目覚め②
クスクスと笑っているのは、蜂蜜色の柔らかそうなサラサラの髪に、アメジストとターコイズブルーを混ぜた、アメジストブルーと呼ばれる不思議な色合いの瞳の美少年だった。
光の加減で色彩を変える神秘的なその瞳を見た私はハッとした。
まだ幼さと甘さの残る優しい面影を持つ少年が、18歳になった姿を知っているからだ。
少年の頃の優しい面影は消え失せ、何を考えているのか分からない冷たい無表情を標準装備させていた。
３歳下の妹を溺愛し、自分が心を許した者だけに、惜しみ無い愛情を注ぐ。
その少年の名前は・・・・・・。
「ルーカス。こっちへおいで。」
お父様が少年の肩を抱いて、私の側へと近付ける。
そう。ルーカスだ。
【ルーカス・アヴィ】
アヴィ公爵家の長男。現在15歳。未来の公爵様である。
そして、【シャルロッテ・アヴィ】の兄であり、攻略対象者である。
・・・・・・そうか。ここは《ラブリー・ヘヴン》の中なのか。
私は唐突だがそう理解した。
ただ、どうして私が【シャルロッテ・アヴィ】になっているのだ・・・・・・。
【シャルロッテ・アヴィ】は乙女ゲーム《ラブリー・ヘヴン》の悪役令嬢である。
ユナイツィア王国を舞台とした物語で、魔法有り、魔物有り、冒険有り。
光の聖女たるヒロインの【彼方】が、この世界にはびこる魔物の討伐の為に、王国魔導師達に召喚されるのだ。
チート持ちな彼方を中心に、王太子や、騎士、魔道具師やエルフ達と共に魔物殲滅を目指す物語だ。
コンセプトは
《愛があればそこは天国だ！》だった。
分かる様な・・・・・・分からない様な・・・・・・。
シナリオライターさん疲れてたのかな？
シャルロッテは悪役令嬢として、王太子の想い人となる彼方を壮絶なほどに虐め尽くす。
誘拐、暴行、毒薬。使えるものは何でも使う。極悪非道で過激な少女だ。
最後には断罪され、首斬り処刑ルートか、追放ルートで終了ー。
やった事のわりに追放ルートとか温いだろうって？？
いえいえ、人が生きられない魔物の国に追放なのです！
と、まあ、そんな乙女ゲームに生前の私はハマっていた。
『生前の私』・・・・・・か。
今、私はシャルロッテとして生きている。
・・・・・・和泉はあの時に死んだのだろう。
これはつまり、生まれ変わり・・・・・・転生というヤツなのだろうか？
しかし、乙女ゲームという架空の世界になんてそう簡単に転生出来るものなの？
・・・・・・もしかしたらここはラブリー・ヘヴンにとても良く似た世界のなのかもしれないし、実際にゲームの中なのかもしれない。それはまだ分からない。
お父さん、お母さん、お姉ちゃん、弟。そして、主任の斉川さんや職場の皆さん。
ごめんなさい。
どうやら、私は死んでしまったみたいです。
まあ、死んじゃったものはどうしようもない・・・・・・。
取り敢えず、先立つ不幸をどうかお許し下さい。
「・・・・・・シャル、本当に大丈夫？」
ルーカス・・・・・・お兄様は心配そうな眼差しを向けてくる。
しまった。
記憶の整理していた私は、お父様達がまだ部屋の中にいる事をすっかり忘れ去っていた。
「まだボーッとしてるだけだから大丈夫ですよ。お兄様」
私は必殺技【営業スマイル】を作って誤魔化す事にした。
「シャル・・・・・・？」
あれ、あれー？
何故か・・・・・・お父様やお母様、お兄様の視線が痛い。
何か間違えた？
もしかして、営業スマイルじゃなくてドヤ顔的な表情になってたりした(汗)？
コホンと軽く咳払いをした私は、改めてニッコリ笑って誤魔化した。
「まだ酔っているみたいだ・・・・・・。もう少し休ませてあげよう」
お父様は苦笑いを浮かべながら、お母様とお兄様を連れて部屋から出て行った。
それを見届けた私は・・・・・・
大きな溜息を吐いてベッドに転がった。
ボーッとしたまま高い天井に向かって両手を伸ばすと、ほっそりとした小さな手が映った。
小さな子供の手である。
本当に【シャルロッテ】になっちゃったんだ・・・・・・。
今の私の頭の中は、12歳までのシャルロッテの記憶と天羽 和泉の記憶がごちゃ混ぜになっている状態だ。
グルグルするし、頭は痛いし、吐きそう・・・・・・って、これは二日酔いか。
自分の中に二人の人間が同居している感覚。
公爵令嬢として育てられた品行方正なシャルロッテと、気ままなお一人様な和泉・・・・・・。
外見は12歳なのに、中身は27歳。
・・・・・・どこかの探偵みたい。年は違うけれども。
過ぎた事はしょうがないと思いつつ、和泉としての人生を悔やむ自分がいる。
あの時にトイレに行っていなければ・・・・・・、さっさと逃げていれば・・・・・・って。
あー！！
もう止め止め！
私は頬を両手でパチンと軽く叩き、浮き沈みする気持ちを叱咤した。
それよりも私はこれからのことを考えなければいけないのだ。
悪役令嬢への道を回避出来なければ、首斬り処刑か追放により確実に死ぬ。
悪役令嬢ではあるが、せっかく可愛い女の子に生まれ変わったのだから死にたくはない。
覚えている範囲で状況整理をしてみよう。
