ダンジョン➁-2
「作戦開始!」
お父様の号令で【喰喪】の討伐が始まった。
私は、魔物からの攻撃は全て弾く《完全結界》を皆に張った状態で、手で目元を覆い喰喪の討伐を見ない事にした。
あちこちで何とも説明しがたい喰喪の絶命の叫びが響く。
そこに喰喪の嗤い声が混じってない事からも、討伐は順調で仲間に怪我が無い事を伺い知れる。
「ハワード様は参加しないのですか?」
私の隣にいるハワードに話し掛けた。
暗に『私の側にいるな』と言っているのだ。
「ああ。ここに居る」
「・・・そうですか。」
あからさまに声のトーンを落とす私に、ハワードが苦笑いをしたのが気配で分かった。
「俺は本当に嫌われてるんだな」
「ハワード、しつこいからね」
お兄様がハハハと笑う。
「しつこくしてる自覚はあるけど、止まんないんだよなぁ・・・」
「騎士団長目指すなら直さないと」
「俺・・・馬鹿だから夢中になったらこう・・・真っ直ぐに突っ走るんだよな」
哀しそうな・・・寂しそうなハワードの声音。
そんなハワードが少しだけ気になった私は、目元を覆っていた手をずらして彼の方をチラッと除き見てみた。
おお・・・筋肉ワンコがションボリしてる。
私の視線に気付いたハワードと、目が合いそうになった私は咄嗟にまた目元を手で覆った。
「シャルロッテ嬢は、なつかない猫みたいだな・・・」
「シャルは可愛いからねぇ」
「あーあ、ルーカスが羨ましいよ」
「シャルロッテはあげないよ?誰にもね。
・・・今、『誰にも』って・・・然り気なく強調しなかった?
「ルーカスは怖いなー」
「そう?シャルロッテが良いって言うなら『お兄様』呼びは許すけど」
「呼びません!!」
私はキッパリ告げる。
「即答だな・・・」
ボソッと呟くハワード。
「さて・・・と、こうしている間にも蜘蛛の討伐は終わったらしいよ」
お兄様がフワッと私の頭に手を乗せた。
・・・早いな。流石、【リア】の面々である。
「後は糸の回収だね。シャルは先に進んで待ってると良いよ」
・・・喰喪の死骸と体液だらけであろう・・・ココを通れと…?
「じゃあ、ハワード。宜しく」
「はいよ」
・・・『ハワード。宜しく』?
「・・・えっ?!」
突然の浮遊感に、思わず覆っていた目元の手を退けた。
目の前にはハワードの顔がある。
・・・どういう状況?
私が現状を理解するまで数十秒を要した。
「ハワード様!降ろして下さい!!」
ハワードの腕の中でジタバタと暴れる。
お姫様抱っこで、この階を通り過ぎると言う事だろう。
お兄様といい、ハワードといい・・・お姫様抱っこは普通なんですか?
荷物の様に担がれるのも嫌だけど・・・この体制は無駄に顔が近いのだ。
「暴れると落ちるぞ?良いのか?」
楽しそうに口角を上げるハワード。
本当に落としたりはしないだろうが、落ちた事を想像するだけで無意識に身体が震えてしまう。
喰喪の死骸がいっぱい・・・。
思わず、ハワードの胸元をギュッと掴んだ。
「ちょ・・・!冗談だから大丈夫!落としたりしないって!!」
私が泣くと思ったのか・・・ハワードがオロオロと慌て出した。
挙動不審に揺れる茶色の瞳を見ていたら・・・何だか可笑しくなって来て・・・
「プッ・・・」
吹き出してしまった。
口元を押さえて笑う私を見たハワードは、一瞬、目を丸くした後にニコッと目を細めた。
「笑うなよ!泣くんじゃないかって・・・焦ったんだからな?!」
「すみません・・・つい」
「全く・・・」
私を見る瞳が優しく細められている。
「歩くぞ。目は閉じてた方が良いんじゃないのか?」
「宜しくお願いします」
私はそれに素直に頷いてから目を閉じる。
「任せておけ」
ハワードは頼もしくもしっかりした声でそう言い、ゆっくりと歩き始めた。
お兄様より少し大きい腕の中は、ガッシリしていて安心感があった。
緊張しているのか・・・少しだけ速い心音が耳元で聞こえる。
その心音を聞いている内に、ガチガチに固まっていた私の心が解けて行くのが分かった。
・・・私は意地を張っていたのだ。
ゲームの中のハワードにこだわり過ぎて、ここに居る現実の彼を見ようとしてなかった。
目の前に居る現実のハワードはこんなにも頼りになるし、優しく面白い人なのに・・・。
大丈夫。ハワードは怖くない。
だって、こうして私を助けてくれた。
私を処刑台に無理矢理に連れて行ったりしない・・・。
だから、素直になろう?
後で『ありがとう』と伝えよう。
『今までごめんなさい』と心から謝罪しよう。
たまになら『お兄様』って呼んであげても良いかもしれない。
私はそう心に決めた。
これが所謂【吊り橋効果】だと気付くまで・・・・・・後少し。




