ダンジョン➃-3
「どうして止めるのですか!」
お兄様の手を振り払おうとすると、逆にその手を掴まれた。
「お兄様?!」
「その前に、ミラとサイラスの魔術解かない?」
非難の声を上げた私にお兄様はニコリと笑いかけた。
・・・あ、忘れてた。
ミラとサイラスの二人は困った様な顔でこちらを見ていた。
お兄様から解放してもらった私は直ぐに二人の元に駆け寄った。
「・・・ごめんなさい」
謝りながら解術を施す。
「頭が冷えたならもう良いよ」
自由になったミラは、うーんと大きく背伸びをした後に私の額をつついた。
「サイラスもごめんなさい」
「シャルロッテ様が無事なら私は構いません」
サイラスは何事もなかったかの様に微笑んだ。
チラッとお父様達を見ると私の視線に気付いたお父様が、一瞬だけビクリと身体を揺らしたものの・・・鷹揚に手を振り返してくれた。
いつの間にか距離が出来てない!?100メートルは離れているよね!?
お兄様やお母様からも話は聞いているはずだが・・・お父様にも私の口から和泉の話しをしたいと思う。
・・・しかし、私を怖がっている節のあるお父様が時間を作ってくれるかは疑問だ。・・・脅かし過ぎたかな。
でもね?今までのはお父様達が悪いと思うんだ! 私は悪くない!!
と、まあ、この話はダンジョンを出てから考えよう。
それよりも今すべき事は、これから地下十階層に下りるにあたっての準備や心構えだ。
もう少し敵の情報をまとめておかなくてはならないだろう。
『お、おーい・・・助けて・・・』
丸く空いた穴の下の方から声が聞こえるが、敢えて無視する。
『助けてー!』
あーあーあー。
私には聞こえない。聞ーこーえーなーい。
『助ーけーてくーれー!!』
あー、もう!うるさい鏡だな!!
あの時に消滅できなかった事が悔やまれる。
ここは・・・。
「お父様。よろしくお願いします!」
「え・・・っ!?」
お父様達に丸投げしてみた。たまには苦労すると良いのだ。
皆で頑張って穴の中から引き上げて下さい。ふふっ。
さて。面倒事はお父様に任せたから、私はこの間にお兄様達から聞いた情報の整理しよう。
【道化の鏡】は《遠視》と言う能力を持っている。
場所を移動せずに、見たいと思うモノを好きなだけ見れるという能力だそうだ。
その能力を生かして多種多様な人や魔物に化け、わざと滑稽さを装う。相手の感情を引き出させる事が目的であり、道化の鏡に振り回されて油断した者を、己の中に取り込んでしまうのだという。
取り込まれた者は止まった時間の中、永遠に鏡の迷宮の中をさ迷う事になるらしい。
だから、お兄様は隙を見せない様に警戒をしていたのだろう。
・・・それならそうと早く教えて欲しかった。
一体しかいないとされている道化の鏡は遭遇する確率がかなり低い超レアな魔物だ。
そして、道化の鏡には対の相手である魔物が存在する。その対の魔物がダンジョン最下層の地下十階にいるかもしれないのだ。
それは【叡智の悪魔】や【終焉の金糸雀】とも呼ばれる魔物。
人間の女の様な姿形をしており、知性の高い魔物で・・・その魔物をええと・・・金糸雀とでも呼ぼうか。
金糸雀は道化の鏡と意識をシンクロさせる事で、道化の鏡の見た情報や知識を同じ様に得られる。
それよりも一番厄介な能力が、セイレーンの如く美しい歌声で魔物達を魅了し操る事だろう。
スタンピードを誘発させ、誘導する犯人になる可能性が極めて高いのは金糸雀だ。
つまり金糸雀さえ倒せれば、スタンピードが回避出来るかもしれないのだ。
私が情報の整理が終えるのと、道化の鏡が救出されたのはほぼ同時だった。
『た、助かった・・・』
アイツはリカルド様に似せた姿から、元の鏡の姿に戻っていた。
しかし、一番最初に出会った時の巨大な鏡の姿ではなく、だいぶ小振りな姿に、だ。
それもそのはずだ。小さくならなければ穴から出られないのだから。
まあ、大きさはどうでも良いが、鏡の姿に戻ったのは懸命な判断だ。
まだアレを続けるのであれば、私は誰が何と言おうと永遠の苦痛を与えたであろうから・・・。
「さて。あなたのすべき事は何でしょうか?」
私は道化の鏡を正面に見据え、瞳を細めながら静かに問い掛けた。
私の目の前にはロープでグルグル巻きにされた状態の道化の鏡がいる。
道化の鏡はブルブルと震え出したが、私は構わずに問いを重ねた。
ここでどちらが優位か知らしめなければならないからだ。
「服従か・・・死か。どちらが良いですか?」
瞳を細めたままの状態で微笑むと、お兄様とサイラスを除いた・・・全ての者達が一瞬で動きを止めた。
シーンと地下九階層が静まりかえった。
・・・あれー?
私が後ろを振り返ると、ミラやお父様達は視線を反らし・・・私と目を合わせない様にしている。
お兄様は楽しそうに微笑み、サイラスは恍惚とした笑みを浮かべている。
・・・何故だ。
べ、別に良いけどね!?
『お、俺はお前に服従する!!だから消さないでくれ!』
道化の鏡は沈黙する空間を破り、焦った様な声を上げた。
「・・・《《お前》》?」
『あなた様に!!』
「そう。服従を選ぶのね?だったら・・・さっきから、シンクロし続けてる回線・・・切れるよね?」
道化の鏡の身体がビクリと大きく跳ねた。
「私が気付いていないとでも思ったの?」
私達の周りに張られている万能結界が、さっきからずっと警告をし続けているのだ。
『警告!警告!誰カガコノ空間ニ干渉シテマス!』
こんな事も出来るなんて!
流石、私のチートさんだ!ありがとう!
って・・・あれ?
この警告の声・・・ロッテに似てない?
『気付イテクレタノデスネ!ゴ主人様!』
は!?ロッテなの!?何してるの・・・!
あなたはチートなオーブンじゃなかったの?!
『テヘペロ』
オーブンがテヘペロ・・・って。
ま、まあ可愛いから良いけど。
私はロッテと知らない間にシンクロしていたらしい。
心の中で会話が出来るのはかなり便利である。
ロッテ。詳しい話はまた後でね・・・?
『ハーイ。頑張ッテ下サイ!ゴ主人様!』
・・・うーん。ロッテが私の想像を遙か斜め上に行くチートだった。
まぁ、ロッテは話せば分かってくれるから・・・良いか!!
それよりも・・・
『アワアワ・・・・・・ワワワワワ』
ガタガタと体を揺らし続けてる道化の鏡に、近付いた私はガシッと両手で鏡の縁を掴んだ。
「服従か・・・死か。お前は私に服従を誓ったのにも関わらず裏切った。裏切り者の末路は・・・『き、切りました!回線は切りました!だから!!消さないで!』
私の言葉を遮った道化の鏡が懇願し出した。
「・・・チッ」
『舌打ち!?舌打ちしたよ、この娘!・・・あっ、いえ・・・すみません!!謝るから睨まないで!!』
「分かればよろしい」
・・・残念だ。いっその事もう壊してしまいたかったのに。
・・・私の恨みは根深いのだよ。
「ねえ・・・今更かもしれないけど・・・シャルロッテって、何であんなに脅し方が上手いの?」
「そこが魅力的ではないですか」
「・・・だって、公爵令嬢だよ?」
「まあ、近くにあのルーカスがいますからね。影響されたのでしょう」
眉間にシワを寄せたミラと、微笑むサイラスがヒソヒソと話している。
そういう事を言ってると・・・
「僕がどうかした?」
ほら・・・。瞳を細めて笑うお兄様に乱入されるんだよ?
「「いえ・・・別に」」
二人ともお馬鹿だなー。
お兄様は私以上に地獄耳なんだから、気を付けないと駄目なのに。
二人は迂闊すぎるよ。
「シャルロッテ?」
・・・ほらね?声に出さなくてもバレるという・・・。
お兄様には速攻で土下座をして謝罪をしておく。
触らぬ神に祟りなし・・・。
『お、おーい・・・?下に行かないのか?』
道化の鏡が、おずおずと口を挟んでくる。
「い、行くよ?!」
お兄様のせいで一瞬、忘れてたけど・・・。
勿論行くよ?!今直ぐに行くよー?!
私達は中途半端な状態のまま先へ進む事になった。




