ドライフルーツとお酒と……➃
「あなたはだあれ?」
全く笑っていない瞳が私を見下ろしている。
・・・ゾクリと背筋が寒くなった。
実はまだ私は・・・和泉の記憶が戻っている事をお母様達に話していないのだ。
・・・だってそんな事、簡単に言えるわけがないじゃないか。
自分達の娘の中に、違う世界で二十七歳まで生きていた和泉の記憶が混じっているだなんて・・・。
お兄様は私を受け入れてくれたが、お母様達が受け入れてくれるとは限らない。
拒絶されてしまったら・・・私はどうしたら良いのだろう。
・・・そう考えると何も言えなくなってしまったのだ。
「どうして十二歳のシャルロッテが、大人さえも知らない知識を持っているのかしら?」
「え・・・と、そ、それは・・・」
「何の本かしら?お母様その本に凄く興味があるから教えて欲しいわ」
「え・・・でも、お母様にはつまらないと思いますよ?」
「そんな事ないわよ?シャルロッテが好きな本ならお母様は頑張って読むもの」
微笑みながら、どんどん私を追い詰めてくるお母様。
以前にリカルド様とも同じ様な展開になった事があるが・・・リカルド様は敢えて私を逃がしてくれたのだ。
そんなリカルド様とは対照的に、お母様は私を腕の中から解放したが・・・この話題からは逃がす気がないらしい・・・。
どうしよう・・・。
冷や汗が止まらないし、心臓は痛い位にバクバクと早鐘を打ち続けている。
「そんなに青い顔して、どうしたの?具合いでも悪いのかしら?」
ああ・・・。ここで倒れる事が出来たらどんなに楽だろうか。
「本当はそんな本なんて存在しないから困っているんじゃないのかしら?」
小首を傾げて、フフッと笑うお母様。
・・・どうしよう。どうすれば良い?
この場を乗り切る為の・・・お母様を論破するのに充分な言葉が思い浮かばない。
怖い、怖い、怖い・・・。この先を想像するだけで震えそうになる。
以前のシャルロッテを返してと言われたら・・・・・・。
唇を噛み締め、ギュッとスカートを握りながら、泣きそうになる気持ちを必死に堪える。
泣いちゃ駄目だ・・・最善の策を考えるんだ。
まだ・・・何かあるはずだ・・・!
その時・・・
「シャルロッテ?」
お母様はトドメとばかりに瞳を細めて微笑みながら、含みのある声音で私の名を呼んだ。
もう・・・・・・駄目だ。
必死で張っていた虚勢が、ガラガラと崩れ落ちて行く音が聞こえた気がした。
全てを正直に話すしかない・・・。
全てを話した後、私を受け入れてもらえない様なら、一人で邸を出るしかない・・・。
チートさんがあるから、一人で生きて行くのにも困らないだろう。
だけど・・・。
ジワッと涙が溢れそうになった瞬間・・・・・・
「母様、ストップ」
「・・・えっ?」
お兄様が私の後ろから抱き付いてきた。
「お兄様!?」
突然の衝撃に驚いて止まりかけていた涙が、今度は安堵から溢れそうになる。
お兄様はそんな私を見下ろしながらニコリと優しく笑った。
「何も心配しなくても大丈夫だよ」
・・・大丈夫?
この状況の何が大丈夫だと言うのだろうか。
それなのに・・・
「大丈夫。何の問題もないから」
お兄様はまた『大丈夫』と言葉を重ねた。
「・・・本当に?」
「うん。だから泣かないで」
お兄様は私の目元に溜まっていた涙を拭った後、私の頭を優しく撫でてくれた後、
「母様。やり過ぎです。これ以上、シャルロッテを苛めるなら流石に僕も怒りますよ?」
非難混じりの声をお母様に向けて発した。
「だって、ルーカスから贈り人の《和泉》さんの記憶が戻った聞いて、色々話したい事があったのに、ルーカスとばかり仲良くしてるから・・・つい意地悪したくなっちゃったの。ごめんなさいね」
お母様は悪戯っ子の様に舌をペロッと出した。
お母様のテヘペロ頂きました!!
って・・・違う。
・・・え?何でお母様が和泉を知ってるの?
これは、一体どういう事?
あれ?でも何か覚えがある様な・・・
私の頭の中は混乱し過ぎて真っ白だ。
「つまりシャルロッテが秘密にしていた事は、僕だけじゃなくて既に皆が知ってたって事だよ」
「・・・へっ?」
間抜けな声を出しながら弾かれた様に見上げると・・・ニッコリと笑うお兄様が私を見下ろしていた。
「君は悩み過ぎて言えなくなるタイプみたいだから、僕がちゃんと言っておいたよ」
何ですと!?
「い、いつですか!?」
「ん?ダンジョン調査に入る前だよ。必要に応じて話す・・・って言ったじゃない?」
ああ・・・あの時か・・・。
って・・・だったら教えてくれても良いんじゃない!?
思わず周りを見渡せば、スケさんや、カクさんが笑いながら大きく頷いていた。
「だから、シャルロッテがどんな魔術を使っても邸の皆はそんなに驚いてなかったでしょ?」
そ、それは・・・確かに。
アイスクリームもタンサン水もドライフルーツも属性を無視してチートさんの使い放題だった。
ダンジョン調査中だって・・・・・・。
それならそうと、早く言って欲しかった。
こんなにアッサリと和泉ごとシャルロッテを受け入れてくれてたのに・・・私は何を悩んでいたのだ。
呆然としている私の頬に、フワッと何かが触れた。
お母様の両手が私の頬を包み込んでいたのだ。
「あなたが『赤い星の贈り人』だという事は、赤ちゃんの頃から分かっていたわ」
お母様は先程までの意地悪な眼差しではなく、フワッとした優しい笑みを私に向けてくれる。
「三歳のルーカスが生まれたばかりのあなたを見て、『シャルの瞳に赤い星があるよ』って言ったの。直ぐに知り合いの口の堅い鑑定持ちの魔導師にも見てもらったのよ」
そうして私の《赤い星》が正式に判明し、希有な存在の贈り人と言われる私を守る為に、邸の使用人達全員に周知させ、その上で徹底的な口外禁止措置が取られたらしい。
沢山の使用人達を抱えるアヴィ家。誰かの口から漏れてもおかしくないのに、今まで誰からも秘密を匂わせる様な発言を聞いた事はない。何と口の堅い事か・・・。
つまり、皆は私が生まれた時から、秘密を知りながらも普通に接してくれていたのだ・・・。
「これでもあなたが何を悩んで、考えているかは分かっているつもりよ?だって、私はシャルロッテのお母様だもの。あなたが贈り人であろうと、なかろうと、私の大切な娘であり・・・私達のかけがえのない家族の一員なのに変わりはないわ」
「お母様・・・」
心の中にスポンジがあるみたいに、お母様の言葉は私の中に素直に・・・そしてしっかり染み込んで行く。
私は皆に愛されている・・・。
不慮の事件で死んだ和泉がこんなにも幸せな気持ちになれるだなんて・・・。
自然と瞳には涙が溜まり、徐々に視界が奪われ始めている。
「シャルロッテ」
お母様は大きく手を広げ、お兄様ごと私を抱き締めた。
「愛してるわ。お母様はあなた達の幸せをいつも願ってる。シャルロッテ、ルーカス、生まれてきてくれて本当にありがとう」
お母様のこの言葉で、私の涙は完全に決壊した。
この言葉はゲームの中のスタンピードの際にお母様から託された最期の言葉に似ていた。
ゲームの中では伝えられなかった言葉が・・・こうして今、別な形でお兄様にも届けられている。
勿論、お母様も皆も生きている。この状況で、だ。
この幸せは絶対になくさせない。
ダンジョンの残り地下二階層部分は、何が何でもクリアしてやる。
・・・と、私の覚えている記憶はここまでだ。その後の記憶はない。
お母様にしがみ付いたまま泣き続けて・・・・・・
『気が付いたらベッドの上だった』というお決りのパターンをしてしまった。
この展開は何度目だ私・・・。
しかも、よくよく考えれば・・・厨房で何やってんの!って話だけど・・・あの日、目覚めてからずっと不安に思っていた精神的な負担が解消されたのは大きかった。心が軽くなった。
きっと・・・近くでハラハラしながらも見て見ぬ振りをし続けてくれたカクさん達には、今度お礼に特別なアイスクリームを作ってあげよう。
アイスクリームといえば、多めに作ったラムレーズンの行方だが・・・。
それは私が泣き疲れて眠っている間に、邸の皆に美味しく頂かれていた。
それならまた作れば良いやと思ったのだが、お兄様から『待った』がかけられてしまった。
濃厚なアイスクリームの味が、アルコールを薄めてくれてる気がするだけだから『特別な日にしか作っちゃ駄目だよ?』と魔王の顔で凄まれた。
酷いよー・・・。ぐすん。
しかし、お兄様も随分と譲歩をしてくれて、アルコール成分が減る調理方であればメイ酒漬けのフルーツを使っても良いと言ってくれた!つまり、焼き菓子等に使用するのなら良いそうだ。
まあ、今後の道は開けたのだから、取り敢えずは風味だけでも味わえれば良いと思う事にする。
・・・そして、お母様は見事にドライフルーツにはまった。
私が渡したドライフルーツを食べたお母様は、途端に便秘や貧血が解消され、お肌がプルプルのツルツルになり・・・更に若さに磨きがかかったのだという。
そんな変化を遂げたお母様からの口コミで、ドライフルーツの噂が広まり・・・・・・。
暫くの間、ドライフルーツ作りに追われる事になるのは余談である。
後に、ドライフルーツは世の中の女性達から『神』と崇められ、この世界には欠かせない物となるのだった。・・・なんてね!
ドライフルーツが世に広まった事で、メイ酒漬けも一緒に料理人やパティシエ達の間で浸透し、味や調理法のバリエーションがかなり増えたのは嬉しい誤算だった。
ヒャッホー!お陰で私が手間暇かけなくても美味しい物が食べ放題だー!!
更に後々には、ドライフルーツによるアンチエイジングのお陰か、ゲームには存在しなかった私の双子の弟妹が誕生する事になるのだが・・・。
まだそれを知らない私は、魔王達への貢物を日々せっせと作り続けるのであったとさ。
一部、誤字修正しました。




