ダンジョン➃-1
さてさて。
本日は久し振りにダンジョン調査に入ります。
私やお兄様が王都に出掛けてたり、ドライフルーツに追われていた日々の間、お父様や【リア】のメンバー達も個々で忙しく動いていたらしい。
その為、今回は事前調査なしの状態で探索する事になった。
今回のメンバーはいつもの通り、お父様とリアの面々、お兄様と私。
そこにミラと、何故かサイラスが参加する事になった。
「シャルロッテ様。本日は宜しくお願い致します」
正しい姿勢で、頭を下げるサイラスは、長かった白金色の髪を肩の辺りまでバッサリと切ってしまっていた。
「・・・サイラス様、髪を切られたのですね」
「はい。シャルロッテ様の役に立つ為には邪魔ですから」
サイラスはニコリと琥珀色の瞳を細めた。
「・・・サイラス様。以前にも言いましたが私に『様』付けは必要ありません」
「いえ。あなたは私にとっての恩人・・・。ですので、ここは譲れません。寧ろ、私をリリーの時と同じ様に接して欲しいです」
「いえ・・・それは・・・」
「遠慮なさらずに『サイラス』とお呼び下さい。あなたの為ならば犬にもなります!」
「結構です!」
「試しに呼んでみて下さい。『犬』と・・・」
「分・か・り・ま・し・た!!・・・サイラス」
「・・・はい」
満足気に微笑むサイラスとは反対に、私は溜息を吐きながらガックリと肩を落とした。
中身アラサーの私よりも何故かサイラスの方が上手だった・・・。
こうして彼を敬称無しで呼ばされるなんて・・・・・・。流石は元腹黒・・・。
私に対してまるで執事の様な対応をするサイラスは、一体何処に向かっているのだろうか・・・?
サイラスの考えている事は・・・分からない。
ただ、髪が短くなったせいか、前よりも幼い印象を受ける。ちゃんと年相応の男子に見えた。
なんだか雰囲気も柔らかくなり、元気そうで何よりだが・・・・・・。
・・・本音を言えば、もう会いたくなかった。
ハワードと違って嫌いではない。
だけど、攻略対象者だからね・・・。
まあ、ここでウダウダしているといつまで経ってもダンジョンに入れないので気にしない事にしよう。
なので、初対面であるサイラスとミラの二人を紹介してしまおう。
「・・・サイラス。彼がミラです」
「サイラス・ミューヘンです。シャルロッテ様には、とても良くして頂きました」
「・・・ミラです。姓は捨てました。今はシャルロッテと同じアヴィ家に住まわせてもらっています」
二人は挨拶を交わしながら握手をした。
にこやかに微笑み合う二人・・・そのはずなのに・・・
・・・あれ?おかしいな・・・。何だか寒気がする。
私はブルッと身体を揺らした。
端から見れば、にこやかに挨拶を交わしている状況であるにも関わらず・・・違和感を感じる。
交わされている握手からは、ギリギリと効果音が聞こえてきそうだ。
初対面なのに・・・もう仲が悪いの?
「放っときなよ」
首を傾げる私の背中にお兄様が覆い被さってきた。
「・・・わっ!・・・お兄様?」
「男の世界には色々あるんだよ」
お兄様はそれ以上、詳しい事は話さずにただクスクスと笑っている。
よく分からないが・・・お兄様がこう言うのだから色々あるのだろうと、私は深掘りするのを止めた。
一人で考えた所で答えも出ないしね。
何より、本人達も教えてはくれなそうな雰囲気だし・・・。
「お父様達も待っていますし、先に進みましょうか」
私はミラとサイラスに声を掛け、お兄様と並んでお父様達の元に向かった。
「シャルロッテ!」
「シャルロッテ様!」
慌てて追いかけてくるミラとサイラス。
私は今、殺る気・・・・・・じゃない。やる気でいっぱいなのだから邪魔をしないで欲しい。
そっと首元にあるネックレスを握った。
私は私が成すべき事をする・・・・・・。
いつもの様に、最新攻略地点に設置した転移装置を使用し皆揃って転移をした。
前回は地下八階層で終わったから、そこまで飛んで地下九階へと歩いて下りて行く。
その途中でチラッと横目に見た地下八階は一面の花畑になっていた。
お化け屋敷さながらのおどろおどろしさや・・・手が出てきた井戸は見る影もない。
知らない人が見たら、これが本来の状態だと思うだろう。
記憶にはないが・・・これが錯乱状態の私のしでかした結果である。
しかし、あの蜘・・・蛛の様な動きをする手が出てくる心配がないので凄く安心だ。
攻略したから出てこないと思うけど・・・もし、出ていたら・・・・・知らないよ?
また同じ目に合わせるだけだから。ふふっ。
「何考えてるか分かるけど、その顔は怖いよ?」
笑いながらお兄様が私の頬をつつく。
おっと・・・思っている事をそのまま表情に出してしまうなんて、令嬢として失格じゃ・・・!?
「それも今更でしょ?」
更に頬をつつくお兄様。
「お兄様・・・私の心を読まないで下さい」
「えー?仕方無いじゃない。顔に全部書いてあるんだから」
・・・私は自分で思っている以上に、感情をコントロール出来ていないのかもしれない。
頬をムニムニと動かしていると、サイラスと目が合った。
・・・何でそんな・・・愛娘を見る父親の様な・・・微笑ましい表情で私を見ているのだ!!
お前は私のお父様か!!
と、心の中で突っ込んでおく。
・・・はぁ。まだ何もしていないのに疲れる。いつもこんなだな・・・。
小さな溜息を吐きながら、地下九階に足を踏み入れた瞬間。
「シャルロッテ」
私の半歩前を歩いていたお兄様が立ち止まり、ピリッと緊張した声で私を呼んだ。
まるで私を隠す様に立ち塞がるお兄様。
異変を察した私は瞬時に全員に万能結界を張り巡らせた。
ここはダンジョンの中だというのに油断していた。
それでなくてもここは地下九階層で、今までの魔物よりも更にレベルが上がっている階層だというのに。
私は迂闊な自分に気合いを入れ直した。
皆は黙って正面を凝視しているが・・・一体何が起こっているのだろうか?
私はお兄様の腕の間から、恐る恐る顔を出してみた。
すると、そこから見えたのは・・・・・・
「・・・鏡?」
巨大な鏡だった。
巨大な鏡が地下九階層のど真ん中に置いてあったのだ。
どうしてこんな所に鏡が?
巨大なだけの・・・ただの鏡に見える。
・・・しかし、それだけでお兄様達がこんなに警戒するはずがない。
「あれは・・・【道化の鏡】だ」
ミラがポツリと呟いた。
【道化の鏡】? アレはやっぱり魔物なの?
「うん。マズイねコレは」
ミラの言葉に同意をしたお兄様からは先程まであった笑みが完全に消え去っており、鏡を睨むように見据えている。
チラッと周りを見渡せば、ミラもサイラスも強張った表情を浮かべていた。
・・・私一人だけがこの状況を飲み込めていない。
「一度、退却するか?」
「ああ。その方が良いな」
「作戦を練ってからまた来よう。でないと・・・全員死んでしまう」
先頭にいるお父様達からはこんな声が聞こえてきた。
・・・何か物騒な言葉が聞こえてきたけど・・・・・・。
・・・何、何?このただの鏡にしか見えないアレってそんなにマズイの?
あんな魔物?はゲームの中に出てこなかったから分からない。
誰か説明して!!ヘルプ!!
「・・・あれは【道化の鏡】と言って、なかなか現れないはずの《《面倒》》な魔物なんだ」
状況が分からずに困惑していた私に気付いたのか、お兄様は前を見据えたまま言う。
そんな・・・なかなか現れないはずの面倒な鏡が邸の裏山にいたの・・・?
それって最悪じゃ・・・!?
スタンピードが起こる可能性があるダンジョンはやはり何かあるのだろうか。
【道化の鏡】という魔物の詳細を知らない私は、その面倒さが未だに良く理解出来ていなかった。
すると・・・・・・
「ま、まずい!逃げろ!!」
「全員退避・・・!!」
「いや駄目だ!もう間に合わない!!」
前衛にいるお父様達が急にざわめき出した。
何!?何が起こるの!?
分からないなりにも、後退姿勢を取ろうとした・・・・・・瞬間。
目を開けてはいられないほど眩しい閃光が、ダンジョン九階層全体を包み込んだ。
・・・・・・っ!!
「「シャルロッテ!」」
「シャルロッテ様!」
お兄様は咄嗟に私を光から隠す様に抱き締めた。
私はギュッと目を瞑りながら、お兄様にしがみ付いた。
・・・・・・。
目を閉じていても分かるほどの閃光が消え去った地下九階層には静寂だけが残った。
・・・どうなったの・・・?
私はそーっと瞼を開けて、周りを見てみる事にした。
私を抱き締める様に包み込んでいる、お兄様の腕の隙間から見えたのは・・・・・・
っ!?
私は目の前の光景に驚愕し、瞳を見開いた。
「シャルロッテ様!見てはいけません!!」
私に気付いたサイラスが、咄嗟に自分の手で私の両目を覆った。
「シャルロッテ!!」
しかし・・・遅かった。
私は既に見てしまったのだ。
目の前の恐ろしい光景を・・・・・・。




