ダンジョン①-4
何で次から次に出てくるかな・・・。
クリス様もハワードも、お兄様が学院に入ってから私と関わりが出来るんじゃなかったのか!
私は深い溜息を吐いた。
溜息を吐くと、幸せが逃げるって言うのに・・・
今日だけで何回溜息を吐いた?私は後、何回溜息を吐けば良い・・・?
クリス様の迎えに来たと言うハワード。
分かる。クリス様の立場を考えれば当たり前なのだとは分かるよ?
ただ、何故それがハワードなのだ。
他の人だって良いはずだ。
だってさ・・・。
「ルーカス!久し振り!!」
こうなるよね?
公爵家と侯爵家の嫡男同士だもん。当然お知り合いですよねぇ・・・。
私の真横で握手を交わすお兄様とハワード。
ああ、空気になりたい・・・。
私は空気。私は空気・・・・・・。
気配を消しかけた所で・・・ハワードと目が合った。
「あれ?こっちの女の子は、もしかしてルーカスの妹かな?」
そうなりますよねぇ・・・。
「ルーカスお兄様のお友達ですか?妹のシャルロッテ・アヴィと申します。兄がいつもお世話になっております」
フッと小さな溜息を逃がした私は、直ぐに公爵令嬢の顔で微笑みながら淑女の礼をする。
お兄様の真横に居るんだから、挨拶しない訳にはいかないよねぇ・・・。
やっぱり、さっさとダンジョンの中に戻れば良かった。それでやり過ごしていたら・・・・・・。
『たら』『れば』と、後悔が次から次へと押し寄せて来る。
次こそは即断即決せねば。
「貴女がシャルロッテ嬢ですか。兄君のルーカスからお噂は聞いております。私はハワード・オデットです。お見知りおきを」
ハワードは私の手を取り、その手に軽く口付けをしながら騎士の礼を取った。
ぞわっと鳥肌が立ちそうになるのを・・・堪える。
ゲームの中のハワードは嫌いではなかった。
しかし、今の私は攻略対象者を目の前にすると、必然的に断罪ルートを想像して・・・足が竦んでしまいそうになるのだ。
「噂ですか?お兄様は私の悪口でも仰ってたのかしら」
フフッと手を頬に当てながら可憐さを装う。
お兄様・・・どうして私の噂なんてしてるの。
悪い予感しかしないじゃないか。
「いえ。兄君のお噂通り可愛らしいお方ですね」
型通りのお世辞。
この世界の男性は息をする様にお世辞を吐く。
それが分かっている私は・・・ましてやハワードに言われたら本気になんてしない。
「お兄様はお目が悪くていらっしゃるの」
私はそう言ってたおやかな令嬢の如く微笑んでおいた。
ハワードはただの可愛いだけの女性に興味はない。
だからこそ、私は三重にも四重にも令嬢スマイルを重ねているのだ。
こうしていれば、そうそうにハワードの興味は私から無くなる。
手の甲への流れる様なキスの仕方といい、所作や身のこなしといい・・・《筋肉ワンコ》の面影が今の所は見当たらない。只の爽やかイケメン(仮)といった印象かな。
クリス様の方が断然犬っぽいよねぇ。
流石は、騎士団長の息子と言った所か。
これまでの対応は100点に近い。
普通の令嬢なら色々と勘違いしてもおかしくないだろうな。騎士職は人気だし。
クリス様やお兄様の様なタイプのイケメンではないが、ハワードだって顔は整っている方だし、逞しく、表面上は爽やかだ。将来の騎士団長候補だし、お買い得だよね。
私は要らないけど。
ハワードは私の狙い通りに早々に興味を失ってくれたのが丸分かりだった。私との会話を終わらせたくてウズウズしている。
よし。予期せずにハワードに出会ってしまったが、この分なら何事も無く終わりそうだ・・・・・・。
そう思ってたのに・・・
「シャルは可愛いだろう!」
そう口を挟んできたのはお兄様ではない。
「ク、クリス様?」
せっかく私から興味が無くなったのだから余計な事を言わないでよ!?
「シャルは可愛らしいだけでなく、凄く強くて格好良いんだ!」
あ、馬鹿!!
ハワードの目がキラリと光ったじゃないか!
《筋肉ワンコ》は『強い』というキーワードに反応するのだ。
ゲームの面影を感じなかったハワードだが、このキーワードに反応するのは変わっていないらしい。
「・・・強い?シャルロッテ嬢が?・・・こんな普通の令嬢なのに?」
ほらー・・・私に無関心だったハワードの目が、挑む様な目付きに変わってしまったじゃないか!
「シャルロッテ嬢の炎の魔術は凄まじかったぞ!!」
「へぇー?」
そんなに顔を高揚させて言わないで。
ハワードの顔が怖い・・・。何か・・・ギラギラし出したよ!?
もう・・・お願いだから、誰かこの馬鹿を止めて下さい。
口を塞ぎたいのに、王族だから不敬になると言う理由で実行出来ないもどかしさ・・・。
いっその事・・・眠らせてしまおうか?
過激な思考が浮かび始めた時。
「クリス。もう出発しないと今日中に戻れなくなるんじゃないの?」
横に立っていたお兄様が、自然な感じで滑り込む様に私の前に立ち、その背中でハワードからの視線を遮ってくれた。
救世主!!
「あ、ああ。もうそんな時間か。」
頷いたクリス様は、手振りでハワードを含む騎士達に指示を出し始めた。
帰宅の準備を終えたクリス様は、
「今日は世話になったな。また次も宜しく頼む」
そう言って私達に向かって手を振りながら、騎士達を伴って王都へ帰って行った。
やっと帰った・・・・・・・・・。
お見送りの時にハワードがずっとこちらを見ていたのはギラついた視線で分かっていた。
私は知りませんよー。見てませんよー。なんて誤魔化せないよね・・・。
あー・・・。胃が痛い。
クリス様め・・・余計な事を。
胃の辺りを押さえる私をお兄様が労る様に撫でてくれる。
「シャル、お疲れ様」
「約束・・・忘れないで下さいよ?」
私はお兄様にギュッと抱き付いて甘えた。
疲れた。・・・・・・凄く疲れた。
次から次ぎに問題が出てくる。
こんな時にお酒が飲めたら良いのになぁ。
12歳という年齢なのが恨めしい。
お酒を飲んでパーっと気分転換したいー。
記憶がなくなるまで飲んで全てを忘れてしまいたい・・・・・・。
こうして長い、長い1日がようやく終わりを告げたのだった。
 




