魔王の苦悩
そうして魔王は、ポツリ、ポツリと語り始めた。
「私の持つ魔力量は歴代の魔王の中でも最上位と言っても過言ではないだろう。だが……それ以外は駄目な魔王だ。与えられた役割を必死でこなしている間に子供達は皆出て行ってしまったのだから……」
「『皆出て行ってしまった』って……今、城には誰もいないのですか?」
「……ああ。城にいるのは側使えをさせてる魔物達が少しだけだ」
私の質問に答えてくれた魔王は寂しそうに笑った。
一瞬だけ金糸雀のいる方から刺すような視線を感じたのだが……金糸雀はいつも通りに見えた。
……私の気のせい?
それにしても……『気付いたら誰もいなくなっていた』って……。
……これは出て行った事に気付かなかった魔王に問題があるのではないだろうか?
それまでにもきっと、大なり小なりの前触れがあったと思うのだが……それに気付かなかったから妻達に愛想を尽かされたんじゃ……?
「やっぱりそうなのか……」
駄目夫の典型と言えるだろう。我が家のお父様も似たようなものだけどね!
「『駄目夫の典型』……」
ガックリと肩を落とし、項垂れる魔王。
……あれ?私、口に出してないよね?
お兄様ならまだしも……魔王にまで顔色読まれるって…………そんなに分かり易いのかな?
思わず自分の顔をペタペタと触っていると……。
「あれ?シャルは知らなかったっけ?魔王は【全知全能】の持ち主だよ」
お兄様が私の心を読んだかの様なタイミングで話し掛けてきた。
お兄様は本当に心が読める能力があるのだが……私の考えている事は全て表情から読み取れるそうで、余程の非常事態でない限りは使わないそうだ。
だから、今は私の顔色を読んでの発言になる。…恐ろしい。
「全知……全能?」
「そう。僕の持っている【全知】と【全能】を併せ持っているんだ」
他人の考えている事を鑑定出来る【全知】と、光と聖属性以外の魔術を操れる能力【全能】。
それが【全知全能】の能力なのだそうだ。
……うん。良くある魔王のチート能力だ。
でも、まあ……そうだよね。
光と聖属性を持つ聖女がチートなんだから、魔王もそれなりにチートじゃなければ相手にならない。
って、この世界チートだらけだな!!……私が言うなって感じだけど(汗)
だからさっきから私の心を読んだかの様な行動や発言が魔王からあったのだと、漸く理解する事が出来た。
……それよりも【全知全能】の能力を持っているなら、どうして妻達に逃げられるのか?
感情が読める能力を持っているのに気付かなかったとか……無能なの?
ふと思った疑問を頭に浮かべた瞬間、魔王がバタリとソファーに倒れ込んだ。
あ、しまった……。
どうやら、能力をコントロールして【全知】を制御しているお兄様とは違い、魔王は私の素朴な疑問をも自然に読み取ってしまうらしい。
お兄様が言うには《器の違い》らしい。
能力をコントロール出来なければ感情の波に飲み込まれて狂ってしまう人間とは違い、心の容量が大きい魔王はコントロールをしなくても全てを受け流す事が可能らしい。
……こうして私からのダメージを受けてる時点で全然受け流せてないけどね?
魔王は悪い人ではないと思うのだけど、身内としては微妙なのかもしれない。
きっと、自分に痛い所だけ器用に受け流してたのだろう。
「……シャル。そろそろ止めてあげたら?」
苦笑いを浮かべたお兄様は、私の思考を止めるかの様に肩をポンと叩いた。
目の前には息絶える寸前の様に、ピクピクと身体を痙攣させている魔王の姿があった……。
***
「もう、魔王辞めたい……。本当はもっと……子供達と交流したかった」
急に立ち上がった魔王は机の方から本の様な物を持って戻って来た。
泣きながらパラパラとめくり始める魔王。
魔王が持って来たのは小さな子供達が描かれた……この世界でいうアルバムの様な物だった。
「こんなに愛しているのに……」
涙を拭いながら、愛しそうにアルバムを眺める魔王。
……私達はさっきから何を見せられているのだろうか。
お兄様の方が断然、魔王らしいではないか。
……すみません。瞳を細めて微笑まないで下さい(汗)
「これは幼い頃のアイシャ……だ」
魔王は優しい眼差しを浮かべながらそっと姿絵を撫でる。
……アイシャ?
金糸雀の方に視線を向けると、驚いた様な顔で魔王を見ていた。
よくよく姿絵を見れば、《アイシャ》には金糸雀の面影が残っている。
思いもよらないタイミングで金糸雀の真名を知る事となったのだが、《愛らしい子》から名付けたのだそうだ。
そして、そこから更に魔王の昔話が続いたのだが…………。
それがまた長い……長い過ぎる。見た目の若さに騙されてしまうが、魔王は何百年も生きているお年寄りなのだ。そんな魔王に昔話をさせたら終わるはずがない訳で……完全なる親バカの昔話は無限ループに突入した。
話し相手が居なくて寂しかったのかもしれないが、それにしても長い!!
……どうして今、私が思っているこの気持ちは伝わらないのだろうか?
これが原因だな。ここが駄目なんだ…。
そして誰もいなくなった原因を身を持って悟った私が半眼で遠くを見始めた頃。
今まで黙っていた金糸雀が口を開いた。
「……お父様。ウザイですわ。そこが皆に捨てられた原因ではありませんの?」
「あ、アイシャ?!」
おお……。随分とストレートに言い放ったな。
言われた魔王が愕然としている。
大事な娘からの直球はさぞかしダメージは大きいだろう。
ショックを受けている魔王とは反対に、文句を言い続ける金糸雀の顔は心なしか赤く染まっている様に見えた。もしかしなくても、子供達に関心がないと思っていた父親の愛情(暑苦しい程の)を充分に感じる事が出来て嬉しかったのかもしれない。
「いつまでもグチグチと……。だったらいっその事、魔王なんて辞めたら良いのです」
「アイシャ……?」
「お父様も私の様になれば良いのですわ。そうすれば規格外で破天荒なシャルロッテのお陰で悩みなんて些細な事に感じられますし……何よりも美味しい物が食べ放題ですわよ?」
あのー……金糸雀さん? 今、さりげなく私を貶めたよね?
ジト目を金糸雀に向けると、『本当の事よね?』と金糸雀が首を傾げた。
こら!そこで、お兄様も頷かない!!
……って、他の事に気を取られて大切な言葉を聞き逃した気がする。
『魔王なんて辞めれば良い』『私の様になれば良い』って言った?
それは、金糸雀みたいに腕輪で魔力を封じるって事??
「何か問題あるかしら?お父様の悩みは解決するし、魔王の力を封印出来るのよ?あなたの望みはこれで叶うんじゃないのかしら?」
この提案を受け入れない意味が分からないという風に金糸雀は首を傾げながらこちらを見る。
いや……問題は大有りだと思う。
魔王の魔力を封印したら、この世界にいる魔物達はどうなるのか?……とか。
金糸雀の義兄姉達はどう出るのか?……とか。
一筋縄ではいかないのではないだろうか?
……寧ろ、ここまで順調に私に良い様に事が進んでいるのが何よりも怖い。
「また考え過ぎてるわね。どうしてもっと簡単に考えられないの?」
「……おっしゃる通りです。考え過ぎるのは私の悪い癖です。でも……仕方ないじゃない?」
私の行動が全て結果に繋がるのだとしたら、最悪の結果にならない様にする為に私はずっと考え続けなければならないのだ。
「その割りには思い切りが良いし、急に突拍子もない事を始めたり……ここぞという時には何も考えずにそのままに突っ走るよね?」
うっ……。お兄様まで参戦して来た……。
「僕の身にもなって欲しいよ。禿げたら責任取ってくれるの?」
「その時にはお兄様に没収された秘蔵のアレを進呈します!」
「そういう事じゃない。……あのね、反省してる?僕はそうならない様にしてって言ってるんだけど?」
お兄様の瞳がスーっと細められる。
「……すみません!!善処します!!」
私は瞬時にソファーの上で土下座をした。
やっぱり家の魔王様の方が百倍怖い……。
「それは良いかもしれないな……」
今まで黙って俯いていた魔王が顔を上げた。
その魔王の顔からは先程までの寂しそうな表情が消え失せ、清々しさが感じられた。
アルバムを抱えて立ち上がった魔王はそれを大切そうにしまうと、今度は四角の箱を持って戻って来た。
「主よ、これを私に着けてくれ」
えっ?あ、主……?それって私の事?
急な展開に頭が追い付かない。
戸惑いながら促される様に差し出された四角の箱を開けると、キャッツアイの様に光の筋が入った赤い宝石が黒い皮ベルトに付いた……チョーカー風の首輪が入っていた。
『これは【クリソベリルの首輪】だ』と、魔王は言った。
魔王の説明によると、私が金糸雀に付けた【籠の鳥】と同様の物らしい。
腕輪の時と条件は同じで、自らの《死》か、《首輪を付けた者が外す》又は、《首輪を付けた者が死ぬ》。この三パターンで外す事が可能だ。
……魔王がこれを『付けろ』と私に迫ってくる。
「さあ!早く!」
ああ。もう一々面倒くさいな……。これだから……。
わざとそう心に思い浮かべると、魔王の動きがパタッと止まった。
はあ……。疲れる。
「首輪を付ける前に私の質問に答えてくれますか?」
私は大きな溜息を吐いてから魔王の瞳を見つめた。
「何でも聞いてくれ。主よ」
魔王は大きく頷き私を見る。
「まず……魔王の力が封印されると、各地に存在している魔物達はどうなりますか?」
スタンピードを止める為にはコレが一番重要だ。
魔王の力を封印出来ても魔物達が今まで通りでは正直意味がない。
「魔物は力の供給源たる主を失った事になるから、徐々に弱体化し……いずれ消滅するだろう」
消滅する?!これは私にとってメリットしかない朗報である。
「では、魔王の妻や子供達である魔族には何か変化が生じますか?」
逸る気持ちを堪えながら次の質問をする。
「魔族は魔物とは違う。魔族は個体別に魔力を持っているから、私の放つ魔力に依存でもしていない限りは弱体化はしないだろう。寿命や殺されたりしない限りは今まで通りに生き続けられる」
残念ながら魔族の方の弱体化は見込めないのか……。
「次の魔王に成り代わろうとする者が現れたりは?」
「それは大丈夫だ。『魔王』は世襲制だが……先代魔王からその力を継承されなければ成されない」
ふと……【魔王】に対して頭を過ぎるものがあったが、逸る気持ちのせいでそれはかき消えてしまった。
……珍しい。実力社会かと思いきや、世襲制とは。
それならば、早く魔王の力を封印してしまった方が良いのだが……まだ不安に思う私もいる。
「大丈夫よ」
「……金糸雀?」
そんな私に『大丈夫』と言い切った笑顔の金糸雀。
金糸雀の妙に説得力のある言葉と、にこやかに頷くお兄様に後押しされた私は…………
魔王の力を封印する為にその首輪を手に取った。




