新天地~報連相
『珍しく早めに連絡が来たと思ったら……また余計な事に首を突っ込んだね』
我が家の魔王様……コホン。ルーカスお兄様が苦笑いを浮かべた。
私の方にある元ブラックボックスことすまほと、お兄様の元に置いてきたロッテがリンクすると――――あら不思議。
私とお兄様はお互いの顔を見ながらの会話……つまりTV電話可能になる。
通話のみも可能だが、お兄様にはこうしてしっかりと私の顔を見せなければならない。お兄様は私の表情を見るだけで思考を読み取れるので、隠し事は不可能である……。
TV電話を拒否しようものならば、いつでもこちらへ突撃してき兼ねないので、私は素直にお兄様の言う通りにしている。
(今日もありがとう!ロッテ!)
心の中でそうお礼を言えば、『ご主人様に会えるので私も嬉しいです!』という声が返って来た。
うーん。以心伝心!ロッテはいつも良い子だね!
『……ゴ主人様』
ロッテを褒めていると、すまほから寂しそうな声が聞こえてきた。
おっと、シャーリーの事も忘れてないよ!
「いつもありがとう!良い子、良い子」
私はすまほを何度も撫でた。
『エヘヘ』という嬉しそうな声がしたので、シャーリーのご機嫌も治ったようだ。
ウチの子達はいつも可愛い!!
『それで、シャルの計画は?』
もはや定時連絡時の恒例となったの私達のやり取りを黙って見守っていたお兄様が、絶妙なタイミングで本題を再開させた。
……あれ?どうやら今日は機嫌が良いらしい。
私は思わずジッとお兄様の顔を見つめた。
いつもならば、チクリと何か一言あるのだが……今日はそれがなかった。
少し疲れた様な顔をしているが、身に纏う雰囲気に尖ったモノは感じられない。
まさか何か悪い物を食べたんじゃ……はっ!アイスクリームの食べ過ぎ!?
『……シャル。先にお話した方が良いかな?』
スッと瞳を細めたお兄様の背後に般若面が見えた気がした。
ひぃぃぃ……!
「す、すみません!調子に乗りました!!」
私は直ぐに頭を下げて謝った。
黒い威圧感がジワリジワリと私を圧迫しているのをひしひしと肌で感じる。
これ以上、お兄様のご機嫌を損ねたら取り返しのつかないアカン事になる。
『全く……。今回は報告じゃなくて、ちゃんと相談もしてきたから優しくしてみれば……シャルにはいつも通りの対応の方が――』
「いえ!!お、お兄様の寛大なお心に、私は涙が出そうです……!お兄様、大好きです!」
『……誤魔化したね?』
「そんな事はありません!心からの本心です!大好きです!!」
『ふーん』
瞳を細めた笑顔のお兄様と見つめ合う事――――数分。
ニコニコ笑顔のお兄様とは対照的に、私の笑顔は引きつり、背中には冷や汗が伝っている。
私の豆腐メンタルはそろそろ限界を迎えそうである。
うぅっ……頬もピクピクとつりそうだ。
「あ、ええと……計画!そう……!計画でしたね!」
精神的にも、自分の表情筋にも限界を感じた私は、この微妙な空気を変える為にパンッと少し大袈裟に両手を合せた。
シャルロッテは必殺チート【力業で押し切る】を使用した!!
お兄様の瞳が更に細くなった気がしたが、私は気付いていない。
気付いていないったら、気付いていない……!
「取り敢えず、セイレーヌに連絡を取ろうと思います!」
まあ……私の無駄な悪あがきは、全てお兄様にバレているのだけれど……。
『大丈夫なの?』
「へ?ああ、ええと……セイレーヌなら私の話を聞いてくれますので、天上世界に連れて行ってくれるはずです!」
『違う。天上世界に簡単に行けるだろうけど……カトリーナ様を説得出来る自信はあるの?』
ふと、お兄様の表情が気遣わしいものに変わった。
心配性のお兄様は、今回も私をしっかりと心配してくれているのだ。
お兄様と一緒なら今回も大丈夫!何があっても頑張れる!――と、そう思ったのに。
『相談してくれて嬉しいんだけど、僕は今回シャルと一緒に行けそうにないんだよね』
……え?
私の中の時が一瞬止まった。
一緒に行けない?
――お兄様はそう言ったの?
「そうなのですか?」
『ごめん。本当にごめん……』
「いえ、お兄様もお忙しいのですから仕方ないです」
私は笑顔でそう返したが……本当は心細くて堪らなかった。
『……チッ。僕が一緒に行けたらシャルにそんな顔をさせなかったのに……!あー……もう!父様のせいで……!!』
お兄様らしからぬチッという舌打ちと荒げられた声。
――珍しい事もあるものだ。
私は思わず何度も瞳を瞬かせた。
「……お父様がまた何かをしたのですか?」
『うん』
ニッコリ笑いながら頷いたお兄様の瞳は全く笑っていないし、この件をこれ以上詳しく説明してくれる気もないらしい。
お兄様をここまで苛立たせるなんて……お父様は一体何をやらかしたのか。
息子さんが【氷の貴公子】になっちゃってますよ?
冷え冷えのキンキンですよ?
「……特別なチョコレートを送りますか?」
特別なチョコレートと言えば、ハズレだらけのロシアンチョコである。
『んー、それは大丈夫かな』
「そうですか……」
……残念。
お兄様の心が晴れるように、以前の改良型を作ろうと思ったのに……。
『いや……やっぱり、シャルがこっちに戻ってきたらお願いしようかな』
「分かりました!いつもより更に特別なチョコレートを用意しますね」
『うん。やっちゃって』
おっと……!後継者からの『やっちゃって』入りました!!
凄いのを張り切って作っちゃうよ!?現当主覚悟……!!
『絶対に無茶をしない様に。僕が一緒じゃないんだから気を付けてよ』
「分かっています。サイも金糸雀もいますから大丈夫です!」
『うん。そこは心配していない』
「それに、ちゃんと事前調査は抜かりなくやりますから!」
『事前調査って?』
「ふっふっふー。相手の好きな物と嫌いな物調査です!これをやるのとやらないのとでは違いますよね!」
『「「あー…………」」』
……え?
声が三人分重なって聞こえた。
一人分はTV電話の中で笑っているお兄様で……残り二人分は私の横に並んで座っていたサイと金糸雀だった。
二人共何とも言えない顔で笑っている。
「どうしたの?」
「いや、私達の時もそうだったのだな……と思ったのだ。主よ」
「そうね。お父様の時も聞かれたもの。そう考えると、私の時もかしら?」
……私は変な事を言っただろうか?
「確かにサイの時は聞いたよね。でも、金糸雀の時は単に情報収集だった様な……?」
相手の嗜好等の情報収集は交渉の基本じゃないか。それを知っているかどうかで対応が変わるのだから。
「……魔族が言うのもなんだけど、あの子の情報収集と活用法は悪人のものですわよね?」
「主は無邪気だからな……。娘よ」
『それがシャルの良い所だよ』
おい、こらー!!私を置いてヒソヒソ話をするんじゃない!
「もー!」
プーッと両頬を膨らませた。
私、間違ってないよね!?
『シャル』
「……何ですか?」
投げやりな気分でお兄様を見ると――
『絶対に無事に帰って来て。危なくなったら逃げる事。サイ、金糸雀頼んだよ』
予想外な事にお兄様はとても真剣な顔をしていた。
「……はい。分かりました」
お兄様の迫力に圧された私は、膨れていた事なんてすっかり忘れて、素直にそう答えた。
「任された。主の兄よ」
「安心しなさい。思いっきり突いて止めるから!」
サイと金糸雀もそう言いながら大きく頷いた。
『よろしく。あ、僕の代わりに一緒に行ける人をそっちに送るから、行くのはそれからにしてね?』
「お兄様の代わりですか?」
『うん』
「誰ですが?」
『まだ内緒。楽しみにしててよ』
「……分かりました」
誰だろう?
ミラ?……まさかリカルド様?
まさかね。リカルド様もお兄様と一緒で今はとても忙しいと聞いていた。
お兄様が選ぶのだから頼りになる人のはずだ。
……ハワードじゃない事だけ祈ろう。
『じゃあ、また』
「はい。お兄様、お休みなさい」
『お休み』
難関であったお兄様への相談と報告は、意外な方向に進んで終了した。
明日はセイレーヌに連絡を取ろう。そしてこれからの事を話さないと……。
「ふわぁ……っ」
思ったよりも私は疲れていたらしい。
ベッドに潜り込んで瞳を閉じると……直ぐに意識は途切れた――――。