ひどい?➁
シャキン。シャキン。
と、軽快にハサミを動かしミラの前髪を眉毛の辺りまで切って行く。
ふぅ・・・。
満足。満足。
ミラを見た時からずっとこうしてやりたかったのだ。
鬱陶しい前髪が無くなって顔回りがスッキリした。
気分爽快!!
和泉は美容師でもないのに髪を切るのが得意だった。それはシャルロッテでも同じ様だった。
え・・・?失敗したらどうするか?
男の子なんだから坊主にすればOK!!
・・・なんて、そんな事は言わないよ?
魔術で何とかするから大丈夫!!
チートさんなら出来る!はず?!
グスン・・・ッ・・・ズッ。
鼻を啜る音に気付いて、そちらを見てみれば・・・。
ミラは大きな瞳からポロポロと涙を溢していた。動けない為に涙を拭う事が出来ない。
疎まれてきた赤い瞳を長い前髪で隠していたのに、私に強引に切られたのだから・・・
まぁ、・・・泣くよね(汗)
ミラの瞳はルビーみたいで綺麗だと思うんだけどな。
今は泣いてるから、ウサギさんみたいだけどね。
「ごめんね?あまりにも鬱陶しい前髪だから切っちゃった」
テヘペロ。
悪びれた様子のない私を潤んだ瞳で睨み付けて来るミラ。
「何で・・・こんな酷いことするの!?・・・やっぱりミラがこんなだから・・・嫌いなんだ」
「嫌いじゃないよ?」
「じゃあ、どうして?!」
「鬱陶しかったって言ったじゃない?・・・後は、ミラの瞳を見て話したかったから」
私は悪い事をしたとは思っていない。
「・・・ミラの瞳を見て?・・・気持ち悪く・・・ないの?」
「全然。赤い宝石みたいで綺麗だと思うよ?」
「え・・・・・・」
へラッと笑うと、ミラは大きな瞳が落ちてしまいそうな位に目を見開いた。
この反応だけでもミラの置かれてきた環境が伺い知れる。
私の様な反応をした者なんていなかったのだろう・・・。
呆然と瞳を見開きながら涙を溢れさせるミラ・・・。
この世界は魔物も獣人もエルフも神様も存在する世界なのだ。
人より少し肌が白くて、赤みがかかった瞳をしていたって『珍しいな』しか思わないんじゃないか?と思ったのだけど・・・逆に魔物が存在するからこそ快く思わない者がいるのかもしれない。
多種多様な考えを持った人が存在する事は、とても良い事なのだが・・・もっと柔軟になれないものだろうか?
理不尽な扱いをされる人の身にもなって欲しい。
外見だけじゃなく、中身までしっかりと知って欲しい。
そうすれば、酷い事をしようなんて思わないはずなのに・・・。
『ミラは悪い事なんてしてないのだから、そのままで良いんだよ』とか、『私はミラの味方だよ』なんてチープな慰めの言葉を言おうかとも思ったが・・・
今の私にはミラにかけられる資格が無い事に気付いた。
公爵令嬢として大切に守られて来た12歳のシャルロッテと、両親と家族の愛を受けて27歳まで生きた和泉。
同じ境遇を生きてきた訳でもない私が、ミラに掛ける言葉は同情でしかない。
こうしてミラを不憫に思う私は既にミラに同情をしているからこそだ。
同情が悪い事だと言っている訳ではない。
私はミラに対して恋愛感情は無いし、これからも決して恋愛感情は生まれないだろう。
だからこれ以上、ミラの感情に踏み込んではいけないのだ。
ミラは心から自分を受け入れてくれる相手が欲しいはずだから・・・。
私はミラに嫌われても良い。
元々悪役令嬢なのだし、ワガママだと思われる位で良いのだろう。
それで、ミラが元気になればそれでよし!
これ以上は酷い事しないから、処刑台行きだけは・・・許してね?
「・・・ていうか、これどうにかしてくんない!?」
泣き止んだミラが、顔だけ左右にブンブンと振り抗議し始めた。
「あー、ごめん。忘れてた」
ふふふ。わざと人の悪そうな笑みを浮かべる。
「もう!!シャルロッテ性格悪すぎ!!」
「えー?そんな事言うなら治してあげないからね?」
「・・・っ!?それは勘弁してよー!」
「どうしようかなー?」
首を傾げながらミラの頬を左右に引っ張っていると・・・・・・
「随分と楽しそうにしてるね?」
「お兄様!?」
いつの間にかお兄様が部屋の入口の所に立っていた。
ミラといい、お兄様といい・・・勝手に人の部屋に・・・・。
そう思わないでもないが、相手はお兄様だ・・・。
私は直ぐに諦めて、気持ちを切り替えた。
「お兄様、見て下さい!ミラの髪を切ったんですよー!」
私はお兄様の手を引いてミラの前まで連れて来た。
お兄様の真っ直ぐな視線を受けたミラは、気まずそうに視線を反らした。
「良いんじゃない?」
お兄様が瞳を細めながら楽しそうに微笑む。
「ルビーみたいで綺麗だよ」
その言葉に反らしていた視線を戻し、ミラは信じられないと言った顔でお兄様の顔をまじまじと見ている。
「でしょー?!出さないと勿体無いよね!」
私はわざとはしゃぎながら、お兄様の腕に絡み付く。
「うん。そうだね。良い事をしたと思うよ」
そんな私の頭をお兄様が優しく撫でてくれた。
・・・私の企みがバレたかな?
まあ、お兄様なら良いけど。
ミラが思っているほどにミラの瞳は気にならないのだと、自然な感じで教えたかったのだ。
隠す必要なんか無いのだと。
「あのさー、いい加減に解いて欲しいんだけど・・・。それに、兄妹でイチャイチャするなよ」
「羨ましいの?なら、交ぜてあげる!!」
眉間にシワを寄せているミラを椅子ごと抱き締める。
「ちょ、ちょっと!」
慌てるミラに構わずギュッと抱き締めると、
「僕も交ざろーっと」
お兄様が私とミラをまとめて抱き締めた。
ギュウギュウである。
「熱い!キツイ!邪魔!放せ!!」
「えー?ミラー、空気詠んでよー。それに、捕縛はもうとっくに解けてるんだから、嫌なら逃げれば良いじゃない?」
私は笑いながらコテンと首を傾げた。
実はもう拘束の術を解除していたのだ。
そしてミラはそれを身を以て知っていたはずだ。
「・・・う、うるさい!うるさい!」
ミラは真っ赤な顔で立ち上がろうとするが、私とお兄様が邪魔でなかなか立ち上がれずにいる。
「素直じゃないんだからー」
ミラにはこれからもっと・・・自分に自信を持って欲しいと思う。
ミラの人生はこれからなのだから。
私は心の中でエールを贈る。
「ミラ、私の妹になろうよー!」
「ミラは男だ!」
「えー?じゃあ、弟でもいいよ!良いでしょ?お兄様ー」
「シャルロッテが良いなら僕は構わないよ」
「止めろよ!バカ兄貴!」
「あ!お兄様の事だけ『兄貴』って呼んだ!私の事も『お姉様』って呼んでよー!」
「誰が呼ぶか!バカ!」
私達は暫くの間、そうやってじゃれ合いを続けた。
そう。
「何なの・・・こいつら・・・」
ミラが涙目で白旗を上げるまで。
いぇーい!
存分にいじり倒してやったぞ!
それは、明日のリカルド様の為に着るドレスを忘れるほどに。
眠る前に気付いた私が寝不足になった事は余談である。
・・・因果応報?




