新天地~竜の地へ③
お兄様からの返事は…………
『気を付けて行ってらっしゃーい。お土産よろしくー』
という、なんとも軽いものだった。
私のあのドキドキを返して……。
現在、オーブンであるシャーリーを経由したTV電話状態で私達は会話をしている。
しかし、それにしても珍しい。
初めて訪れる地へ行くというのに、心配性のお兄様が付いて来ないとは。
逆に私の方が『え……?良いの……?』と、挙動不審になってしまいそうだ。
一緒に来るなら来るで魔王様の顔色を気にしなければならないので大変なのだが、付いて来ないとなると……不安と寂しい気持ちが湧いて来るから不思議なものだ。
まさか、これが狙い!?
なーんて……いや、まさかね……?
オーブン越しに、いつもの様にニコニコと微笑んでいるお兄様からは真意が読み取りにくい……。
『出立する際にはすまほを持っていく事。そして、通信用にロッテを僕に預ける事ー。分かった?』
お兄様の言うすまほとは、シモーネに復讐する際に私が持っていた小さな小さな……ミラ特製の『ブラックボックス』である。
幸いな事にまだ未使用で済んでいるのだが……正直に言えば怖すぎて持ち歩きたくない。
いつブラックボックスの蓋が開くか……戦々恐々とした気持ちになるからだ。
……しかし、アレを持って行けば自由を手に入れられるのか。
よっしゃー! だったら、喜んで持って行きます!
なんだったら、異空間収納バッグの中に入れてしまえば良いのだ!
そうだ、そうだ。そうしよう!!
「かしこまりました!」
『あ、そうそう。定期連絡は三十分に一回ね』
……な・ん・だ・っ・て!?
そ、そんな三十分に一回の連絡とか……お兄様は束縛の強過ぎる彼氏か!!
それは一日に一回の定期連絡で良いんじゃないの!?
「……一日に一回になりませんかね?」
絶対に忘れてしまいそうだ。
そして常に催促のコールが……って、だったら始めからお兄様と行った方がマシだ!!
『無理。一時間おきに一回』
「いやいやいや!私の留学するのですよ?そんなに連絡出来るかそもそも分かりません!」
『お酒の為に行くくせに。……仕方無いな。朝昼晩と寝る前に一回の合計四回で……』
「乗った!!」
私はお兄様の言葉を遮った。
恐らくこれ以上の譲歩はない!
だったらここで折れてしまった方が良いに決まっている。
『連絡忘れたら…………分かるよね?』
お兄様からの圧力を受けた私は夢中で首を何度も縦に振った。
『じゃあ、くれぐれも気を付けてね?』
お兄様は満足そうに笑いながら、通信回線を切った。
むうー……誘導された感がある。
始めからお兄様は一日に四回の連絡をさせようとしていたんじゃないか?
とか……思わなくもないが……全ては後の祭りである。
そもそもお兄様に叶うわけがないのだから……これは当然の結果なのだ。
「じゃあ、ロッテはお兄様の所に行ってくれる?」
「はい。了解しましたー!」
…………あれ?
「『一緒に連れて行って下さい!』って言わないの?」
私は首を傾げた。
ロッテの事だから、絶対に『付いて来る』と言って譲らないと思ったのに……。
「そんな事しませんよ?」
「どうして……?」
「だって私ですよ?私はすまほの回線にも侵入できます!」
……な・ん・だ・っ・て!?(二回目)
「ご主人様のピンチにはあっという間に現れます!」
……これか?
お兄様が簡単に話を終えた理由は…………。
何かあったら駆け付けられるからこその余裕。
お兄様とロッテはいつの間にか結託していたのか。
……頭が痛くなってきた。
何も聞かなかった事にして、忘れてしまっても良いかな?
私は盛大な溜息を吐いた。
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後日。
「……お嬢様。行ってらっしゃいませ」
「気を付けてね?」
私と金糸雀、サイの三人は侍女のマリアンナや彼方達に見送られていた。
これから私達はクラウンの中を通って竜の国に向かうのだ。
「じゃあ、よろしくお願い致します」
「あ、ああ。任せておけ……」
目の前にいる『道化の鏡」こと……クラウンは、ビクビクと小刻みに身体を揺らしながら、胸を張った。
相変わらず私の癪に障るヤツである。
こうして知らないところに行く度にクラウンを使用するのだから、譲歩した方が良いのは分かっているが……。私にはやっぱり無理そうだ。
クラウンを通り抜ける際。
私はギュッと瞳を瞑りながら、腕の中のサイを抱き締めた――――。