復讐しましょう③
「・・・ミューヘン辺境伯!?」
私は慌てて淑女の礼を取った。
どうしてミューヘン辺境伯がここにるの?
「いやいや、それよりも、もっと言ってくださらんかのう」
ミューヘン辺境伯は私の礼を押し留め、ニコリと笑いジワを深くした。
良く見ると、ミューヘン辺境伯の後ろにはお兄様とクリス様の姿があった。
この事態を収集させる為に二人がミューヘン辺境伯を連れて来たのだろう。
もしかしたら、王国的にもサイラス達の拗れたこの関係をどうにかしたかったのかもしれない。
それならば・・・。
私はコホンと小さく咳払いをし、話しを続ける事にした。
「この件は互いを思い合っての末の事なので、誰が悪いとは一概に言えませんが・・・ハッキリと言える事は、サイラス様は最大の被害者だという事です」
「俺・・・?母様ではなく?」
「はい。あなたは大人達に振り回された子供に過ぎません」
私はサイラスが理解出来る様に説明を始めた。
先程も言ったが、子供だったサイラスはこの件の被害者だ。
サイラスの母は、エルフである自分と愛する人間との間に出来た証である『ハーフ』としての存在のままサイラスを残そうとした。
では、サイラスがハーフではなくエルフや人である事を選んだら、サイラスは消えるのか?
答えは否である。
エルフであろうが、人であろうがサイラスはサイラスだ。二人の子供に間違いはないのだ。それなのに母は『ハーフ』にこだわった。
そして一方の長だが、短命だった妻や娘をサイラスに重ね、心配するあまりに寿命を伸ばす選択させようとした。ハーフではなく『エルフ』である事が幸せであると決めつけた。
では、どうすれば良かったのか。
そんなのは簡単だ。
サイラスに聞けば良かったのだ。
サイラスの人生なのだから、彼に自由に選ばせるべきだったのだ。
子供だからと蔑ろにするのではなく、彼を話し合いの中に入れるべきだった。
勿論、母の気持ちも長の気持ちも分かる。
何も知らない子供を導くのは大人の仕事だが、勝手にその子供のレールを敷いてはならない。
『サイラスがどんな選択をしても幸せになれる様に手助けをする。愛し続ける』
大人達はこれだけで良かった。
なのに・・・肝心なサイラスの気持ちを置いてけぼりにして、話を進めてしまったのだ。
そのせいで話は平行線のまま・・・最悪な形で終わってしまったのだ・・・。
「そうじゃ。シャルロッテ様の言う通り、サイラスの母も長殿も間違えてしまったんじゃ・・・」
ミューヘン辺境伯は悲しそうに眉を下げた。
「先ずは・・・長殿。ワシの愚息のせいで娘さんに辛い思いをさせて申し訳なかった。すまない。息子が妻子を遺して死んだりしなかったら、こんな事にはならなかったかもしれん・・・」
愚息・・・。
サイラスはやはりミューヘン辺境伯の本当の孫だったのか。
「そして長殿。ワシら先人は、若者を導く立場にある。古きを守る事は大事だが・・・それで大事な物を無くしてしまったら本末転倒じゃ。そろそろ・・・ワシ達年寄りは変わらねばならぬのではないのかのう?」
ミューヘン辺境伯は更に続ける。
「あれこれ口を挟みたくなる気持ちも分かるんじゃが・・・だからこそ黙って見守らなければならん時もある。そして、本当に助けが必要な時に手を差し伸べてやる事が先人の務めじゃろう?」
辺境に邸を構えるミューヘン辺境伯とは、ほとんど面識しかないが・・・こんな愛情深い老人だったのだと、私は初めて知った。
但し、優しいだけの老人が辺境伯を任されているはずがないので、油断は禁物だ。
「辺境伯・・・俺・・・」
長の側で項垂れるサイラス。
「サイラス。お主もそろそろワシを祖父と呼んでくれんか?」
そんなサイラスを慈愛に満ちた眼差しで見つめるミューヘン辺境伯。
「でも・・・」
「でもも何もないじゃろ。お主はワシの孫なんじゃ。もっと素直に甘えんかい!」
ミューヘン辺境伯は、動かないサイラスに近付き、白銀色の頭をわしゃわしゃとかき混ぜた。
「奪って行ったワシが言うのもおかしいかもしれんがだが・・・長殿もそうじゃろ?こんな立派に育った孫に祖父と思ってもらえないのは悲しい」
「私は・・・サイラスの祖父としての資格がありませんから・・・」
「相変わらず固いのう」
ミューヘン辺境伯は苦笑いを浮かべる。
「ワシら人には限られた寿命しかないが、長寿のエルフ達は違うじゃろ? だからまだまだ歩み寄る為の時間はある。そう思うじゃろ?サイラス」
「でも・・・俺は酷い事をしました・・・」
「大丈夫じゃ。こんなのは子供のイタズラじゃからの。お前さん達にも覚えがあるじゃろ?」
ミューヘン辺境伯は回りの大人達をぐるりと見渡した。
エルフ達はそれに答える様に苦笑いを浮かべながら頷いた。
「そして、サイラス、長殿。ワシはリリーナ嬢の最後のメッセージを預かっておる」
「母様の・・・!?」
「リリーナの?」
「そうじゃ。自分が亡くなった後、必要になったら届けて欲しいと頼まれておったのじゃ」
ミューヘン辺境伯はそう言いながら、ポケットの中から一通の手紙を取り出した。
その内容は・・・。
自分にはもう寿命が残されていない事。自分の亡き後に辺境伯を頼る事への謝罪。
分かり合う事は出来なかったが、それでも長である父を愛してると。生まれて来た事への喜びが綴られていた。
・・・そして最後にはサイラスへのメッセージだ。
『あなたは自由に生きて。愛してるわ』
手紙が終わる頃には、長もサイラスもボロボロと涙を流し泣いていた。
母親は本当は何がサイラスにとっての最善か気付いていたのだ・・・。
「サイラスは自分の人生を好きに選択して良いんじゃ。勿論このままだって構わないし、他の道を選んでも良い。ワシ達はお前の選択を尊重するぞ」
ミューヘン辺境伯は、サイラスの頭を優しく何度も撫でた。
「でもワシの仕事も手伝っておくれ?」
片目を閉じて小さくウインクをするミューヘン辺境伯。
「・・・はい。お祖父様」
サイラスは涙を擦りながら笑った。
そんなサイラスを控え目ながらも優しい眼差しで見つめている長。
・・・もう、彼等は大丈夫だろう。
後は時間が解決してくれるはずだから。
その時。
『ありがとう』
ふと・・・女性のそんな声が聞こえた気がした。
しかし、辺りを見渡しても、この場に私以外の女性はいない。
・・・気のせい?
いや、きっと気のせいではない・・・。
私は声の聞こえた方に向かってニコッと笑いかけた。
「皆さーん!私からの今日の謝罪という事で、アイスクリームパーティーしますよー!!」
私が敢えて元気よく声を張り上げると、歓喜の声が上がった。
サイラスと長も喜んでるのが目に入った。
よし!今日も気持ちを込めて作りますよー!!
さあ、アイスクリームパーティー開始だ!!




