新天地~閑話ー過去の断罪ー
――シャルロッテが深い眠りに落ちた深夜。
金糸雀とサイオン、ラーゴとリラの四人はとある部屋に集まっていた。
「子を殺された竜の話は噂で聞いた事がありましたが……あなた達だったのですね」
「……ええ。私達の一番目の子は……とある神によって悪戯に殺されました」
金糸雀の問い掛けにリラは唇を震わせながら応えた。
平静を取り戻した金糸雀の口調は元の丁寧なものに戻っている。
「妻が温めていた卵を強引に取り上げると、躊躇する事もなく……卵を粉々に砕いて見せたのです。頑丈な竜の卵であっても神の力の前では一溜まりもありませんでした。ほんの一瞬の事に為す術もなく……私達は暫くの間、あの子の死を受け入れる事が出来ませんでした……。もう少しで自ら殻を割って出てくる頃だったというのに……!」
ラーゴは唇を噛み締めながら両手の握り拳を振るわせた。
「……神だからといって、私達を貶めて良い理由なんかない……!!」
「あなた……」
リラはラーゴに寄り添った。
「女神カトリーナの招集に応じなかった――何もしなかった一番の理由はそれだな?」
「……っ!……すみません」
「いや、私に謝る必要はない。カトリーナに恨みはないとはいえ、そんな事があった後ならば……同じ神に思うところがあってもおかしくはないだろう」
「……後悔しました。私は罪の無いカトリーナ様を裏切ってしまったから……」
「それが普通の感情だ。私なら間違いなく無視する」
サイオンは瞳を細めた。
――酷い話である。
それ故に、主であるシャルロッテの耳には入れたくなかった。
だからこそ、主がいない場でこの話を切り出した。
奴は、この世界を創った神を貶めたかったらしいからな。
竜の子を残酷に殺し、この世界に戦争でも仕掛けたかったのかもしれないが――我が妻が殺された事により計画が狂ったのだろう。
主は他人の気持ちを自分の事の様に考える。
この話を聞いた主が、怒り悲しむ姿は容易に想像出来た。
――ましてやこの話は過去の話だ。
「お前達の子を悪戯に殺した神の名は――『シモーネ』だな?」
「な……っ!?魔王がどうしてその神の名を知って……!?」
「今はこんな小鳥の姿ですけど……私は【叡智の悪魔】と言われた魔王の子供ですわよ?情報は幾らでも手に入りますもの」
金糸雀は瞳を細めながらコテンと首を傾げた。
そんな金糸雀をラーゴとリラは驚いた様な顔で見た後に、お互いに視線を交わしてから、大きく頷いた。
「そうです……。私達の子を殺したのは……シモーネです」
普段の穏やかで優しげなラーゴとリラの二人からは、想像もつかない程の殺気が溢れ出ている。
――流石にこんな殺気がダダ漏れでは、主が起きてしまうかもしれないな。
「……落ち着け。子供達が起きる」
サイオンは溜息を吐いた。
「すみません……」
「謝る必要はない。大切な者を殺されたら冷静でなんていられないからな」
――自らの手で何度殺してやったとしても全然足りない。殺すだけだなんていう生温い事は絶対にしない。先ずは同じ目に合わせてから、死に行く恐怖を存分に味あわせ、ジワリジワリと精神を奪う。
「奴に復讐したいと思うか?」
「勿論です!しかし……呪われた私の身ではもう神殺しは出来ない。……妻には絶対にさせたくもない。大罪を被らせたくはないのです……」
「……あなた。私の事は……!」
「駄目だ……。レオの事もあるんだ。だから絶対に駄目だ!!」
ラーゴはリラに言い聞かせるかの様に、しっかりと視線を合わせながら告げる。
――『神殺し』は大罪だ。
輪廻から外され、生まれ代わる事が出来なくなる時もあるが……何よりも一番恐ろしいのは神達からの復讐である。強大な力を持つ神には、並大抵の力では太刀打ち出来ない。それは竜達であっても、だ。
ましてやラーゴはその身に呪いを受けているのだから、神達に何か出来るはずもない。
神アーロンと女神セイレーヌの力を借りて復讐を果たした主とは、また状況が違う――。
「ふむ。……良い知らせになるか分からんが、シモーネは、今まで犯してきた罪により永遠の断罪をされている最中だ」
「……永遠の断罪?」
「誰かが……神に仇なしたとでも?」
「ああ。本来ならばお前が自分の手で、どうにかしてやりたかっただろうが……、な」
「一体……一体、それは誰が……!」
「我が主であるシャルロッテだ」
「愛し子が?愛し子が神殺しなんて……どうして!?」
ラーゴとリラは瞳を見開いたまま呆然とサイオンを見ている。
「ふむ……。主のプライバシーになるが……どうしようか?娘よ」
「今のシャルロッテなら気にしないと思いますわよ?」
「そうか?ふむ……まあ、そうだな」
微笑む金糸雀に向かって、うんうんと大きく頷いたサイオンは――そのまま昔話を始めた。
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「愛し子にそんな過去が……」
「あの神は、やはりとんでもない奴だったのですね……」
リラとラーゴは憤然としながら苛立っていた。
サイオンと金糸雀は『愛し子シャルロッテ』の全てを二人に語った。
「過去にはもう戻れないし、あの時のお前達の子は永遠に戻って来ないだろう。だが……我が主は、【生きる事も死ぬ事も許さない。精神を病んで逃げる道も作らせない】という復讐を奴に実行した」
「そう。なかなかに残酷な復讐だと思いますわ。誰も手を出せない様に封印をしたけど、シャルロッテにお願いすればその様子を見せてくれるんじゃないかしら?同じ復讐相手のよしみで」
「いえ、それは……」
――まあ、頼みにくいだろうがな。
我が娘ながら……辛辣な物言いをする。
だが、それだけ主を好んでいるからに他ならない。
「…………そうですか。……愛し子があの神に復讐を……。それだけでも凄い事なのに、罪深い私まで救ってくれようとするなんて……」
「あの子は……そういう子なのよ」
金糸雀は苦笑いを浮かべた。
――お節介で優しくて、情に厚い。
私や娘達もそんな主に救われてきた。
「うむ。これから女神カトリーナの元に向かうが……この件は、出来るだけ秘密にして欲しい。主が悲しむ顔はあまり見たくない。――そこに隠れている竜の子もよろしく頼むぞ?」
サイオンは瞳を細めながら、いつの間にかうっすらと開いていたドアの方を見た。
「レオ!?」
話に集中するあまりに、いつの間にか息子が覗いていた事にも気付いてなかったリラとラーゴが慌ててソファーから立ち上がった。
「いつから聞いていたの?」
「ええと……殺気がしたから心配で……」
リラに部屋の中に連れて来られたレオは、バツが悪そうな顔をしながらそれを誤魔化す様に無理矢理に笑った。
――主は気付かなかったみたいだが、竜の子なら自分の親の殺気くらい簡単に気付くだろう。
「いや、黙っていてもらえるなら問題無い」
「分かった、黙ってるよ!」
リラとラーゴの二人に挟まれた形で座ったレオは大きく手を挙げた。
「うむ、約束だぞ」
「破ったら……突くわよ?」
「い、痛いのは嫌だーー!」
あははと部屋の中には笑い声が溢れた。
――とても深刻な話をしていたはずなのに、主が絡むと明るい話に変わるのが不思議である。
主が先に復讐をしていたとはいえ……この家族にとって、大切な命が一つ失われてしまった事に変わりはないし、これからもずっと忘れられる事でもない。
少しでも気持ちの整理がつけば良いが……無理だろうな。
ぽっかり空いた穴は簡単には塞がらない。
娘や息子達と楽しく暮らしていても――――ふと思う。
――カーミラ。
私はお前と一緒にずっと生きたかった。
子供達の成長を一緒に見届けたかった。それを喜びとして分かち合いたかった。
私が犯した最大の罪は、お前の吐いた悲しい嘘を見抜けなかった事だ。
何が全知全能の魔王か……愛しい妻の最期の嘘にも気付かなかったくせに。
――私はそんなに遠くない未来に死を迎えるだろう。
……無事に妻の元に行けると良いが。
その時を夢見て――妻に土産話を沢山持って行けるように、私は日々を生きて行く。子供達と一緒に……。
――これがお前が残した私への優しい断罪なのかもしれない。