新天地~竜のねぐら➀
『長いトンネルを抜けると雪国であった』
有名な小説にこんな一文があるが……。
道化の鏡をすり抜けた先には―――――
「わぁーーー!!」
興奮した私は思わず叫んでしまった。
雲一つ無い真っ青な空。
所々に立ち上る白い煙……。
白い煙の立ち上る水辺でゆっくりと大きな身体を休めている無数の竜達。
その手元にあるのは…………まさか!?
私のテンションは到着した早々、最高潮を迎えていた。
「うわぁーー!うわぁーーーー!!」
驚きすぎると人間は語彙力を無くし、退化するのです!
語彙力が完全に抜け落ちた今、この胸の高鳴りを表現する為には叫ぶしかないのだ。
「……嬉しいのは分かったから落ち着きなさい」
「ふむ。ここは我が主にとっての楽園というヤツなのだろう」
……私の腕の中にいる金糸雀とサイに逆に問いたい。
どうしてそんなに二人は冷静でいられるの!?
この状況を目の前にして!!……と。
「まあ、私は【叡智の魔女】だから。ある程度の知識はね」
「私は来た事があるからな」
な、なんだって…………!?
長生きの魔王はともかく、金糸雀まで…………。
もしかして、私が疎かっただけ…………?
「私も充分に驚いてはいるわよ?ただ、あなたが興奮しているから逆に冷静になれているだけよ」
「……な!?」
だって、今まではそれどころじゃなかったんだもん!!
ライス島や神界には行った事があるが、基本的には国内から出た事がなかった。
だってお嬢様だもーん!!
と、開き直って(?)みる。
とにかく…………
「うわぁーーー!うわぁーーー!!」
私は心のままに叫び続ける事にした。
だって、予想以上に凄いんだもん!
それに、何も考え無しで叫び続けているわけではない。
こうして叫んでいるだけでも冷静になれるんだからね!?
そんなこんなで、気の向くままに叫んでいたら……理性さんがヒョッコリと帰ってきたので、もうちょっと周りの状況を冷静に見てみようと思う。
道化の鏡を抜けた先に待ち受けていたのは、ゆっくりのんびりと温泉に浸かっているたくさんの竜達の姿であった。
彼等の手の中にあったのは…………大きな徳利。
人間サイズで言えば、大人がスッポリと入ってしまいそうな壺だろうか。
彼等は温泉に浸かりながら徳利を傾けたり、長い舌を伸ばしたりして中に入っている物を飲んでいるのだ。
あれがルオイラー理事長の言っていたお酒だよね!?
うわー!良いな!私も飲みたい…………!!
しかも温泉に浸かりながらお酒とは……何とも羨ましい…………!
羨ましすぎる!!
竜が温泉好きだったとは……!
今までそんな事を考えた事もなかった。新たな発見である。
彼等は自分達よりも小さい私達にそんなに興味がないのか、私が今まで叫び続けていてもチラリとこちらを見るが、何処吹く風といった感じでそんなに気にしていない様に見える。
「ねえ、今更だけど……ここってどこ?」
「なあに?遂に頭の中が壊れたのー?」
「ちがーう!この場所の事!!ここは、竜の国のどの場所に当たるのかなって」
「ああ、なるほど。興奮しすぎておかしくなったのだとばかり思っていたわ」
……金糸雀の中の私って……?
金糸雀さんとは一度、きちんとお話をしなければいけないかもしれない。
「主よ。ここは【竜のねぐら】だ。だから皆はここまで寛いでいるのだ」
【竜のねぐら】……つまりは竜の寝室?
「それって、部外者が入ったらまずいんじゃないの?」
素朴な疑問を口にしてみた。
プライベートな空間に突如として現れた人間――――
「普通ならば殺されても文句は言えないだろうな。主よ」
「殺……!?」
思わず瞳を見開いてしまった。
クラウンのヤツ……。
またしても空気を読まずに、適当な場所に送り込みやがったな……!?
絶対にお仕置きしてやる。
だいたいアイツはいつもこうだ!!
ふっふっふー……何が良いかなぁ……。
「……落ち着きなさい。あの子も何か考えがあっての事だと思うわよ」
「へえー?どんな?」
私の瞳がスッと細くなる。
「え?……ええと、ああ。ほら、あの赤い屋根のお城が目的地じゃない?近くまで送ってくれたのよ!」
「だったらあそこに送ってくれたら良かったんだよね?」
「ええ……まあ、そうよね」
私にしては珍しく正論で金糸雀を追い詰めていた。
金糸雀が弟をフォローしたくなる気持ちは分からないでもないが……
「主よ……落ち着け。目が怖い。私は普通ならばと言っただろう?」
サイが苦笑いを浮かべながら首を傾げた。
「竜達も主が【赤い星の贈り人】なのを感じる事が出来る。私と同じだ。だから大丈夫だ」
「それは……魔王が赤い星の贈り人を害してはいけないと同じ様に、竜達も手が出せないという事?」
「ああ、そうだ。寧ろ竜達は好意的だと思うぞ。主よ」
「へ?……それはどうして……」
サイに理由を尋ねようとした時――――
脇の茂みの方から私達の目の前にサッと子供が出て来た。
そして……
「あーーー!!愛し子だ!!」
金色の大きな瞳をキラキラと輝かせながらこちらを指差しながら叫んだ。




