そして・・・➀
アヴィ家の裏山にあったダンジョン攻略から一ヶ月が過ぎた・・・この日。
私は一人でその場所を訪れていた。
勿論、金糸雀は留守番である。
うっかりと金糸雀をここに連れて来て『ダンジョン復活!』なんて迂闊な事はしない。
金糸雀からダンジョンの消滅を教えてもらったのは昨夜遅くの事だった。
『ダンジョンの方に残っていた自分の魔力の気配が完全に消えた』と・・・。
そうダンジョンを作った本人に言われても、やはり自分の目で確認するまで簡単には信じられない。
昨夜の内に確認をしに行きたかったのだが・・・金糸雀から止められてしまった。
『ダンジョンが消滅したとはいえ、何があるから分からないのだから日が昇ってから行きなさい』と。
その為、私は朝早くからここへやって来たのだ。
ダンジョンの入口は、調査道具を持っても入れる様にある程度拡張されている。
その入口からいつもの様に中へ入ると・・・・・・。
ダンジョン内を照らしていた壁際の松明の様な灯りは点いておらず、中は真っ暗闇だった。
「ライト」
私は右手を翳しながら、中を明るく照らす光の魔術を発動させた。
光で照らされた中をじっくりと見渡すと、地下に続いていたはずの階段が無くなっていた。
私が入って来た入口以外には通路は無い。中は狭い空間の行き止まり・・・密室状態になっていた。
試しに四方の土壁をそれぞれ叩いてみたが、ドンと鈍い音がして中に空洞がある様には思えなかった。
それでも、きちんと自分の目で確認をしたかった私は更に魔術を駆使し、土壁を掘り進めてみる事にした。
暫くの間、掘り続けたが・・・掘っても掘っても、出て来るのは粘土質な土だけだった。
・・・本当に無くなったんだ。
私はここで初めてダンジョンの消滅を実感した。
和泉の記憶を取り戻した私はスタンピードの発生を阻止する為に、このダンジョンの消滅を一番の目標に掲げてきた。
長い様で短く、短い様で長い日々だった・・・。
見慣れぬ(私的に!)魔物に遭遇し、お父様達に渇を入れながら討伐し・・・また見慣れぬ魔物に遭遇。何度も駄目行動を繰り返すお父様達に制裁を加えながら、また見慣れぬ魔物に・・・って。
前々から薄々気付いていたけど・・・お父様達がしっかりしてたら、もっと早くに消滅させる事が出来たんじゃないの?!
今までの出来事の積み重ねがなければ、魔王の娘の金糸雀の興味を引けたかどうかは分からない。
全ては必然だったのかもしれない・・・。
だけど!!お父様達のお陰だなんて思わないんだからね!?
金糸雀に道化の鏡・・・まさか同じ邸で暮らす事になるとは思わなかった・・・。
その時。
ガヤガヤとした声がこちらに向かって近付いて来ているのが聞こえてきた。
入口の方を振り返ると・・・
「やっぱりここにいた」
私を見つけたお兄様が微笑んだ。
「おお。本当だ。シャルがいる」
お兄様の後ろにはクリス様がいた。
「師匠~!!」
「シャルロッテ様。お久し振りです」
クリス様の両脇にはニッコリ笑顔の暑苦しいハワードと、短くした髪をオールバックに纏め、執事の様なかっちりとした黒のスーツを着たサイラスがいる。
師匠って呼ぶな・・・!!
クリス様達から一歩下がった所には、お父様やリアのメンバーの姿もあった。
今のダンジョン跡地の中にはここにいる全員が入りきらない。その為、私は先に地上に戻る事にした。
私はもうゆっくり見たし、皆も中を見たいだろうから・・・。
皆の間をすり抜ける様に階段を上がっていると、何故かお兄様が一緒に付いて来た。
「・・・お兄様?中を見なくて良いのですか?」
てっきりお兄様は皆と一緒に残るものだと思っていた。
「うん。僕は昨日見たから大丈夫」
瞳を細めながらサラッと言うお兄様。
昨日って・・・金糸雀に聞いた後に一人でここを訪れたという事か。
「私も一緒に来たかったのに・・・」
「んー、夜遅かったからね」
「お兄様は来たくせに・・・」
「僕は男だから良いんだよ」
プウッと頬を膨らませる私の頭をお兄様が優しく撫でる。
もしかして・・・お兄様も落ち着かなかったのだろうか?
金糸雀に止められなかったら私も昨日の内に確実に行っていた。
お兄様が一緒だったら行けたのに・・・って今更だけど。不満だ。
「今まで良く頑張ったね」
頬を膨らませたままお兄様を見上げると、アメジストブルーの優しい瞳が私を見下ろしていた。
・・・私の共犯者であり、協力者である・・・優しいお兄様。
お兄様の支えがあったからこそ今日があるのだと思える。
「お兄様のお陰です。ありがとうございます。取り敢えずは安心ですね」
私はお兄様をジッと見つめた後に微笑んだ。
「シャル・・・?」
お兄様が何か言いたそうに私の名前を呼んだ時、地下からガヤガヤとした声が聞こえてきた。
クリス様やお父様達が地上に戻って来たのだ。
途切れてしまった言葉を促す様にお兄様へ視線を合わせたが、『何でもない』という様に首を横に振られてしまった。
・・・何が言いたかったのだろうか?
様子のおかしいお兄様を気にしつつ、クリス様達の方へ視線を向けると・・・『師匠~!』と私に暑苦しく近寄って来るハワードと執事然としたサイラスがいない事に気付いた。
「クリス様。ハワード様とサイラス様は・・・まだ中ですか?」
「そうだ。騎士団に出す報告書作成の為の資料集めと言ってたな。サイラスはその付き添いだそうだ」
「へぇ・・・・・・」
サイラスには悪いが・・・今の内に入口壊しちゃえば・・・・・・。
「それは犯罪だよ?」
私の耳の後ろからお兄様が囁いた。
なっ!?
何故バレた!!
『か・お・に・か・い・て・あ・る』?
・・・お兄様。何故、私の直ぐ側にいるのにジェスチャーで会話するんですか?
そんなに分かりやすく顔に出るのかな・・・。
自分の両頬をムニムニと伸ばしていると、ハワードとサイラスが地上に戻って来た。
「師匠!!お待たせしましたー!」
ニコニコしながら私に駆け寄るハワード。
・・・チッ。お兄様に感謝するんだな!!
「いえ。お仕事お疲れ様です」
内心で舌打ちをしながらも私は公爵令嬢スマイルを浮かべた。
「・・・師匠。どうしたのですか?」
「シャルロッテ様・・・」
「シャル・・・」
そう。完璧な笑顔を浮かべたはずなのに・・・。
ハワードもサイラスもクリス様も・・・どうしてみんな引いてるの?
「シャルロッテ。笑い方を間違えてる。悪い顔してるから」
お兄様だけが大爆笑である。
・・・マジですか。
心の声そのままに笑ってたら、それは引かれるよ。
なんせシャルロッテは悪役令嬢顔なのだから・・・。
コホン。
「・・・さて、これからお祝いをしようと思いますが・・・何かリクエストはありますか?」
私は小さく咳払いをし、改めて表情を作り直してから皆を見渡した。
「私はルーカスに聞いたチョコレート?が食べたい!」
子供の様にはしゃぐクリス様。
「僕はアイスクリーム。チョコチップのが良いなー」
「私はスーリーのアイスクリームをお願いします」
お兄様とサイラスは相変わらずのアイスクリームの信者である。
「俺は師匠の作ってくれた物なら何でも食べます!!」
はいはい。ハワードは適当・・・っと。
「お父様達は何が良いですか?」
「ん?そうだな・・・私達はお酒とつまみかな?」
「酒!!!」
「酒がうれしいッス!!」
「浴びるほどのお酒が飲みたいですね」
くーっ!!大人はズルいな!!
私も早くそう言いたい!!
勿論、言うだけじゃなくて飲むけどね!!?
じゃあ、お父様達はナッツとかの渇き物と・・・アレにしよう。
私は爽やかレモンサワー(ノンアル)風味な、超スーパーハイポーションでも作って飲もうかな。
それ位なら許されるよね?!シャルドネな聖水も捨てがたい。
そうと決まったら邸にさっさと戻ろうじゃないか!
私達はウキウキと邸へと戻って行った。
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お祝いの席にて・・・。
『学院にアイスクリーム革命を起こす』という野望を掲げたお兄様とサイラスの腹黒二人組は、黒い笑みを浮かべながらアイスクリーム談義に花を咲かせていた。
・・・もっと普通に食べて下さい。
クリス様はといえば、案の定・・・チョコレートに《《堕ちた》》。
育ちが良い為にガツガツと食べたりはせず、一口ずつ味わいながら食べている様子は小動物の様で・・・少しだけ可愛かった。
そんな行儀の良いクリス様が唯一、地団駄を踏んで羨ましそうにしたのは、ハワードにホットチョコレートを作った時だった。
実は先日、誕生日だったというハワード。お兄様達同級生組の中で一番早く十六歳となった。
なので、お祝いとしてブランデー代わりにメイ酒をホットチョコレートの中に入れてあげた。
ビターなチョコレートの香りとメイ酒の豊潤な香りが混ざり合い・・・思わず私がイッキ飲みしそうになってしまった。
メイ酒入りのホットチョコレートを美味しそうに何杯もお代わりして飲んでるハワードに、チョコレートに堕ちたクリス様が反応しない訳がない。
クリス様は来月が誕生日だそうなので、ホットチョコレートのレシピ等々の関連品をプレゼントしてあげようと思った。
因みに・・・この件で私がハワードに対して悪感情を増やす事になったのは仕方がないと思う。
飲めない私の前で、湯水の様にガブガブと飲むなんて・・・!!
次にお代わりをしたら唐辛子を入れてやろう!そうしよう。
・・・だったら作るなって?
美味しいは正義だから仕方ないのだ・・・。
私が作った物を『美味しいから欲しい』と懇願されたら・・・拒めない。
くっ・・・!・・・複雑なのである
お父様達にはキンキンに冷やしたエールを出してみた。和泉的に温いビールなんて有り得ない!
フローズンビールになる手前まで冷やしてから出しました。
グラスに唇が貼り付いた?そんなのは自己責任です!!
・・・ふふっ。わざとじゃないとは言わないけどね!
飲めないのにお酒を用意しないといけない私からの細やかな嫌がらせだ。この位は許して欲しい。
そして、ダンジョンには行かずに邸で魔道具作りをしていたミラは、嬉しい事に私の手伝いをしてくれた。なのでお兄様には内緒で、一緒に爽やかレモンサワー(ノンアル)風味な超スーパーハイポーションをがぶ飲みした!
疲れも吹っ飛ぶし美味しいしで、私の機嫌は少し回だけ復したね。
ノンアルコールなのに酔ったと言っていたミラが可愛いかった。
先日、懐妊が分かったばかりのお母様はお祝いの席には不参加だ。
お酒の匂いやチョコレートの匂いが部屋中に充満しているこの場所にデリケートな時期のお母様を参加させる訳にはいかない。
妊婦さんにも安心な糖分控え目の身体に良いドライフルーツを厳選してお母様の部屋に届けておいた。
ロッテ自慢の品である。相変わらず仕上がりが完璧な偉い子だ。
と、まあ・・・そんなこんなで慌ただしい夜も更けて行き・・・。
お開きの時間となった。
因みに、お客様達は泊まりである。
明後日に行われる入学式に参加する為に、明日の朝一番に皆で一緒に王都に向けて出発するそうだ。
私は皆に簡単な挨拶を済ませ、一足先に金糸雀の待つ自室へと戻った。




