王都へ④
「それで?今日は何してるの?サイラス」
お兄様はそう言いながら、やっとサイラスを引き剥がしてくれた。
私はホッと安堵の溜息を吐いた。
「またサイラスって言ったぁ!何って、ただの買い物よぉ?」
「《《ソレ》》もう良いから。仕事?それとも入学の準備?」
サイラスが非難めいた声を上げるが、お兄様はまともに相手しょうとはしない様だ。
「全く・・・仕事中は合わせて欲しいんですけどね」
サイラスはチラッと私を見た後に苦笑いを浮かべた。
「僕だけならいいけど、シャルロッテが混乱してるから」
「へー?ルーカスがそんな風に気を使うのは珍しいですね?」
「失礼な。僕はきちんと空気は読んでるよ」
「まあ、そう言う事にしておいてあげますよ」
ゲームのサイラスは温厚(腹黒)な敬語キャラだったけど、この世界でも敬語が標準装備の様だ。
新密度が上がると、その特別な相手にだけは敬語が外れると言うギャップ萌えの鉄板設定も生きているのだろうか?
私は試さないけどね!?
サイラスと親密になってたまるか!!
さっきまでの女性の雰囲気は一変し、ヒラヒラのフリフリロリータを着ているはずなのに、男性に見えるのが不思議だ。声だって少し高いだけの男性の声にしか聞こえない。
サイラスは、お姉さんになったわけではなく、変装のプロになったと言う事・・・?
「今日の仕事って僕達の監視?」
「さあ?どうでしょう?仮に仕事だったら・・・教えると思いますか?」
「まあ、そう答えるよね」
お兄様もサイラスもお互いに食えない笑顔を浮かべている。
「君の独断か辺境伯伯の指示か分からないけど・・・シャルを泣かしたら潰すから。覚えといて?」
サラリと魔王様が降臨した。
お兄様素敵!!大好き!
「・・・覚えておきます」
おお・・・。サイラスが一瞬、戸惑ったぞ!?
流石は私の魔王様。
腹黒勝負なら私の魔王様の右に出る者はいないんだ!!
「それにさっきの何?君ならもっと上手く逃げられたでしょ。それともアレも僕達に近付く為の計算?」
「いえ、それは買い被り過ぎですよ。私でも失敗はしますから」
「ふーん?」
お兄様は微笑むサイラスを瞳を細めて見つめた。
そして、私の手を握ると、
「そろそろ僕達は行くよ。じゃあね」
私の手を引いてその場から立ち去って行く。
サイラスが気になった私がふと後ろを振り返ると・・・お仕事モードに戻ったサイリーが私に向かって笑顔で手を振っていた。
予期せぬサイラスの登場で時間を取られてしまった私達は、そのまま馬車に戻るしかなかった。
今すぐに王城に向かわなければ晩餐会に間に合わない時間になってしまったのだ。
晩餐に参加するのにも色々用意があって時間がかかるのだ。
なんせ全身を磨かれる所から始まるからね・・・。
サイラスのせいで・・・フルッフしか食べれなかった。
他にも色々食べたかったのに!!
・・・食べ物の恨みは根深いんだぞ?
「シャルロッテ」
お兄様がニコリともせずに私を呼んだ。
先程からずっと何かを考えている様だったから敢えて声を掛けずにいたのだが・・・私を呼んだという事は考え事が終わったのだろうか?
「はい?」
「サイラスには気を付けて」
お兄様に言われなくてもそのつもりだけど・・・。
「サイラス様がどうかしたのですか?」
私は首を傾げた。
「サイラスはエルフを憎んでいる。シャルロッテを復讐に利用する可能性が出てきた」
「復讐・・・ですか?」
母親をエルフに殺された様なものだから仕方ないかもしれないけど・・・それに私を利用する?
どうして・・・
「シャルの万能さはサイラスにも、ミューヘン辺境伯にも届いている。僕も必ず守るけど・・・くれぐれも彼等には気を付けて」
お兄様は真剣な顔をして私の両手をギュッと握った。
「・・・分かりました」
私は何とか冷静に答えたつもりだが・・・内心では冷や汗が止まらなかった。
この展開でのお兄様のあの台詞。
『シャルの万能さはサイラスにも、ミューヘン辺境伯にも届いている。僕も必ず守るけど・・・くれぐれも彼等には気を付けて』
これは《ルーカス》の《《バッドエンド》》の始まるきっかけの台詞だ。
本当は私の名前じゃなくて【彼方】なんだけどね・・・。
《サイラス》ルートで、避けては通れないエルフの問題。
それは《ルーカス》ルートにも出てきた。
このルートでは仲間であるはずのサイラスが悪役になってしまうのだ。
サイラスに拐われた彼方を救う為に、ルーカスが単身で助けに向かう。
彼方を己の復讐の道具としか考えられないサイラスとは最後まで相容れず・・・。
どうする事も出来ないままに二人の戦闘が始まり、サイラスと刺し違える様にしてルーカスは死ぬ。
彼方がルーカスを抱き締めて半狂乱になった所で、ゲームは終了。
・・・あれ?詰んだ?
いやいやいや。・・・ていうか、私は彼方じゃないんだけど!?
スタンピードがどうにかなるかもしれないと思い始めた時にこれって・・・。
お兄様がここで死ぬなんて有り得ない!!
【強制力】
ふと・・・この言葉が私の頭の中に浮かんだ。
ブルッと寒気を感じた私は、自分で自分をギュッと抱き締めた。
この世界はどうあっても私達を不幸にしたいというのか・・・・・・?
実際にお兄様が死ぬかは分からない。
だけど、このまま何もしないなんて・・・出来ない。
これで本当にお兄様が死んでしまったりしたら、私は一生自分を許せない。
何処だ。何処にフラグがあった・・・・・・?
確か・・・彼方が拐われるのはゲームの後半。
王様とクリス様から、日頃の働きを讃える為の晩餐に招待された時だった。
ハワードやミラ、ルーカス、サイラスと共に。
日頃の働きとか・・・褒められる様な事はしてないし、晩餐に招待なんて・・・
されてるじゃないか!! しかもこれから!!
ちょっと待って!?
【晩餐】がフラグだったって事?
そんな・・・お兄様の用事のついでに、たまたま王都に遊びに来ただけなのに、私のせいでお兄様が死んでしまうなんて展開おかしいよ・・・。
重ねて言うが、私は『彼方』ではないのだ。
何でこうなったんだろう・・・。
私は皆で幸せに生きていたいだけなのに・・・。
はぁ・・・。
サイラスが既に動き出しているならば、どう足掻いても今夜にでも私の誘拐は決行されるのだろう。
それならば・・・せめて、お兄様の死だけは何が何でも回避させる!
こんな理不尽な展開なんて許せない!!
「お兄様。和泉の話を聞いて下さい」
私は運命の共犯者であるお兄様と今後の作戦を練る事に決めた。




