ダンジョン➃-2
「何、あの変態・・・」
私の後ろにいたミラがボソッと呟いた。
これが自分だけに見えている幻覚ではなく、サイラスやミラにも同じ物が見えているのだと思うと、何故か冷静になれた。
「また《《面倒》》な・・・」
私の正面にいるお兄様は、視線だけを動かして苦笑いを浮かべたが、その瞳は少しも笑っていない。
《《面倒》》って・・・こういう意味なの?(汗)
「ありがとう。もう大丈夫だよ。サイラス」
お礼を言った後に、私の目を塞いでいた彼の手をそっと退けた。
サイラスが私を思ってしてくれた事はとても嬉しかったよ?
でもね・・・ちょーっとだけ遅かったんだ。
見たくもない物が既にバッチリ見えた後だったんだー。
半眼気味な私の視線の先には、白い全身タイツを着た筋肉マッチョな男の様なモノがいた。
顔面まで白いタイツに覆われているのにも関わらず、何故か唇部分には真っ赤な口紅が塗られているという・・・不思議なモノが。
その男は音も立てずに、クネクネとしたダンスの様な動きを一心不乱に続けている。
お前は、あの田んぼの真ん中にいて、見たら狂ってしまうという都市伝説か!!
・・・はっきり言って気持ちが悪い。
目を覆いたくなるほどの不快な状況。
私の感じているこの恐怖を100%伝え切れないのがもどかしい。
・・・この変態が鏡の正体なのだろうか?
「・・・お兄様。コレが【道化の鏡】なのですか?」
私は眉間にシワを寄せ、不快感を隠さないまま尋ねた。
「いや、コレじゃない」
お兄様は苦笑いを浮かべたまま首を横に振った。
「コレじゃない・・・?」
だったら目の前にいる不快なモノは何だというのだ。
そうこうしている内に、また眩い閃光が私達を包み込んだ。
また!?今度は何なの!
ギュッと目を瞑り、光を遮るように手を翳す。
光の消えた後には・・・
「・・・私?」
私がもう一人そこにいた。
・・・何故だ。どういう事だ・・・。益々意味が分からない。
コイツの行動理由が分からないのだ。
試しに右手を上げると、前方にいるシャルロッテは左手を上げた。
まるで鏡を見ているかの様に私と同じ行動を左右対称で繰り返す。
ええと・・・反対なのは鏡・・・だから?
頭の中が更に混乱してきた。
「シャルロッテ。まともに相手にしない方が良いよ」
「そうですよ。奴は調子に乗るそうですから」
ミラとサイラスはそう言いながらポンと私の肩に手を置いた。
動きを止めた私を見た(偽)シャルロッテは、あっかんべーをしたり、お尻ペンペンをしたりと私への挑発行為を始めた。
軽ーく、イラッとする。
それを見ていた前方のお父様達。
「わっ!馬鹿!」
「シャルロッテ様を挑発すんなよ!」
「止めなさい!!」
(偽)シャルロッテの行動を止めに掛かっている。
・・・あれ?
お父様達は道化の鏡を恐れてたんじゃなかったの?
『撤退しないと全滅する』って言ってたじゃないか。
私が小さく首を傾げると、(偽)シャルロッテはニヤッと嫌な笑みを浮かべた。
その笑みを見た私がハッと警戒した瞬間に・・・三度目の閃光がまた地下九階層を包み込んだ。
あー!もう!!毎回、毎回、眩しいんだけど!?
いい加減にしてくれな・・・・・・えっ?
半ばキレ気味に瞳を開けると・・・そこには・・・・・・
「・・・リカ・・・ルド様?」
先日、暫しのお別れをしたはずの愛しのリカルド様の姿があった。
『シャルロッテ』
私を呼ぶ優しい声。この声は・・・。
「シャルロッテ!騙されちゃ駄目だ!」
呆然とリカルド様を見つめている私に向かってミラが叫ぶ。
『おいで、シャルロッテ』
にこやかに笑いながら両手を広げて私の名を呼ぶ、ブルーグレーの瞳のリカルド様。
「シャルロッテ様!!」
サイラスはふらりと歩き出した私の肩を掴んで止めようとする。
私はサイラスの手を振り払って、また一歩前へ進んだ。
・・・リカルド様。私の大好きなリカルド様が目の前にいる。
「ルーカス!シャルロッテ様を止めて下さい!!」
「シャルロッテ!!」
リカルド様の元に行こうとするのを邪魔する二人には、右手を翳しながら『ストップ』と魔術をかけた。
邪魔しないで。私は目の前にいるリカルド様の元に行きたいの。
・・・そう。
リカルド様に姿を似せたアイツの所に。
「・・・シャル・・・ロッテ・・・?」
私の溢れ出す殺気を感じ取ったのか、ミラが恐る恐る尋ねてきたが、私はそれに答える余裕がなかった。
それのどこがリカルド様だ。
あそこにいるのは色彩が似てるだけのただの紛い物でしかない。
本物のリカルド様が私を呼ぶ時にはもっと優しく・・・どこか恥じらいが混じっている。
ブルーグレーの瞳は唯一無二の宝石みたいに透き通って綺麗で、お耳や尻尾は最高のモフモフ。そもそもアイツからはリカルド様の匂いがしない。
『(偽)リカルド様』と呼ぶのも腹立たしいから、アイツで充分だ。
ていうか・・・何よりも、こんなベタな状況で騙されるわけがないでしょうが!ふざけているの?
私の真似をしている位ならば、少しイラつき程度で倒してやろうと思ったが・・・これは完全にアウトだ。手加減無用。
・・・よくも私のリカルド様を穢してくれたな。
私は微笑みを浮かべたまま、前衛にいるお父様達のいる場所まで辿り着いた。
アイツはもう目と鼻の先だ。
「だから退却した方が良いって言ったのに!!」
「道化の鏡が死んでしまう!!」
慌てるお父様達。
『でないと・・・死んでしまう』
あの言葉は私達の事ではなくて、道化の鏡に向けられた言葉だったのか。
・・・ああ。なるほど、なるほど。それはそうだ。
アイツは私の逆鱗に触れたのだから。
ふふっ。
「残念ですね?さっさと、退避すれば良かったのに」
私はお父様達に向かってニッコリと微笑んだ。
「・・・」
私の微笑みを正面から受け止めたお父様達は、真っ青を通り越して真っ白な顔になった。
私は更に奴に近付く。
『シャルロッテ、会いたかった。もっと近くに来て』
・・・そうですか。そんなに破滅がお望みですか。
私はにこやかに微笑みながら、目の前のアイツには聞こえない位の声で呟いた。
「落ちろ」
そう呟いた瞬間、アイツの足元に丸い穴が空いた。
『・・・?!』
アイツは成す術もなく落ちていく。
・・・リカルド様、ごめんなさい。
全く似ていないと思っていても・・・リカルド様に似た容姿を傷付ける事には罪悪感が芽生える。
この罪悪感の分まで、決して・・・アイツを許しはしない。
アイツの落ちた穴の中のを見下ろしながら、私はとあるイメージを練り固めた。
イメージをしたのは灼熱地獄のマグマである。
普通のマグマなら、きっと痛みも一瞬感じるかどうかで直ぐに死んでしまう。
だったら《《永遠に》》マグマ地獄で生きながら焼かれ続ける・・・。
うん。良いね。そんな効果をプラスしよう。
想像したら、楽しくなってきた。
私は口元に歪んだ笑みをのせた。
奈落の底で、もがくアイツが見せるが・・・絶対に逃がさない。
この異空間でいつまでも苦しみ続けが良い!!
「沸け・・・マ「シャルロッテ、ストップ!」
呟こうとした言葉は、お兄様の手で塞がれてしまった。
「もにいあま!!」
私は直ぐに抗議の声を上げたが、口を押さえられてる為に、きちんと話せない。
「ちょっと落ち着きなよ」
何で邪魔するのかな!?
私はキッとお兄様を睨み付けた。
「はいはい。そんな顔しても全然怖くないからね?」
お兄様は平然と肩を竦めた。
「リカルドを馬鹿にされたみたいで腹が立つのは分かるけど、シャルロッテのしようとしてる事は、とても趣味が悪そうだ」
「でも!!」
お兄様の手が口元から離れたので、私はもう自由に話せる。
「うん。君が許せないのはちゃんと分かってる。僕が言いたいのは・・・攻撃を仕掛ける相手が違うって事だよ」
・・・相手が違う?
お兄様に対して沸いた怒りが、一瞬で治まった。
「・・・どういう事ですか?」
「僕は《《面倒な鏡》》って言っただろう?」
「はい。それは、人の事を小馬鹿にした様な、アイツの言動を差したのではないのですか?」
「違うよ。【道化の鏡】には、対とも言われる魔物がいるからなんだ」
・・・対だと?
新たな事実に私は瞳を見開いた。
「それで?その対は何処にいるのですか?」
私が尋ねると、お兄様は下を指差した。
「地下十階層・・・?」
「うん。多分ね」
「では早く行きましょう。遅かれ早かれ行くのですから!」
さっさと下に降りようとする私の肩を、お兄様が掴んだ。
「シャルロッテ、待って」




