チョコレート革命➁
チョコレートが大好きだった和泉はある時、酔っ払いながら『カカオから作るチョコレートの作り方』なるものを検索した時がある。
それによれば・・・完成までの所要時間は四時間程度。
何にそんなに時間をかけるのかといえば・・・
いかにカカオを《《細かく磨り潰す》》か。
これが一番の難点であり、出来上がりの質を左右させるポイントなのだそうだ。
皆、すりこぎを使ったり、フードプロセッサーを使ったりし、時間をかけて粉々にするのだが・・・完成品は市販の物とは遠く及ばないらしい。
それを見た和泉は、カカオからチョコレートを作る事を諦めた。
今思えば、挑戦してみても良かった気もするが・・・正直、休日の貴重な時間を四時間も潰してまで、作りたくはないと思ってしまったのが本音である。
徒歩圏内に大手の有名スーパーやコンビニが乱立していた事もあり、貴重な時間を潰さなくとも、幾らでも美味しいチョコレートが手に入る環境だったのだから仕方ない。
しかし、シャルロッテ的には検索だけでもした和泉の事を褒め称えたいと思う。
お陰でこうしてカカオからチョコレートを作る事が出来るのだから!
『和泉、最高!素敵!!』
・・・なんてね。エヘへッ。
因みに、シャルロッテはチョコレート作りに四時間もかけたりしません!!
チートさんを駆使して、めんど・・・難しい所も、さっさと作り上げますよ!!
先ずは、フライパンに大量のココの実を入れて、焦がさない様にコロコロと転がしながら焙煎する。煎る事で表皮が簡単に剥ける様になるそうだ。
煎ったココの実を冷ましてから、その表皮を剥いていく。中からは黒っぽい丸い実がコロッと現れた。ココの実が大量なので、カクさん達にもこの作業を手伝ってもらった。
「頑張ってー」
金糸雀は近くからこちらを見ている。
嘴で剥いて手伝ってくれようとしていたが、人手はあるのだから何の問題はない。
表皮を剥いた大量のココの実を細かく砕いて、《カカオマス》ならぬ《ココマス》という状態にするのだが・・・。
さあ、ここからがチートさんの腕の見せ処である。頑張れチートさん!!
右手をココの実の入った器の上に翳して、イメージを練り上げる。
この丸いココの実を、限りなく細かくするのだ。
・・・そうだ!ココアパウダー位が良いだろう。
そうしてイメージを膨らませたまま『粉砕』と呟くと、フワリとした柔らかい光が器を包み込み・・・あっという間にココの実がパウダー状へと変化した。
パウダー状になったココの実に、キメの細かい砂糖とミルクを少しずつ加えて混ぜ合わせた後は、湯煎に掛ける。
温度は大体四十五度位だろうか。
温度を保ちながら混ぜ続けると、少しザラッとしたドロドロの状態になった。
この状態になったら次は、工場でいう所の【コンチング】という、チョコレートを滑らかにする作業に取り掛かるのだが・・・なんと、工場では三十~七十時間ほど練り上げ続けるらしい。
そうする事でトロトロと滑らかな舌触りになるのだ。
・・・うん。手作業は無理!
だって、工事は機械がやってるんだもん!
という事でまたチートさんの出番だ。
さあ、さあ、一気に行くよー!
先ずは【コンチング】だ。空気を含ませながら、滑らかトロトロに練っている工場の機械をイメージする。
そして最後は【テンパリング】だ。
ツヤのある美味しい状態に仕上げる為に、五十度の湯煎でチョコを溶かし、二十五度まで温度を下げる。その後にまた四十五度の湯煎でチョコレートを溶かす。
このテンパリングを行わないと、チョコレートの表面が白っぽくなったり、綺麗に固まらないのだそうだ。
それらの流れをイメージで練り上げ、右手を翳すと、いつもよりも少しだけ光に包まれている時間が長いなーと感じたが、光が消えた後にはチョコレート色の艶々で滑らかな液体が、きちんとたっぷり出来上がっていた。
早速、それをスプーンで掬って・・・一口。
おおっ!!チョコレートだ!
ほろ苦いビターチョコレートの味がする!
本当は『ココレート』と呼ぶべきかもしれないが・・・これはもう『チョコレート』とそのまま呼ばせて頂く。
このまま、ブランデーを落として飲み干してしまいたい・・・。
濃厚なチョコレートの味に気分が上がる。
「シャルロッテ様。出来たのですか・・・?」
私の手元にあるチョコレートの液体をジッと見つめるカクさん達。
ゴクンと生唾を飲み込む音が聞こえる。金糸雀なんて、器に顔を突っ込んでしまいそうだ。
本来ならば、冷やし固めた完成品状態の物を食べて欲しいのだが・・・カクさん達は料理人だ。
今のチョコレートの状態も是非味見しておくべきだろう。
「いえ。まだ完成ではありません」
私は三人にスプーンを渡した。
「私のは?!」
騒ぎ出した金糸雀には、『これからもっと美味しいのが出来るから待って』とか何とか言って宥めておく。
三人は恐る恐るスプーンをチョコレートの液体の中に入れ、次に恐る恐る口の中へと運んで行った。
「「「・・・っ!!!」」」
カッと瞳を見開く三人。
「これは・・・!」
「あれ?!」
「苦くない!!」
素直に驚いている姿を見ながら私はほくそ笑んだ。
「トロリと滑らかな舌触り・・・濃厚な香りと質の良い甘さ。私が作ったのとは全く違う・・・!」
ココレートを作った事があるカクさんは、呆然とチョコレート液を見つめている。
ふふふっ。チョコレートの魅力はまだこれからだよ!
「これを固めるので、ちょっと待って下さいね!」
私はそう言いながら焼き菓子用の小さな薔薇の形の型や、丸くて薄い型、ハートの様な形の型に、後から加工しやすい様な平らな四角い型等へと次々とチョコレート液を流し込んで行った。
冬ならばこのままでも直ぐに固まるが・・・残念ながら今は夏だ。
早く固める為にも、ここでもチートさんを使ってしまおう。パパッと時短!
さあ、これで・・・・・・
「チョコレートの完成ー!!」
「「「おおー!!」」」
歓声と共に拍手が湧き起こる。
丸くて薄い型に入っているチョコレートを外しながら、皆に配って行く。
さきほどの味見の件もあるし、一番最初は金糸雀に渡そう。
食べやすい様に金糸雀の一口大に割り、お皿の上に乗せてから渡した。
その後に、カクさん、スケさん、ノブさんの順番で手渡して行ったのだが・・・・・・
まだ何も持っていない手がある。
その手をなぞるように顔を上げると・・・
「僕にも頂戴?」
ニコリと微笑むお兄様がちゃっかり混じっていた。
外さないな・・・。
相変わらずの神出鬼没さには、呆れを通り越して感心すら覚える。
「・・・私も良いかい?」
お兄様の後ろには何故かお父様もいた。
私は大きな溜息を吐いた後、二人分のチョコレートを追加で取り出して渡した。
「・・・っ!!固める事で、舌の上で溶けるという食感が得られるのか・・・!」
カクさんは呆然と呟く。
「・・・娘に食べさせてあげたい!」
この反応は娘大好きスケさんだ。
良いよ、良いよー。持って行ってあげて!!
「シャルロッテ様・・・このレシピを教えてもらえませんか?」
ノブさんはチョコレートを噛み締めながら神妙な顔をしている。
「勿論、良いですよ」
そんな顔しなくても喜んで教えますって!
私としてはココの実のままより、板チョコにしておいてもらった方が食べやすくて助かるのだ。
アイスクリームをマスターしたノブさんならば、きっと大丈夫だろうし。
「ありがとうございます!!」
ノブさんはホッと安堵の溜息を浮かべた後に、満面の笑みを浮かべた。
「頑張れよ!期待してるぞ!!」
「俺の娘の為に頑張れよ!」
カクさんやスケさんの激励を受け・・・って、スケさんのは・・・まあ、違う。
お兄様とお父様の反応はと・・・言えば。
「うん。美味しい。これはやっぱりアイスクリームにしないとね」
今日も今日とてマイペースなお兄様だ。
お兄様は、いっその事、アイスクリームの教祖として世界に君臨したら良いんじゃないかな?
・・・ああ、はまり役で逆に怖い。
「アイスクリームには、作る工程で液体のチョコレートを混ぜ込んだり、細かく切ったチョコを混ぜても美味しいと思いますよ~」
と私が言えば、お兄様の瞳かギラッと輝いた。
最近アイスクリームの話になると、ギラギラし出すのだ。
分かってます。近い内にちゃんと作りますって・・・。
「美味しい・・・」
お父様は凄く驚いた顔をした後に、そわそわし出した。
・・・どうした?
「これ・・・ジュリア・・・母様にもあげたいんだけど・・・良いかな?」
はにかむお父様。
・・・乙女か!!
私は黙って、薔薇の形をしたチョコレートを数個入れて包んだ。
「シャルロッテ、ありがとう!」
お父様はそれを嬉しそうな顔で受け取ると、私の額にキスを落とし、いそいそと厨房を出て行った。
ええと・・・私の両親は今も昔も変わらずにラブラブの様です。
あれ・・・?そういえば・・・金糸雀は?
さきほどまで金糸雀がいた場所に視線を向けると、金糸雀は恍惚とした表情を浮かべながら宙を仰いでいた。
ええと・・・どうやら大変お気に召した様です。
見ているだけで、金糸雀の気持ちが伝わってくる。
私は金糸雀の小さな頭をそっと撫でながら、追加のチョコレートをそっとお皿に乗せてあげた。
金糸雀には後でドライフルーツ入りのチョコレートも作ってあげよう。
「・・・お兄様」
「分かってる。リカルドにあげたいんでしょ?」
・・・どうしてお兄様を呼んだだけなのに、私の言いたい事が分かるのか・・・。
「・・・そうですけど」
お兄様には何もかもがバレバレで、ちょっとだけ不満だ。
「明日、リカルドに会えるはずだから直接渡してあげるよ」
お兄様は瞳を細めながら微笑み、私に向かって手を差し出してきた。
「え?・・・明日ですか?」
「うん。学院寮の入寮式があるんだ。だから、これから僕は王都に行って来るよ」
「そうですか・・・」
・・・そうか。お兄様が学院に入学するまで、もう一ヶ月位しかないんだ・・・。
リカルド様に手作りのチョコを、早く渡してもらえるのは凄く嬉しい。
だけど、寮に入ってしまうお兄様とは、今までみたいにこんな他愛もないやり取りが出来なくなるのだ。
不意に訪れた消失感は・・・親から急に手を離された時の子供の気持ちにも似ている気がする。
「大丈夫。僕はまだここにいるよ」
ギュッと唇を噛み締める私の頭をお兄様が優しく撫でる。
「入学までに王都とアヴィの往復でバタバタするから、今までみたいに一緒にいる時間は減るだろうけど・・・後一ヶ月はずっと一緒だから」
宥める様な優しい声に私は涙を堪えながら小さく頷いた。
「休みには必ず帰ってくるし、シャルロッテも遊びにおいで?」
私の顔を覗き込むアメジストブルーの綺麗な瞳。
「お兄様・・・」
私はお兄様にギュッと抱き付いた。
「シャルはまだまだ子供だなぁ」
お兄様はクスクス笑いながらも、きちんと抱き締め返してくれた。
暖かい腕の中で私は自分の気持ちが落ち着くまで存分にお兄様に甘えた。
後日。
私からのチョコレートを受け取ったリカルド様から、お礼の手紙が届いたのだが・・・・・・
『僕は君のお兄様を越える男になれる様に頑張るよ』
と・・・何故か、リカルドがお兄様に負けてるかの様な文章が綺麗な字で書かれていた。
何の事かさっぱり分からない私は、首を傾げかけて・・・その次の一文を見てそのまま固まった。
『次は僕の腕の中で泣いてね?兄妹とはいえ、ルーカスが羨ましいよ』
な、な、な・・・・・・っ!!!?
もしかしなくても言いましたね!?
お兄様が寮に入るのを寂しく思ったあの日の事を・・・リカルド様に!!
しかもお兄様の事だから・・・
『シャルは可愛いんだよー。《《大好きな》》僕と離れたくないって子供みたいに腕の中で泣いちゃってさー。やっぱり僕が側にいないと駄目なんだって。宥めるのに苦労したよ。あー、好かれてるお兄様は大変だ。あ、これシャルからのプレゼントね』
なんて事を言ったはずだ!絶対に!!
「お兄様・・・っ!!!?」
私の怒鳴り声が邸中に響き渡った。




