新天地~勢いは大事
「コンコーン。入ってますかー?」
出入口の塞がれた洞窟を片手でノックする様に叩いた。
「もしもーし。カトリーナ様はこの中にいらっしゃいますかー?いらっしゃいましたら返事をして下さーい」
もう一度、洞窟を叩きながら声を掛けてみたが……返事は無かった。
もしかしたら、洞窟の中と外とを隔ててる分厚い石壁が私の声を通していないのかもしれない。
うん。それは有り得る。十分に考えられる案件だ。
それならば、きちんと聞こえる様に声のボリュームをもっと上げてみようじゃないか!!
「もーーし、もーーし!!聞こえてま――――い”だっ!!」
「あなたは馬鹿なの!?」
「ふぉおおお……!」
私は眉間を押えながらその場にうずくまった。
何故ならば、飛んできた金糸雀の嘴で眉間を突かれたからである。
「もー!痛いよー!」
眉間を擦りながら涙目で睨むと、逆に金糸雀に睨み付けられた。
「あなたがとてつもないお馬鹿さんだからよ!自信満々そうだったから任せたのに……こんな作戦もへったくれもない、正面突破ってどういう事なのよ!?」
「だって-、カトリーナ様を騙したくなくなっちゃったんだもーん」
「『騙したくなくなっちゃったんだもーん』……じゃないわよ!こんなの無策以外の何ものでもないじゃない!正面突破してどうにかなるなら、とっくの昔に洞窟の外に出せているでしょう!?」
うーん。まあ、金糸雀さんの指摘はごもっともです。
「娘よ。そんなに責めるではない。きっと主の頭の中には考え抜かれた策が詰っているのだろう」
「考え抜かれた策……!?……ええとー」
「お父様はいつもシャルロッテに甘すぎますわ!脳天気なこの娘は、そんなに深く考えてなんかいませんわ!」
ジトッとした視線を向けられる。
「て、テへッ?」
金糸雀さんにはもう色々と見抜かれております。
笑って誤魔化そうとすると、金糸雀が眼前に迫って来た。
「このお馬鹿、お馬鹿、お馬鹿!」
「痛っ!痛いって……!か、顔は止めて……!」
先程の勢いはないものの、連続で眉間を狙われて突かれる。
私はこれでも未婚の公爵令嬢なのだ。顔は大事なのよ!?
「あなたの規格外な魔術なら治せるでしょう!?」
「えぇぇー!?」
そういう問題じゃないよね!?
「金糸雀!……ちょっと落ち着いて。このままだと本当にシャルの顔が血だらけになっちゃうよ!」
バサバサと羽を広げながら興奮する金糸雀を彼方が捕まえた。
「彼方ー!」
「離しなさいよ!」
「取り敢えず、シャルの話を聞こうよ!」
暴れる金糸雀を抑えながら彼方が言う。
彼方は私の救世主だ!きゃー!聖女様ー!!
「《《それ》》は、話を聞いてからでも遅くないと思うよ?」
……って、あれ?何気に彼方さんも酷くないですか?
「……彼方がそう言うなら、今は我慢してあげるわ」
「うん。ちょっとの辛抱だよ」
にこやかに微笑む彼方に向かって、金糸雀は小さな溜息を吐いた。
「それで、どうしてこんな方法を選んだの?」
両手の上に金糸雀をちょこんと乗せた彼方が、こちらを振り向いた。
私を救ってくれる側だと思っていた彼方が、寝返った……だと!?
金糸雀さんの目がギラギラしていて怖いのですが……。
だ、誰か、助け…………!
「セイレーヌ!アーロン様!」
二人に縋るように視線を向けたが――――
「あらあら。子供達は元気ねぇ」
「ああ、楽しそうで良いな」
二人は私達の様子を微笑ましそうに見ていた。
……駄目だ。オカンとオトン状態になっている二人は絶対に私を助けてはくれない。
くっ……!で、でも、私には――――サイがいる!
「主よ。早く、策を話してくれないか?」
サイはキラキラとした眼差しで私を見上げていた。
――チーン。
ご愁傷様です。
私の人生は短かったな……。
っていうか、私の周りが敵ばっかりってどういう事!?
泣ける……泣きそうだよぉ……。
「クスクスッ」
不意に聞こえてきた笑い声に、私は顔を上げた。
――今の声は誰のもの?
とても小さい笑い声だったが、私の知っている声じゃない。
これでも声の聞き分けには自信がある。
前世で声優さんが大好きだった私は、声を聞いただけで誰かを聞き分ける能力があったのだ……!――って、今はそんな事は関係ないか。
声の聞こえた方に視線を向けると……海と大地を表している様な綺麗な色の瞳と目が合った。
「…………」
「…………」
お互いに見つめ合う事、数十秒。
この一種の膠着状態ともいえる状況を崩したのは……
「カトリーナ!」
セイレーヌの一声だった。
よくよく見れば、少女は洞窟の間から顔を覗かせていたのだ。
……『カトリーナ』って、あの子が女神カトリーナなの!?
酷く驚いた様子の少女は、足下まで伸びた緩やかなウエーブの白金色を翻して、洞窟内に逃げ込もうとしている。
「あっ!……『ストップ』!!」
咄嗟に右手を掲げ、その手に魔力を込めた。
すると、私の言葉に反応するかの様に少女の動きがピタリと止まった。
私の魔術が少女の動きを止めてくれたのだ。
……間に合った。
流石は私の魔術さん。頼りになります!
「カトリーナ!」
ホッと安堵の溜息を吐いている私の両脇を二人の男女か走り抜けて行く。
それは勿論、セイレーヌとアーロンである。
二人は『カトリーナ』と呼んだ少女の両腕を掴むと、半分だけ洞窟の中にあった彼女の身体を外へと完全に引きずり出した。
この、《《少女》》と呼んでも不自然じゃない子が……女神カトリーナ……?
私はまじまじと女神カトリーナを見つめた。
女神カトリーナは、まだ私の魔術が効いているのか、気まずそうに唇を噛み締めながら、セイレーヌに両肩を掴まれたままになっている。
アーロンは、カトリーナがまた洞窟の中に逃げ込まない様に、入口を完全に塞いでいるところだ。
――えーと。取り敢えずは、作戦成功??
本当は、女神カトリーナが出て来てくれるまで、説得をし続けようと思ったのだけど、まさかその前に出て来てくれるとは……。
やっぱり勢いって大事だよね!
「…………」
金糸雀のジトッとした視線が後頭部に刺さっている気がするが……気にしない!
気にしたらまた突かれる……っ!!
「ここだと話し辛いので……移動しませんか?」
私は眉間を隠しながら提案をした。