しかも、十六歳の少女が……だ。

日常生活から突然切り離されて、無理矢理に召喚された彼方(ヒロイン)。

彼の国には二度と戻れないと残酷な現実を告げられた彼方は、この世界に生きて行く理由や希望を見出だす為に危険な魔物達の討伐の旅に出る。それが聖女たる彼方の役割だった。

現在、魔王の魔力が封印でき、後は魔物が弱体化して消えていくのを待つばかりとだが……これはあくまでも私の寿命が残されている間だけなのだ。応急処置でしかない。

私がどんな形であれ、死んでしまえば魔王は解放される。長命の魔王より人間である私が長生きするはずがない……。

魔王が解放されるという事は、一時的にいなくなっていた魔物達がまた蔓延る世の中になるという事だ。魔力が封じられている内に魔王を殺してしまうのが一番なのは分かっている。今ならまだ継承も済んでいないから次代の魔王は生まれない。

……しかし、甘いと言われてもそれを避けたいと私は思ってしまったのだ。

魔王を殺すのはあくまでも最終手段にしたい。近くにいればいつだって殺す事が出来る。

長い様で……きっと短い期間だ。私はその間に打開策を考えなければならない。

先ずスタンピードを乗り切る事。

それが叶ったら……私は…………。

『シャルロッテは神になりたい？』

ふと、自分の声が頭の中に響いた。

えっ……？

私は首を傾げた。

気のせいかと思ったが……私は正直な今の自分の気持ちを素直に思い浮かべた。

《私はこの世界で美味しいお酒を飲みながら、大好きな皆と幸せに暮らしたいだけ》

神になんてなりたくない。なろうとも思わない。

「……そう。あなたの意志が変わらない事を祈ります」

聞こえていた私の声が、徐々に大人びた知らない女性の声に変化して行く。

気のせいじゃなかった……？　まさか……女神！？

慌てて、女神に問い掛けてみたが……幾ら待っても呼び掛けに答える事はなかった。

はあ……。折角のチャンスを逃してしまった。

こんな機会はそうそうないだろうと思うのに……。

でも一つ分かった事がある。今は一方通行だが、神達とコミュニケーションは取れる。

後はどうやってこちらから回線を繋ぐか……だ。

「シャル。どうかした？」

急に溜息を吐いて天井を見上げた私に、お兄様が気遣わし気な視線を向けてきた。

……また多分お兄様にも心配を掛けてしまうだろう。

困った様な顔で笑う私の様子から、何かを悟ったお兄様は私の頭を撫でながら微笑んだ。

「……いつの間にかまた問題を抱え込んだみたいだけど、一人で突っ走ったら……許さないからね？」

そう言いながらしっかりと私の頭を固定し、視線を反らす事も許さない状態で魔王の笑みを浮かべるお兄様……。

……やっぱり家の魔王の方が怖い。

しっかりと釘を刺された私は、真面目な顔で何度も大きく頷いた。

「迷惑は掛けて良いから。だから……やるなら目の届く所にして」

「……お兄様！」

溜息を吐いたお兄様の腕にギュッと抱き付いた。

『甘えろ』そうお兄様は言っている。

だったら…………！

「もう暫くご迷惑をお掛けします！」

「うん。仕方ないな。シャルのお願いだから聞いてあげる。じゃあ……そろそろ家に帰ろうか」

「はい！」

……って、ここに来る時はクラウンの中を通って来たけど……帰りはどうするのだろうか？

魔王と金糸雀をチラッと見ると、二人は壁際へと視線を向けた。

そこにはいつの間にか……クラウンの姿があった。

……ですよねぇ。

色々と言いたい事はあるが……一先ずそれを堪えて私達は家路についた。

ここに来る時にはいなかった黒猫を連れて……。