王都へ⑤
お城の侍女さん達の手により、隅々までしっかり磨かれ・・・香料まで全身に塗り込まれた私はやっとお兄様にプレゼントしてもらったドレスに着替える事が出来た。
シャルロッテは慣れているが・・・和泉はそうはいかない。
別に良いじゃない?と思う私とそれをいやいや自分でやろうよ!と否定したい私。
毎回ながら妥協と葛藤の繰り返しなのである・・・。
着替えた後は髪の毛だ。縦ロールの髪の毛は薄紫色のリボンと一緒に丁寧に編み込まれてシニヨンに。
そこにドレスの刺繍と同じ紫色の小花と白の大小の花を散らして全体を華やかに仕上げてくれた。
やっぱり王城の侍女さん達は一味違う!
アヴィ家の侍女さん達だって最高だけどね!?
こうして全ての用意が終わると、侍女さんが晩餐会の場所まで案内してくれた。
既にお兄様は到着していて、私をエスコートする為に中に入らず待っていてくれた様だった。
お兄様は綺麗に着飾られた私を頭のてっぺんから足の爪先までジーッと眺めた後・・・
「良く似合ってるよ。シャル」
そう言って、蕩ける様な甘い笑みを浮かべた。
い、妹相手になんて顔を・・・!!
「・・・お、お兄様の見立てが良いからですよ!?」
私は真っ赤に火照る顔を隠す為に、お兄様の腕にギュッとしがみ付いた。
そんな不自然な私の態度をクスクスと笑って見ているお兄様は、絶対に私をからかっている!
もー!褒められ慣れてないの分かってるくせに!!
「ほら。行くよ?」
ぷぅっと頬を膨らんだ私の頬の膨らみをお兄様は指でつついて潰した。
エスコートしてくれるお兄様に合わせて、私は公爵令嬢としての余所行きの顔を作って、目の前の扉が開けられるのを待った。
伯父様とはいえ、この国のトップ・・・王達に会うのだから緊張しないわけがない。
ギーッと開かれる扉をドキドキした気持ちで見つめ・・・お兄様のエスコートに従ってゆっくりと中へ足を踏み入れた・・・・・・。
華やかなシャンデリアの下には大きな円卓が置かれていた。今日は円卓での晩餐になる様だ。
その円卓には既に国王夫妻とクリス様が着席していた。
私達は入口付近で一度立ち止まった。それは挨拶をする為に、だ。
「本日はお招きにあずかり・・・光栄の極みです」
お兄様が右手を胸に当て忠誠を示す礼をする。
それに合わせて私もドレスの裾を掴み、最上級者への礼をした。
すると、ユナイツィア王国の国王であり、私達の伯父でもあるチャールズ様がその場で立ち上がり、私達に向かって両手を広げた。
「良く来た!堅苦しい挨拶はそこまでで良い。ルーカス、シャルロッテおいで」
私とお兄様は促されるままに、伯父様の元に向かった。
入口から一番遠い上座には国王である伯父様が座り、左横にはシルビア様。シルビア様の左横に私。伯父様の右横に、お兄様、クリス様の順番で座っている。
「シルビア様、お久し振りです」
「良く来てくれましたね。シャルロッテ。あなたの活躍はクリスから聞いてますよ」
シルビア様は隙のない完璧な女王の笑みを浮かべている。
「クリス様から・・・?」
チラッとクリス様の方に視線を向けると、何故かクリス様が怯えだした。
「へ、変な事は言ってない!!シャルの強い所を話しただけだ!!」
・・・クリス様。私はそんなに怖い顔をしていていますか?
ただ、視線を向けただけだというのに・・・。
思わずペタペタと自分の顔を触ってみる。
「ふふっ。シャルロッテのそういう顔はジュリアそっくりね。お父様とお母様はお元気かしら?」
『ジュリア』は私の麗しいお母様の名前だ。
「はい。お母様は相変わらずですよ。お父様は・・・何というか懲りない人です」
「まあ・・・!エドワードも変わりない様で何よりだわ」
クスクスと笑うシルビア様は少女の様に可愛いらしかった。
変わりない様で・・・?
まさかお父様は昔からあんななの?
私は思わず半眼になった。
そんな一場面もあったが、私達は終始和やかに談笑しながら晩餐を楽しんだ。
晩餐中にデザートの一つとして《シャロン》が出で来た時は歓喜した。
シャロンはマカロンに似た食べ物だった。外側はサクッとしていて、中はしっとりモチモチで、滑らかなクリームが挟んであった。
あまりの美味しさに続けて五つ程食べたら、お兄様や伯父様達に笑われた。
『食べ過ぎるとシャロンになっちゃうよ』って。
美味しいから良いんだもーん!
アヴィ家の皆のお土産は、シャロンにしよう。そうしよう!
多めに買って自分でも食べるんだー!
・・・あくまでも皆のお土産が優先ですよ!?
******
お腹がいっぱいになった私は一足先に晩餐会から離脱する事にした。
話題が難しい大人の会話になってきたしね。
そして・・・そろそろ頃合いだ。
私が一人にならなければサイラスは出て来ない。
出て来ないならそれはそれで良いんだけどね。
部屋を出て行く私を不安そうに見つめるお兄様。
私はそんなお兄様を安心させる為に、『大丈夫!』とにこやかな微笑みを返した。
近くの客室に案内されるはずなのに・・・案内役の侍女さんはどんどん先に進んで行く。
恐らくこの侍女はサイラスの仲間だ。
サイラスに【魅了】でもされた?
私が一人になったら連れて来るように言われてでもいるのだろう。
さて、罠に掛かったのは・・・果たして私かサイラスか。
「シャルロッテ様。こちらへどうぞ」
侍女がカチャッと扉を開け、私を中に促す。
私が中に入ったと同時に扉は閉められ、そこに侍女さんの姿はない。
本来ならば、私の着替えを手伝ってから退室するのに、だ。
ここは・・・・・・パウダールーム?
室内を見回すのよりも先に声が聞こえた。
「今晩は~。シャルロッテちゃん」
声の主は勿論サイラスだ。
昼間のヒラヒラでフリフリなロリータファッションではなく、王城への侵入の為なのか、侍女のお仕着せを着ている。
・・・変装してるつもりかもしれないけど、エルフの侍女なんてそうそういないからね!?
「こんばんは。サイリー様。それとも、サイラス様とお呼びしますか?」
ニコリと平然と微笑む私に、サイラスは驚いた様に目を丸くした。
「私がここにいる事に少しも驚かないのねぇ~?」
「はい。想定内ですから」
「・・・じゃあ、私がこれからしようとしてる事も知ってるって言うのぉ?」
「はい」
私は瞳を細めながら悪役令嬢さながらの冷笑を浮かべた。
「サイラス様?私は・・・私を含めた皆が幸せに生きる事だけを望んでいます」
そう言いながらサイラスに向かって歩みを進めると、不穏な空気を察知でもしたのか、サイラスは私を見据えたまま黙って一歩後退した。
「私だけ利用するだけなら百歩譲ってまだ良いですが。そうではなく・・・関係のない人達まで最悪な道に捲き込むのであれば・・・私は絶対に許さない」
私は自分の後頭部に手を回し、そこから大きめな白い生花を二本抜き取った。
「・・・何を?」
困惑しているサイラスをまた一歩追い詰める。
「この二本の花は貴方の運命です」
左手で持った花に向かって右手を翳す。
「先ずは・・・」
サイラスに聞こえない位の呟きを口にすれば、一本目の白い花はボッと炎に包まれた。
一瞬で燃え尽き、灰も残らなかった。
「次は・・・」
また小さな声で呟くと、二本目の白い花は一瞬で凍り付いた。
目の前で顔面蒼白になっているサイラスは、歩みを止めない私に壁際まで追い詰められる事になった。
「綺麗ですよね。コレ」
手の中にある凍った白い花をサイラスに見せつけ、その後で・・・グシャリと握り潰す。
「ほら。もっと綺麗になった」
粉々になって指の隙間からこぼれ落ちる花弁。
私はサイラスに見せつける様にして全ての花弁を手の中から落とした。
「これは警告です。炎に焼かれ灰も残らない最期と・・・凍り付き後に粉々にされる最期か・・・。どちらがお望みですか?なんでしたら他の方法も提案しますよ?」
お兄様と立てた作戦。
それは【先手必勝】だ。
腹黒サイラスだが、実は攻められる事に滅法弱いのだ。
今回の様にサイラスの想像を上回る事を先にしてしまえば、サイラスは動けなくなってしまうだろう、と。
しかし、これは賭けでもあった。
サイラスが私の事を何処まで調べているか分からなかったからだ。
結果的にセーフだったが、私の性格まで調べられていたらアウトだったかもしれない。
お兄様が言うには・・・破天荒で斜め上の予期せぬ行動を取っている様に見えても、行動と思考パターンを把握してしまえば単純で分かりやすい性格をしているのだそうだ。
簡単にいえば最期はチート頼みの行動をしている・・・という事だ。
魔力が高いだけの令嬢だと思っていたら、痛い目を見るよ? なーんて。
「どうして・・・邪魔をするんですか・・・」
サイラスは崩れ落ちる様に座り込み、ガックリと項垂れた。
お姉さんを装う事はもう出来ないらしい。仮面が外れ、言葉遣いが元に戻った。
「邪魔?私を捲き込もうとしたくせに、よく言えますね?」
こっちは大事なお兄様の命が掛かっていたかもしれないんだ。
必死になるに決まっている。
「私はただ・・・あいつらに知らしめてやりたかったんだ。圧倒的な力の差というものを・・・」
「そんなのは自分だけでやって下さい。迷惑だ」
今回の私は被害者なのだから、文句位は言わせてもらう。
・・・しかし、正直サイラスには同情をしている。
長寿であるエルフはずのサイラスの母は精神的に追い詰められ・・・殺された様なものだ。
サイラスは理不尽な行いのせいで母を亡くした。
そして私・・・和泉は、見知らぬ誰かの理不尽な行為により命を落とした。
家族に残された者と残して来た者。
それがサイラスと私。
「・・・誰も殺さないならその復讐に協力しても良いですよ?」
私は深い溜息を吐いた後に、サイラスをジッと見ながら微笑んだ。
「・・・っ!!」
「・・・その顔は何ですか?協力しませんよ?」
人を化物を見る様な目で見るなんて失礼だ。
プンプン。
お兄様を意識して作った表情だというのに、お兄様に失礼じゃないか!!←
「こんなの・・・最初から制御出来るわけがなかったんだ・・」
サイラスは絶望の表情を浮かべ、自らの顔を両手で覆った。
こんなのとは何だ・・・!
公爵令嬢を捕まえて失礼な!
「シャルロッテ!!ここに!・・・いた・・・の?」
ガチャっとパウダールームの扉を勢いよく開けたお兄様は、私とサイラスを交互に見て・・・止まった。
「・・・終わった?」
お兄様は私の魔力の波動を感じ、急いで探しに来てくれたそうだ。
「はい。ポッキリ折りました」
私は長い棒を折る様な仕草をしてみた。
「そうか・・・。じゃあ、取り敢えず場所を変えようか」
「そうですね」
苦笑いを浮かべるお兄様の提案を受け、動かなくなったサイラスを引き摺る様にしながらパウダールームを後にした。




