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私達の選択

「……私は」

「うん」

過去を思い出した怒りや悲しみ……神アーロンを前にして緊張し震える彼方の身体。

しかし、その瞳には明確な決意が宿って揺るがない。だから私は彼方の言葉を待った。


「……でも、感謝もしています。この世界に喚んでくれたあなたには。この世界には和泉さんがいたから。和泉さんは……私を必死で守ろうとしてくれた。守ってくれた。……家族でもない他人の私を」


それは……彼方が予想以上に辛い過去を背負っていたからだ。

被害者の私よりも、生きている加害者側の方が大変だった事を彼方を通じて知った。

だからといって、全ての加害者側を思いやれる程の善人ではないが。


「この世界に来て、たくさんの優しい人達と出会えて……私は少しずつだけど前を向けるようになった。生きたいってちゃんと思えるようになった。……和泉さんの様な素敵な女性になりたいと思った」

「彼方……」

「シャルの真似をするのは止めた方が良いと思うけど。どう思う?クリス」

「あー……シャルの前向きな所は……真似しても良いと思うぞ」

「突拍子も無い事をし出すかもしれないよ?」

「ま、まあー元気なら……良いか?」

「苦労するわよー?王子様」


おい、こら!

お兄様にクリス様、そして金糸雀!!

彼方が真面目に話しているのに、乱入するんじゃない!!

一気に雰囲気が砕けてしまったじゃないか!!


「ふふっ」

一瞬だけ瞳を丸くした彼方が、楽しそうに瞳を細めて笑った。


もう!……彼方が笑ってくれるなら良いけど。

私は苦笑いしながら溜息を吐いた。




みんなでひとしきり笑い合った後…………


「私の望みは……この世界で生きて行く事です」

彼方は前を向いて、ハッキリとそうアーロンに告げた。


「……記憶を消してやり直す事だって出来るよ?」

「んーん。日本には帰らない。……帰りたくない。私は……あの時に私を見捨てた人達を許せないし……例え、記憶が無くなったとしても何事もなかったかの様に一緒に過ごしたくない」

私の言葉に彼方は首を大きく横に振った。


「もし、記憶が消せるならば……それは両親にして欲しいです。私をいなかった事にして良い。だから二人の仲が良かった頃に戻して欲しい。二人は私を捨てたけど……あの時まで私達は普通の家族だったから。……二人も巻き込まれた被害者だから」

彼方はギュッと唇を噛み締めた。


……彼方の望みが分かった今。

自分の選択は間違っていなかったな……と思った。


「分かった。その望みを叶えよう」

アーロンはしっかりと頷いた。

そうして、私の方へ視線を寄越した。


だから、私はしっかりと前を向いて……

「私の願い。それは……日本での『天羽 和泉』の存在を消す事です」

ハッキリとそう告げた。


「和泉さん?!それはダメだよ!!」

隣の彼方が驚いた顔で私に縋り付いてくる。


「んーん。ダメじゃないよ。こうしてしまうのが一番良いんだ」

「そんな……!だって、和泉さんは被害者なのに……!!そんな事したら、誰にも和泉さんの事を思い出してもらえなくなるんですよ?!」

「彼方だって同じ様な事を言ったくせに」

私はふふっと笑いながら、彼方の涙を拭った。


『天羽 和泉』という存在を消してしまえば、あの事件はそれほどまでに大きな事件にはならなかった。


誰かが起こしたテロ。

犯人は分からず、怪我人は出たものの……幸いなことに死者は出なかった。


あの事件がなければ、私の両親や姉弟が悲しむ事はなかったし、彼方の両親も変わらなかった。

……私は『天羽 和泉』としてあの世界には二度と帰れないのだ。


私は、私の周りを取り巻く全ての人達の幸せを心から願っている―――。


「ダメだよ!……和泉さんは絶対にダメ!そんな選択しないで!」

「暴論だなぁ。彼方、私はちゃんと選んだんだよ。例え……私の事をみんなが忘れてしまっても、私の中に幸せな記憶は残る。私の事を忘れる事でみんなが前を向いて生きられるなら私は喜んでそうするよ」

「でも……!でも……!!!」

泣きじゃくる彼方。

彼方が私の事をこうして心配してくれるのはとても嬉しい。


「君はそれで良いの?」

お兄様は私をジッと見つめている。


記憶を取り戻して時以来……お兄様には色んな私を見られてきた。

だからこその言葉の重みを感じた。


「はい。私は決めました。私は充分に幸せです」

笑いながら大きく頷くと、お兄様にわしゃわしゃと強引に頭を撫でられた。


「わっ……!」

珍しく私を乱暴に撫でるお兄様から……絶対的な家族の愛情を感じた。

「全く……。君も大概不器用だよね」

「ふふっ。こういう性分なんですよ」

私は黙ってお兄様から撫でられるままになった。


「絶対に君を不幸にしたりしない。だよね?リカルド」

「ああ。勿論だ。シャルロッテが選択した事を後悔させない位に、僕は君を愛し続けるよ」

頭を乱暴に撫でるお兄様の手が止ったと思ったら、今度は大きな温もりに包み込まれた。

「リカルド様……」

私はリカルド様をギュッと抱き締めた。



―――大丈夫。私はこんなに幸せなんだよ?

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