新天地~竜の地へ②
「金糸雀ー!!クラウンは!?」
寮の自室に駆け戻った私は、開口一番にそう叫んだ。
「…………へっ?」
おやつのガトーショコラを突いていた金糸雀は、嘴にチョコを付けたまま呆然とこちらを見た。
「主よ。授業はどうした?」
毛繕いをしているサイは、食べ終わった所なのだろう。
「そんなの良いから!」
私は金糸雀とサイに詰め寄った。
「……ちょっと落ち着きなさい」
羽ばたいた金糸雀が私の肩の上に乗る。
「落ち着いてなんかいられないんだよ!」
「そんなに慌てて、一体何があったのよ」
「竜の国に行くの!!」
「……この子は説明する気がないようね?」
「娘よ。確か、この学院には始祖竜がいたはずだ」
「ああ……なるほど」
金糸雀は理解したとばかりに大きく頷いた。
「だって!竜達の飲んでるお酒が飲めるんだよ!?」
「……それは聞き捨てならないわね」
「でしょう!?」
私と金糸雀は大きく頷き合った。
「ええと……申し訳ありませんが、私には分かりませんので説明をして頂けますか?」
と……今まで黙って成り行きを見守っていたらしい、侍女のマリアンナが苦笑いを浮かべている
マリアンナに促されるようにソファーに腰を下ろすと、私用のカップに紅茶を注いでくれた。
「ルオイラー理事長から竜の国に誘われたのよ」
私はそれを一口分飲んでから口を開いた。
「ルオイラー理事長から……ですか?」
「そう。マリアンナはルオイラー理事長の事は知っているわよね?」
「はい。元気で明るい優しいご老人ですよね?」
……。
首を傾げるマリアンナは……この学院の生徒ではないから、間違っても呪術を掛けられる事はない。
その為に、私達が抱いているルオイラー理事長の印象とはかけ離れたものになってしまっているのは……仕方が無い事だ。
うん。マリアンナは悪くない。
しかも、ルオイラー理事長はマリアンナ達の様な侍女達には格別に優しいのだ。
……それは何故か。
おやつが貰えるからである。
子供好きで甘い物が大好きな始祖竜……それがルオイラー理事長である。
現金な…………。
「ルオイラー理事長はこの国を支える始祖竜なの」
「……え? 始祖……竜……!?」
「ああ、でも何も恐れる事はないから大丈夫」
「そ、そうなのですね」
マリアンナが目に見える位に動揺している。
「それで、私に『竜の国に行かないか?』って。留学扱いにすればいいって」
「お酒のために……ですか?」
「そう!お酒のた・め・にー!!」
私は握り拳を作って、思い切り上に向かって突き上げた。
こんなに嬉しいお誘いはない。
正直に言えば――ゲーム内には『竜の国』なんてなかったし、どんな場所なのかなんて全く想像も付かないのだが……。
お酒が呼んでいるのならば、行かないという選択肢はない!!
「だからクラウンを探しているのよ」
「なるほどね。あの子なら散歩って言ってたから、時機に帰って来るでしょう」
金糸雀はそう言って、残りのガトーショコラのある方に戻って行った。
今まではずっとアヴィ家のお父様の書斎に篭もっていたクラウンだが、最近は学院内とアヴィ家を行ったり来たりしているのだ。
今は丁度、学院に来ている所だった。
……散歩か。
早く帰って来ないと……しばく!!
「竜の国に行くのは良いが……主の兄上には言うのか?」
毛繕いを終えたサイが首を横に傾げた。
「ルーカス様に内緒で行ったら怒られますよ?」
「そうなんだよね……」
一番の問題はそれだ。
学院を卒業したお兄様は……お父様に付いて領地経営をしながら、更に王太子のクリス様の補佐をしていたりと―――何かと忙しいのだ。
うーん。……どうしようかな。
竜の国にそんなに長居をする気はないが…………行ってみないと分からない。
その時……。
チーンとオーブンが音を鳴らし、その扉が開いた。
「ふわぁぁ……」
中から欠伸をしながらロッテが出て来る。
……どんな所で寝ているの?!
旧ロッテ一号が、同じく旧ロッテ二号の中で寝ているとか……カオス?
オーブンINオーブン?
「あ、ご主人様お帰りなさーい」
『ゴ主人様ー!』
同じ学院寮で生活するようになったロッテ(ロッテ①)と、シャーリー(ロッテ➁)は仲良しだ。
「二人共ただいまー」
……仲良しなのは良い事だ。うん。
「そうだ。ロッテにお願いがあるんだ」
「私ですか?」
「そう。アヴィ家にいるお兄様と連絡が取りたいのだけど……」
「ああ、了解しました!魔王様との交信をお望みですか!」
「……『魔王様』?」
「あ……間違えました。魔王様との交信ですね……!」
あれー?
何も変わってなくない?
ていうか……本物の魔王はココに居るのに、お兄様を魔王様呼びって……ロッテ。
私はチラリとサイを見た。
サイはキョトンとした顔でこちらを見ている。
半年前――――。
私と彼方の願いが叶った際に、神アーロンにサイの……【魔王】としての存在やシステムをどうにかする事が出来ないかを尋ねた。
その答えは…………『応』。
【魔王】としての力の根源は……憎悪である。
天上世界で起こった大戦で親を失った子供の絶望。
神族の住む楽園を呪い、自ら呪詛を撒き散らす魔王なりに果てた……。
聖女である彼方の『聖なる力』でその柵を解き放つ事が可能だそうだ。
しかし、まだ聖女として未熟な彼方には難しいのだそうだ。
サイは『魔王からの解放』を願った。
残り少ない寿命を賢明に生きて……先に亡くしてしまった妻の元に逝きたいのだと願った。
魔王と神族では魂の行く先が違うのだそうだ。
金糸雀とクラウンは母の元に逝けるが……魔王の魂は全ての業を背負い堕ちる。
彼方は今、そんなサイオンの願いを叶えるべく、必死で聖女の力の解放を頑張っている。
確かに、サイにも金糸雀達にも背負うべき業はある。
しかし、それは私達も一緒だ……。
生きる為に何かを犠牲にして生きている……。
最期くらい…………幸せだって良いじゃないか。
サイに笑い掛けると、サイは私に釣られるようにして笑った。
「ご主人様ー!ルーカス様からお返事ですよー!」
……来た!
さあ、鬼が出るか……蛇が出るか……。
私はギュッと両手を握り締め、緊張しながらロッテを見た。