王都へ⑥
ぐったりとし、抵抗する事も逃げる事も出来ない状態になってしまったサイラスを連れ、お兄様に用意された客室へ移動をして来た。
因みに侍女姿のサイラスは、色々な意味で混乱を招きかねないので、お兄様の予備の服に着替えてもらった。
「随分とやらかしたね」
心をポッキリと折られた状態のサイラスをソファーに座らせたお兄様は、サイラスの正面に座る私の隣に座りながら苦笑いを浮かべた。
「当然の報いです」
私は首を大きく左右に振って否定をする。
先手必勝のはったりとはいえ、やるならとことんやらねば!
でなければ、こちらの足が掬われかねない。
「シャルロッテは怖いな」
おいこら!お兄様?!
良い人ぶってるけど、さっきから瞳が楽しそうに輝いているのに私は気付いているからね!?
私は取り敢えず、晩餐会を抜けた後から今までの経緯をお兄様に説明する事にした。
**
「それで、これからどうするの?」
お兄様はガックリと肩を落として項垂れているサイラスを見ながら尋ねてきた。
私はふふっと不敵な笑みを浮かべた。
「エルフ達に復讐しましょう!」
若作りな頑固者達には少し位、痛い目見てもらわないとね!
「本当・・・に?」
サイラスは項垂れていた顔を上げ、期待を込めた眼差しを私に向けてきた。
さっきも言ったじゃないか!?
・・・って、さっきの状態では仕方ないか。
「はい。但し、殺しは無しです。私には彼等を殺す理由がない。それでも良ければ力を貸しますが?」
「・・・そうですか」
サイラスはまた顔を俯かせた。
復讐が良い事だとか悪い事だとか・・・当事者ではない私には簡単に言えない。
私の・・・・・・和泉の家族はどう思っているだろう?
『無差別に誰かを殺めたい』という悪意により和泉は死んだ。
あっちの世界でまだまだやりたい事は沢山あった。心残りなんて山の様にある。
突然、家族に会えなくなった寂しい気持ちも強い・・・。
だけど、今はシャルロッテとして色々大変な事もあるけど・・・楽しく生きられていると思ってる。
新しい目的だってある。だから私はまだ良い。我慢出来る。
しかし、あんな風に娘を亡くしてしまった両親は・・・姉弟はどう思っているだろうか。
犯人に恨みを持ったまま、日々泣いて暮らしたりしてないだろうか・・・?
家族の日常を壊した犯人が許せずに、サイラスの様に復讐をしようとしていはいない?
考えない様にしていた事実が、私の心を黒く塗り潰して行く・・・。
私は・・・・・・。
「・・・シャル。唇から血が出てる」
唇に当たるフワッとした感覚に顔を上げると、お兄様が悲しそうな顔をしてハンカチで唇を押さえてくれていた。
「唇を噛んじゃ駄目だよ」
私の瞳の中を覗き込みながら、ハンカチを持っていない方の手で頬に触れる。
お兄様は私の瞳の中にある【赤い星】を見ているのだと気付く。
・・・どうして分かるのかな。
お兄様は私の心の中も見えるのではないかと思ってしまう。
私は瞳を閉じて、頬に触れるお兄様の温もりを感じながら・・・心を落ち着ける。
今の私には、こうして私を大事にしてくれるお兄様もいる。
それを和泉の家族に伝える事が出来たら・・・・・・。
『私は大丈夫だよ』って。
だから・・・『お母さん達も苦しまないで自由になって』って・・・。
私が瞳を開けるのと同時にサイラスも俯けていた顔を上げた。
「・・・それでも良い。何もせずにはいたくない」
サイラスは先程までの絶望に満ちた様な瞳ではなく、決意を込めた瞳で私を見ていた。
「分かりました。死ぬよりも辛い目に合わせてやりましょう!」
私がニコリと笑うと、サイラスも釣られる様に笑った。
「具体的には何をするつもり?」
「そこなんですよねぇ・・・。《エルフ》って何か弱点とかないのですか?」
お兄様に問い掛けられた私は気を取り直し、サイラスに視線を向けた。
「いえ、特には・・・」
サイラスは静かに首を横に振る。
ないのか・・・。
「いっそのこと氷漬けか火炙りにでもしちゃいます?」
「殺さないんじゃなかったの?」
「・・・冗談です」
勿論、殺すつもりはないけど。
だって、その方が絶対に早いもん!!
「因みに、サイラス様はどこまでのエルフ達に復讐したいですか?」
「どこまで・・・とは?」
「『エルフ』と呼ばれる全ての者達か、一部の者達か・・・ですかね」
「ああ・・・。それなら、長を含めた一部のエルフの男達で良いです。長は私の祖父なのです」
・・・そうか。サイラスは長の孫だった。
ハーフエルフを嫌うエルフの長の娘がハーフエルフを産んだのだから、それは相当な迫害だっただろう。
それでも、精神的に追い詰めて殺して良い理由にはならないけどね。
「長が主犯なら話は早いですね」
私はニヤリと笑った。
見せしめにはうってつけの人物だ。
「何か思い付いたんだね?」
微笑みながら瞳を細めたお兄様に頷き返した私は今回の作戦の内容を話してみた。
**
「・・・それは罰になるのですか?」
不思議そうな顔をするサイラスに、私は大きく頷いた。
「勿論。これはとある世界では拷問として使用されていましたからね」
「へー?それは興味深いね」
お兄様は簡単に理解してくれた。
・・・あれ?
もしかして・・・私は魔王に余計な知識与えてしまった・・・り?
ま、まぁ、良いか。
幸いな事にここは王都である。必要な物は何でも揃うだろう。
「サイラス様、エルフの里にはどうしたら行けるのですか?」
問題があるとすれば、エルフの里までの移動手段だ。
秘匿とされているエルフの里は何処にあるのだろうか?
「ああ、それなら、ここから直ぐに行けますよ」
「ここから直ぐ?」
「はい。王城にはエルフの里に繋がるゲートがあるのです。そこから飛べば一瞬です」
おお・・・。異世界ファンタジーっぽい。 異世界だけど。
・・・と、いう事は伯父様達に了承を得ないと・・・不味くないかな?
勝手にゲートを使用して種族間戦争になったら凄く困る。
大きな壁にぶち当たってしまった気がしたが、
「じゃあ、僕が必要な物の手配も含めて話してくるよ」
お兄様が何とかしてくれるらしい!
一人で足早に客室から出て行った。
・・・良かった。優秀なお兄様が動いてくれるなら安心だ。
さて・・・サイラスと二人で残された私はこれからどうしよう・・・。
何か話すべき?でも話題がない・・・。
サイラスを脅した事に謝罪をするつもりは全くないし・・・・・・。
気まずい空気が流れ始めた時。
「今日は本当に申し訳ありませんでした」
立ち上がったサイラスが私に向かって頭を下げてきた。
「そう・・・ですね。今回は、結果的に何もありませんでしたから特別に許します」
私は素直に謝罪を受け入れる事にした。
「ありがとうございます・・・」
安心した様に柔らかい微笑みを浮かべたサイラスに思わずドキッとした。
・・・忘れてたけど、サイラスってイケメンなんだよねぇ・・・。
私はついマジマジとサイラスの顔を眺めてしまう。
「あなたは不思議な人ですね」
「そうですか?」
「あなたと話していると、まだ十二歳だという事を忘れてしまう。きちんと見ればまだ幼さの残る少女なのに」
「・・・そうですか」
二十七歳だった和泉としての記憶があるとは言えない私は曖昧に笑って誤魔化した。
そんな他愛もない話を続けている内にお兄様が戻って来た。
予想以上に早かった気がするが、しっかりと話をつけた上で伯父様からの了承も得て来てくれたらしい。仕事が早くて素晴らしい。流石は私のお兄様!!
「じゃあ、決行は明日です。今日はゆっくり眠って明日に備えましょう」
サイラスはお兄様と同じ部屋で寝るらしいので、後はお兄様に任せよう。
私は自分に与えられた部屋に戻る事にする。
そうして、素早く就寝の準備をしてベッドの中に潜り込んだ。




