聖水
私は、魔法令嬢シャルロッテ☆
『シャルドネ』って呼んでね?
・・・え?どこかで聞いた事がある?
そうそう、それはね!
『シャルドネ』って白ワインを作る為のブドウの品種なんだよー!
美味しいし、名前の響きが可愛いから大好きなんだよねぇ!えへっ。
今日は、ダンジョン地下八階層にいる【幻幽】って言う、すっごく怖ーいお化けみたいな魔物を倒す為に、いつものお気に入りの庭園の隅っこで聖水を作っちゃうんだー!
シャルドネ頑張る!
『塩』『水』『杯(盃)』『白い紙』
聖水を作る為に必要な材料らしいけど・・・
魔法令嬢シャルロッテ☆は、そんなのは使わないよー!
使用するのはー、『綺麗な水』とポケットに入る位の携帯に便利な『蓋付きの瓶を数十本』これだけ!
ね?超お手軽でしょ!?
まずー、テーブルの上に並べた数十本の瓶の中に綺麗な水を入れまーす!
ここではまだ魔法を使わないから、面倒だけど瓶の本数だけチマチマと作業するよー?
瓶に水を詰め終わったら、蓋をしっかり閉めてね?ここ大事だぞっ!
ここからが魔法の出番☆
右手を翳しながら、私の中で聖水のイメージを大きく膨らませるのー!
全ての穢れは祓われ清められる。幽霊も病も何もかも・・・。
一瞬で全てが塵となれ!!悪しきモノを殲滅せよ!
「ホーリー☆」
わぁー!!魔法は・つ・どう・う☆
数十本の瓶がキラッキラの光に包み込まれたぞー!キレイー☆
さて、これで・・・か・ん・せ・い!!
早速、味見してみよう♪
キラキラと輝く聖水の一本を取り上げ、蓋を開けてそのままコクンと全てを飲み干した。
「ん・・・っ!!」
こ、これは!!
さっぱりとしたリンゴの様な・・・完熟したパイナップルの様な味にも似ているこの味わいは・・・
正に【シャルドネ】の味だっ!
最高級のワインと香りと味がする・・・!!
《白ワインの女王》の貫禄だっ!!!!!
流石だ!魔法令嬢シャルロッテ☆!!
これで・・・私は・・・・・・!
「何してるの?シャルロッテ。」
「・・・・・・っ!?」
心臓が止まるかと思った・・・。
歓喜に震える私の真横に、いつの間にか現れたお兄様が立っていた。
神出鬼没の魔王様。
お願いだから普通に現れて・・・。
でないと貴方の妹はいつか驚きの余りにショック死しそうです・・・。
ああ、心臓が痛い・・・。
まだバックンバックンしてるよ・・・。
「・・・ダンジョン対策の聖水を作ってました」
「ふーん・・・聖水ね・・・。じゃあ、何でシャルロッテが飲んだの?」
首を傾げながら私の隣に座るお兄様。
ギクリ。
・・・いつから見られてたの?
「え、えーと、味見?みたいな・・・?」
私は引きつった笑みを返しながら答えた。
「へー、味見?美味しかった?」
「は、はい。美味しかったですよ!」
「そっかー、僕はてっきり、リカルドにキスされた事を忘れたくて飲んだんだと思ったよ」
瞳を細め、ニヤッと人の悪い笑みを浮かべるお兄様。
・・・リ、リカルド様!?
私の顔が一瞬で真っ赤に染まった。
「え、ち、違っ・・・!」
途端にしどろもどろになる口調。
って・・・!そ、そんな言い方したら、リカルド様に失礼じゃないか!!
リカルド様のキスを忘れたかっただなんて絶対に有り得ない!!
私がしたかったのは・・・『リカルド様が私の事を好きかも・・・?』だなんて、大それた感情を消したかったのだ。
私の疚しい気持ちを浄化してしまいたかったのだ・・・。
リカルド様の唇の柔らかい唇・・・・・・。
またして欲しいと思ったなんて・・・・・・絶対に言えない。
あああああ!
私はム〇クの叫びの様な状態で悶絶を繰り返す。
浄化だ!もっと浄化をしなくては・・・!!
聖水をもう一本取ろうとテーブルに手を伸ばすと、お兄様がある方向を見て呟いた。
「あ、リカルド」
何です・・・と!?
「リ、リカルドしゃま!?」
・・・噛んだ。思いっきり噛んだ。
お兄様の視線の先を追う様にして見れば、そこには・・・・・・
「ミラ!?」
偶然、たまたま通りがかったミラがいた。
私に大声で名前を呼ばれたミラは、驚いた様に瞳を丸くしている。
騙された・・・。
お兄様に騙された・・・!!
リカルド様なんていないじゃないか!!
私はガックリと項垂れ、そのままテーブルに突っ伏した。
あの日。
リカルド様から不意打ちの頬チューを受けた私は、『リカルド』と彼の名前を聞くだけで挙動不審な行動を取る様になっていた。
初心な子供じゃあるまいし、どうしてこんなにも狼狽えてしまうのか・・・。
って、シャルロッテは初心な子供だけどね!?
中身アラサーの私が、好きな人の事でこんなに一喜一憂するだなんて・・・お一人様を満喫していた和泉からしたらとんでもない事だ。
天変地異と言っても良いかもしれない。
・・・まあ、それだけ私はリカルド様に夢中なのだろう。
まさか自分がこんな恋する乙女に再びなれるとは・・・・・・。
「・・・こんな所で何しているのですか?」
ミラがこちらに近付いて来るのが気配と声で分かる。
敬語なのはお兄様が相手だからだ。
私的にはミラこそ、こんな所で何を?とも思うのだが・・・
私はテーブルに顔を伏せたまま、二人の会話に耳を傾ける事にした。
「んー、シャルロッテの観察かな?座ったら?」
『観察』って・・・・・・おい!
確かに挙動不審な所はあるけどさ!?
「・・・失礼します。シャルロッテはどうかしたんですか?」
「ああ。昨日のアレのせいだから大丈夫」
「あー・・・アレですか」
「まあ、その内に治るでしょ」
お兄様がそう言うと、私の背筋にゾクリと寒気が走った。
え?何?何?鳥肌が立っているんだけど・・・
それに・・・凄く視線を感じる。
見られてる。確実にこちらを魔王様が見ていらっしゃる!
駄目よ?
絶対に顔を上げちゃ駄目よ!?シャルロッテ!
「・・・怖い顔してますよ」
「ん?何か言った?」
「い、いえ・・・何でもありません。ええと・・・ち、近いです!」
会話の内容からして、どうやらお兄様がミラに迫っているらしい。
「そんな他人行儀にしなくて良いのに」
「えっ・・・でも・・・」
「シャルロッテ相手みたいに楽にして?」
「・・・・・・」
ミラが黙り込んだ。
・・・うん。うん。分かるよ。
魔王様は怖いよね。
そんな事言われても困るだけだよね!?
「・・・その間は何?」
「な、何でもありません!わ、分かりました!」
「まあ・・・今回は良いけどね。それより、これを見てどう思う?」
お兄様・・・さり気なく『今回は』を強調しましたね?
次は絶対に追求を緩めないつもりだ・・・。
チラッと視線だけを上げてをミラを見ると、お兄様がテーブルに並んでいた瓶を一本ミラに渡している所だった。
瓶を受け取ったミラは、それをくるりと一回転させた。
「この瓶の山ずっと気になってたんです。なんかキラキラしてるけど・・・これは?」
ミラの瞳がキラキラと好奇心から煌めいている。
キラキラ・・・?
本当だ。どうしてだろう?・・・単に瓶の光が反射してるだけ?
「《鑑定》してみたら?出来るよね?」
「使え・・・ますけど」
ミラが目に見えて分かりやすく戸惑っている。
ミラの秘密の能力である《鑑定》。その力を知られていないと思ってたのだろう。
若き天才魔道具開発者・・・・になる予定のミラ。
その能力の底上げをしているのは《鑑定》に他ならない。
それが使える故に、ミラはどんどん新しい魔道具開発をする事が出来るのだ。
私はゲームの情報としてミラが鑑定持ちなのは知っていたが・・・。
お兄様はミラを調べた時から既に知っていたのか、それとも自分で《視た》のか・・・。
相変わらず怖い人だ。
お兄様に反論しても無駄だと悟ったのか、ミラはブツブツと何かをぼやきながら《鑑定》を始めた。
「【超強力聖水。即効性で効き目抜群!病や穢れ、レイスなんかイチコロさ!!一瞬でせ・ん・め・つ☆一口でも口に含めば・・・極上な白ワイン(ノンアルコール)の調べが貴方を天へと誘うでしょう。】って・・・・・・何?!」
瞳を見開いたミラは聖水の入った小瓶を落としそうになっていた。
なっ!?
私はガバッと思わず顔を上げた。
な、何という・・・効果。
魔法令嬢シャルロッテ☆最強だな!?
天へと誘っちゃ駄目でしょう・・・(汗)
良く無事だったな・・・私。
美味しかったけど。
うん。凄く美味しかったけど。
・・・って、いうかノンアルコールだけど・・・白ワイン作れちゃった!?
ヒャッホーイ!!
「シャルロッテ?」
・・・・・・まずい。・・・どうしよう。
お兄様が怖くて横を向けない。
絶対に笑ってる。魔王の顔で笑ってる!!
ご、誤魔化しちゃう?
テヘって。・・・・・・いける?いけるよね??
「『パンドラの箱』・・・」
ミラが真顔でボソッと呟いた。
お前もか!!
『パンドラの箱』って言うなー!!
いやいやいやいや!
ドン引きしてるけど、貴方も私と紙一重だからね?!
研究馬鹿!!
その後、魔王様からじっくりとお説教をされたのは言うまでもないだろう。
数十本の聖水は全て没収され、アヴィ家の地下深くに封印されましたとさ・・・。(泣)
勿論、今後お兄様の許可無く聖水を作るのは禁止である。
せっかく、白ワイン(ノンアルコール)が出来たのにー!(泣)
ダンジョン様の聖水は、お兄様とミラの監視の元で無事に完成した。
完成するまでにお蔵入りする事になった聖水の数は知れず・・・・・・。
半眼になっていたお兄様とミラの事は・・・見なかった!!見なかった事にしたい!!
規格外ですみません・・・。
この鬱憤はどこで晴らすべきか・・・。
さあ、次は地下八階層にいる【幻幽】討伐だ!!
頑張るぞー!おー!!




