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新たな決意

トントン。


「はい。どうぞ」

部屋の主の許可が下りたので扉を開けて中に入ると、机に置かれた沢山の書類や、積み上げられた本の隙間からお父様が顔を出した。


「シャルロッテ!」

ターコイズブルーの綺麗な瞳が私を捉えた。

蜂蜜色の柔らかいウェーブの髪をオールバックに纏めた私のお父様は今日も若々しい。


天井の高さまである本棚には隙間なく本が収納されており、重厚な雰囲気の漂うアヴィ家歴代当主の書斎。今はお父様が使っているが、遠くない未来にお兄様の書斎になる予定だ


・・・記憶が戻った後の私は、この書斎をずっと避けてきた。

この書斎はゲームの中でシャルロッテが、お父様とお母様と最後の別れをした場所であり・・・二人が最期を迎えた場所でもある。

この本棚の影に、アヴィ家の一部の人間しか知らない隠し通路への入口があるのだ。


ダンジョンを攻略していなければ、私はこの場所を訪れようとは決して思わなかっただろう。

・・・あのスタンピードの惨劇をフラッシュバックさせるこの書斎が・・・私は未だに怖いのだ。


「少し・・・お時間宜しいですか?」

「勿論だよ」

ぎこちない笑みを浮かべながら首を傾げると、ふわっとした優しい微笑みが返ってきた。

お兄様そっくりな笑顔である。


「そんな所で立っていないで座りなさい」

お父様は私にソファーを勧めながら、自分も机の方からソファーへと移動してきた。


「そんなに青い顔をして・・・どうした?」

私と向かい合う様にして腰を下ろしたお父様は、心配そうな眼差しで私を見つめている。


「いえ・・・。大丈夫です」

私は小さく首を横に振った。


・・・あれはゲームの中の話。

現実は違う。私は未来を変えたんだ・・・!


フーッと大きく息を吐いて部屋の中を見渡すと、壁際にスタンピードの時にはなかった道化の鏡が目に入った。

小振りに変化した状態で壁に掛けられているという、このイレギュラーな光景が私の心を少しだけ軽くしてくれる。


あのまま何もせずに過ごしていたならスタンピードが起こったかもしれないが、それは無事に回避できたはずだ。

ダンジョンマスターの金糸雀は外に出したし、弟の道化の鏡も《《ここ》》に居る。

しかし、私の記憶が戻っていなければ、この道化の鏡もスタンピードに加担した魔物の一人になっていたかもしれない。

そう思うと・・・瞳は自然と鋭くなってしまう。

無言のまま道化の鏡を見ていると、道化の鏡がブルブルと震え出した。


「シャルロッテ・・・」

困った様な顔をするお父様。


・・・え? 私が悪いの?

《《まだ》》黙って見ていただけなのに。

・・・仕方ない。

視線を外すと、道化の鏡はホッと安堵の溜息を吐いた。


「そ、それで?どうしたんだい?シャルロッテ」

お兄様にそっくりな顔のお父様は、強張った笑みを浮かべている。

大人になったお兄様が、しないであろう表情を見ているのは何だか面白い。


色々とカミングアウトしようと思ってこの書斎にやって来たのだが・・・。

私とお父様と関係はこのままでも良い気がしてきた。


だが・・・せめてこの場所だけは、私の中に違う印象を植え付けたい。

スタンピードは決して起こさせないし、隠し通路も使わないのだから。


という事で、ミッション①は中止したから、ミッション②を開始しよう!



「そういえば、チョコレートの時はお世話になったそうですね。金糸雀から話は聞きました」

と、おもむろに道化の鏡に話し掛ける。


「え?ああ・・・うん。どうって事ない。うん」

突然話し掛けられた道化の鏡は、困惑している様な声でそう答えた。


同様し過ぎだろう・・・とは敢えて突っ込まない。


「いえいえ。日頃からお世話になっている道化の鏡さんとお父様にお礼がしたくてここへ来たのですよ」

そうニコッと私が笑えば、二人はポカンと口を開けたまま固まった。


・・・人の笑顔見て固まるとか、失礼だな!


「《《そこ》》にいらっしゃると話し難いので、人型になってこちらへ来て頂けませんか?」

「あ、はい」

私に促されるまま、直ぐに道化の鏡は少年の姿になった。


「【道化の鏡】って・・・長くて少し言い難いのですが、貴方には二つ名とかはないのですか?」

「・・・特にはない」

シャルロッテと同い年位の少年に変化した道化の鏡は、おどおどしながら答える。


「では、【クラウン】と呼んでも良いですか?」

「・・・良いけど」


【クラウン】には《道化》の意味がある。


「では、クラウン。お父様の横に座って下さい」

ニコリと笑いながらお父様の横を指差す。


「・・・」

指定された場所へ無言で座ったクラウンを横目で見ながら、私は異空間収納バッグの中から一つの箱を取り出した。


「・・・それは?」

尋ねて来たのはお父様だ。


「チョコレートです」

「ああ!シャルロッテのお陰で、最近ずっと機嫌の悪かったジュリアが喜んでくれたんだ!」


・・・《《また》》喧嘩でもしてたの?

仲良しと思いきや、分からない二人だ。


「お役に立てたのなら・・・それは何よりです」

私はチョコレートの入った箱の蓋を上げた。


「「・・・っ!!」」

チョコレートを見た瞬間から、嬉しそうに頬を染める二人。


「どうぞ?」


箱は八個に仕切られており、そこには丸や四角に形成されたチョコレートが、ホワイトチョコレートや小さく刻まれたドライフルーツ等で、綺麗にデコレーションされた状態で並べられていた。

《《見た目》》は文句無しに美味しそうである。


「ありがとう、シャルロッテ!」

「食べて良いの?!」

二人は迷わずに手を伸ばした。


「はい。どうぞ?」

笑顔を浮かべながら、パクリと一口でチョコレートを口の中に放り込む二人。


ふふふっ・・・。チョロいな。


すると二人は・・・

「ぐ・・・っ!!」

「なっ・・・!!!」

口元を抑えながら、お父様は顔を真っ赤に染め、クラウンは顔を真っ青に染めた。


「ああ、毒ではないので大丈夫ですよ?」

私は黒い微笑みを浮かべながら、二人を悠然と眺めた。


二人の顔色から予想するに、お父様が《唐辛子》、クラウンが《山葵わさび》だったのだろう。

この日の為に、苦労して探したよ!


「さて。次は何でしようね?」

口元に人差し指を当てながら私は首を傾げた。


「いやいやいや!もう食べられないよ!」

両手を大きく振って否定するお父様。


そんなお父様に向かって、私は《《わざと》》瞳を潤ませながら悲しそうな表情を作ってみせた。


「せっかくお父様達の為に作ったのに・・・全部食べてくれないのですか?」


そう駄目押しすれば・・・


「え・・・?いや・・・あ、食べるよ!!」

お父様は、いとも簡単に《《堕ちた》》。


チョロい!!やっぱりお父様チョロすぎる!!


「ちょ・・・!こんなの食べられな・・・っ!!」

慌てるクラウンには、ニッコリと無言の圧力をかけた。


「さあ。召し上がれ?」


差し出された箱を悲痛そうな面持ちで見ていた二人は、思い切った様に一粒ずつ口の中に放り込んだ。


「・・・あれ?」

「あ、美味し・・・?」

驚いた顔をしながら、チョコレートを味わう二人。


残念ながら当たりだったらしい。


チッ。

私は舌打ちをした。


「おい!だから、令嬢が舌打ちすんなよ!」

クラウンは魔物のくせに、意外と礼儀にうるさい。

お嬢様に夢を抱いてるタイプか?



「次はどれにしますか?」

私は気を取り直して、チョコレートを掲げて見せる。残りは後二つずつだ。


まだ、苦い青汁入りや、南の国では薬扱いである苦い苦いココレートが残っている。


ソロリと私の隙を突いて逃げ出しそうな二人を、魔術でソファーに固定する。


「逃がしませんよ?」


まだまだ罰ゲームだらけの楽しいロシアンルーレットは終わらない。


あー、楽しい!!



*****


「あら。何か楽しそうな事でもしていたの?」

にこやかな笑顔を浮かべながら、書斎の中に入って来たのはお母様だ。


「はい。お父様達に沢山遊んで貰っていました」

私はニコリと微笑んだ。


瞳をひそめるお母様の視線の先には、屍になりかけたお父様やクラウンが折り重なる様に、ソファーでぐったりしていた。


そして、テーブルの上には空になった箱が置かれている。


「もしかしてチョコレートを食べていたの?」

「はい。二人には《《特別》》な物を食べて頂きました」

「えー・・・お母様も食べたかったわ」

残念そうに眉を落とすお母様。


お母様にあんな物を食べさせたら・・・消される。思わず想像をしたら背筋がぞわっとした。


「あ、でも・・・チョコレートにはカフェインという強い成分が入ってるのだったかしら?」

「はい。でも、妊娠している女性や子供でない限りは、食べ過ぎなければ何も問題ありませんよ」


カフェインには、リラックス効果や動脈硬化予防、冷え性の予防、ダイエット効果もあるのだが・・・妊娠中の女性が摂取する事で、流産してしまったり、お腹の子供の発育に影響が出たりする可能性があるそうだ。


「では、お母様は控えた方が良さそうね」

ニコリと微笑むお母様。


え・・・?

「お母様・・・それって!」

私はソファーから立ち上がり、お母様の元に駆け寄った。


「ええ。あなたに弟か妹が出来るのよ」

幸せそうに頷くお母様。


「お、お母様。安静にしてなくては駄目じゃないですか!」

私は急いで、自分が座っていた方のソファーにお母様を座らせた。


「病気ではないのだから大丈夫よ」

「駄目です!」

確かに病気ではないが、体調の変化には個人差がある。

子供が産まれるまで何事もない人もいれば、子供を産むまでベッドから起きれない人だっている。

和泉の居た世界は医療技術が高い国だったが、それでも救えない小さな命が沢山あった。

ましてやこの世界なら更に・・・。



「いつ頃・・・産まれるのですか?」

私はお母様の隣に座って、お腹に耳を当てた。

まだ動かないかな?


「そうねえ・・・来年の春頃かしら?」

お母様は私の頭を優しく撫でる。


その時。

「ジュ・・・ジュリア!!」

私達の会話が耳に入ったのか、お父様覚醒した。飛び起きたお父様が、お母様に近付いて来る。


「今の話は本当かい?!」

「ええ。先程、主治医の先生に診て頂いたから間違いないわ」

「ありがとう!ジュリア!!」


・・・夫婦の甘い空気を察した私は、そっと二人の間から退散する事にする。


チラッ壁際に視線を移せば、いつの間にか鏡の姿に戻っていたクラウンが居た。


連れて出た方が良いかと一瞬だけ迷ったが、私は一人で部屋から出る事にした。


まあ、頑張れ。

クラウンにエールを送る。




来年の春・・・か。


最大の不安は一先ず去ったはずなのに・・・漠然とした不安が心に広がる。


家族や皆、そして新しく産まれてくる弟か妹が幸せに過ごすには・・・


やはり、アレをやるしかない。


私は新たな決意を胸に秘め、書斎を後にした。

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