アイスクリーム①
「「シャーベット?」」
不思議そうな声が重なる。
・・・あれ?シャーベットじゃ通じないんだっけ?
「あー・・・ええと、このシロップを凍らせて作るんですが・・・。ソルベ・・・ソルベは分かります?」
平らな容器で凍らせて、それをかき混ぜる。かき混ぜた後はまた凍らせる。
この過程を何度か繰り返せば、シャーベットの完成だ。
メレンゲを加えたりすると、もっと滑らかなシャーベットになるのだが・・・そこまで詳しく話さなくても良いだろう。
「ソルベかー」
「ソルベは美味いね」
作り方を説明すると、お兄様は納得した様に頷いて、リカルド様は微笑んだ。
シャーベットはジュースだけでなく、お酒で作っても美味しいのだ。
和泉はよく、夏場に梅酒をシャーベットにして食べていた。
冷たいし、アルコールも一緒に摂取出来るしと一石二鳥である!!
「冷たいと言えば・・・アイスクリームなんかも良いですねー」
この世界のデザートは焼き菓子が一般的で、冷たいお菓子と言えばソルベやかき氷の様な氷菓しかない。
氷菓が充実していないのは、冷凍庫が高級品だという理由だろう。
新しい商品や食べ物は市井から広まる。市井に冷凍庫が普及しなければ新しい氷菓の流通は難しいかもしれない。
この世界は不思議な事に、和泉が食べたい、飲みたいと思う物は存在していない事が多々ある。
だが、似たような食材は存在する為に作る事は可能だ。
女神様・・・これは『食べたかったら作れ』と言う事なのでしょうか?
まあ、チートさんなら作れると思うけど・・・。
何故だ・・・。私は美味しい物を手軽で簡単に味わいたいというのに。
「「・・・アイスクリーム?」」
これまた二人の声が重なった。
聞き慣れない言葉に、お兄様とリカルド様はキョトンと瞳を丸くしている。
「卵やミルクを使用した冷たいお菓子です」
「それ食べてみたい!」
私が説明をすると、お兄様がいち早く反応した。
「今は手元に材料がないので作れませんが・・・」
「取ってくる!何が欲しい?!」
瞳をキラキラとさせているお兄様を見るのは珍しい。
・・・え?何にそんなに惹かれたのだろう・・・。
お兄様のツボはよく分からない。
「ええと・・・他にも必要な物がありますので」
材料だけではなく器材も欲しい。
青空クッキングには限界があるのだ。
「僕も食べてみたい・・・な?」
こちらのご機嫌を伺う様な上目遣いの瞳・・・。
モフモフの尻尾は可愛らしくフリフリと振られている。
リカルド様・・・可愛い過ぎ!!!
「邸に戻りましょう!」
作ります!!
作らせて下さい!
今直ぐに!!!
「シャルロッテ。準備出来たよ!戻ろう!」
私の持って来た瓶やグラスを、手早く纏め終えたお兄様。
・・・マジですか。
仕事が早い。早過ぎる。
私が『戻りましょう』と言ってから一分も経ってない様な・・・?
そんなに、食べたいのか・・・アイスクリーム。
お兄様に急かされる様にして・・・私達は急遽、邸に戻る事となった。
*****
邸に戻った私達は出迎えに来てくれたマリアンナにお願いをして、キッチンの端っこに必要な器材や道具を用意して貰った。
端っこなのは夕食の準備の邪魔をしない様にである。
お兄様のただならぬ雰囲気を察知した付き合いの長いマリアンナは、それもう迅速に手配をしてくれた。完成したらマリアンナにも食べさせてあげなくては。
今日作るアイスクリームは凄く簡単に出来る。
色々な作り方があるけど、お兄様のギラ・・・キラキラとした視線が痛いので、ちゃっちゃと作りますよ!
材料はとてもシンプルだ。
卵、砂糖、ミルク、シーラのシロップだけで良い。
先ず卵黄と卵白をボウルに分け、卵白は角が少し立つ位まで泡立てる。そこへ分量の半分の砂糖を加えてまた泡立てる。
残り半分の砂糖を加えて、角が立つまで泡立てメレンゲを作る。
メレンゲに卵黄を入れて混ぜ合わせる。
容器に流し込んだら・・・魔術で凍らせてしまう。時短だ。
本当は冷凍庫で一時間位凍らせるのだけど・・・瞬きすらせずに、私の手元を見ている魔王様が恐いからね!!
魔術を駆使して作っちゃうよ!
凍らせた容器の中身を良くかき混ぜながら、ミルクとシーラのシロップを入れる。
その後にまた私の魔術で凍らせる。
様子を見ながら調節すれば・・・っと。
「アイスクリームの完成!」
そう告げると、後ろからパチパチパチと溢れんばかりの拍手が聞こえた。
・・・明らかにお兄様とリカルド様だけの拍手量ではない。
嫌な予感を感じながら後ろを振り返ると、お兄様達以外に三人の料理人さん達が交じっていた。
おっと・・・。お仕事は良いのだろうか・・・?
興味津々な料理人さん達の視線が痛い。
仕方がないので、料理人さん達にもお裾分けする事にした。
少し多めに作っておいて良かった・・・。
出来立てのアイスクリームをスプーンですくって、人数分のガラスの器に乗せていくと、お兄様とリカルド様が手早く皆に配ってくれた。
・・・早いな。
ま、まあ良いか。
では、試食をしましょう!
「いただきます。」
私の声を合図に各々が食べ始める。
うん。美味しい。
思ったよりもふわっと柔らかく出来た。
甘さも丁度良いし、シーラの爽やかな林檎の様な香りが良いアクセントになっている。
さて・・・お兄様達の反応はどうだろう?
・・・おぉ・・・っ!?
スプーンを口に入れたまま、うっとりと瞳を閉じ、幸せそうな笑みを浮かべている。
時折、思い出した様にハッと瞳を開き、アイスクリームをまた口に運ぶ。
そして、スプーンを口に入れたまま、うっとり・・・。
私以外の全員が同じ反応をしていた。
その中でもお兄様は・・・浄化され、悟りきった菩薩の様な顔をしていた。
このまま天に召されてもおかしくない。そんな神々しい笑みを浮かべている。
そんなに・・・美味しかったのですか。お兄様。
リカルド様も皆と同じ反応をしながら、モフモフの尻尾がブンブンと左右に大きく動いている。
あの尻尾の振り方からして、『大満足』って感じで良いかな?
成功して良かった。良かった。
因みに、試食したマリアンナも同じ反応をした。
正気に戻った後、スプーンを口に咥えたまま放心するという、淑女にあるまじき行為を私の前でしてしまった事を、恥ずかしがっていたのは余談である。
「「シャルロッテ・・・」」
「「「シャルロッテお嬢様・・・」」」
「はい?」
お兄様達が急に悲しそうな顔をして、私を呼ぶから何事かと思えば・・・。
「「「「「無くなっちゃった・・・」」」」」
『無くなっちゃった』って、子供か!!!
ま、まあ、お兄様とリカルド様は子供だけど・・・。
アイスクリームは、あっという間に皆を虜にしてしまった。
これが・・・アイスクリームの信者の誕生の瞬間である。




