神が目覚めた時
「アーロン!!」
涙声の嬉しそうなセイレーヌの声がこの場に響き渡ったと同時に、私の目元にあったリカルド様の手が離れた。
今、私の目の前には寝台に起き上がっている神アーロンの姿がある。
この人がアーロン……。
この世界や和泉と彼方がいた世界を創造した神。
私をこの世界に転生をさせ……彼方を召喚した神。
そして、和泉が命を落とし……、彼方が理不尽に虐げられる原因を作った……神。
こうしてアーロンを実際目の前にすると、とても不思議な気持ちが湧いてきた。
それは私だけでなく彼方もその様で、とても複雑そうな顔をしている。
何故、複雑そうな顔をしているのか……それは私と同じ気持ちだからかもしれない。
恨みつらみを言いたいのに……アーロンからは、母親に抱く様な心からの安心感……父親が与えてくれる様な頼もしさを感じるのだ。
『絶対的な守り神』。アーロンはここに存在しているだけでそう思わせる様なカリスマ性を感じさせられた。
これが『神』……。
シモーネ達の様な屑とは違っていた。
アーロンは泣いているセイレーヌを抱き締めながら、視線をゆっくりとさ迷わせ……私を見つけた。
「……君は」
驚いた様に丸くなった瞳が、フワッとした笑みと共に瞳が細められた。
すると、私の背後にいるリカルド様やリカルド様が一斉に緊張したのが伝わって来た。クリス様も心なしか青い顔をしている。
……笑っただけだよね?
私は内心で首を捻った。
「ええと……初めまして?」
念願のアーロンを前にして、こんな初歩的な言葉しか浮かばなかった。
「……うん。私は初めてではないけどね。我が愛し子達よ」
アーロンの視線は彼方も捉えていた。
「……え? あ、あの……こんにちは」
急に視線が向けられた彼方が動揺している。
隣にいるクリス様の服の裾をギュッと握っている。
彼方たん可愛……
「ふふっ。君達が仲良くしてくれていて嬉しいよ」
って、アーロンに微笑まし気に笑われてしまった。
……コホン。
ここで金糸雀達ならば『またやっている』『いや、いつものことだろう』と話に混じって来るのだが……サイは黙ってアーロンを見ている。
アーロンもまた何も言わずにサイを見ているだけだった。
「お久しぶりですわね。伯父様?」
そんな二人をやれやれという風に見ていた金糸雀が口を開いた。
「……アイシャも元気そうで良かった」
嬉しそうに微笑むアーロン。
「ええ。この通り自由で楽しく生活をしているわ」
金糸雀の『伯父様』という呼び方には多少の違和感を感じるが、アーロンの妹の子供である金糸雀は何も間違ってはいない。
「ああ。力を使い果たしてしまったあの時まで、私は君達をずっと見ていた」
そう言いながら私達を見渡したアーロンは、自らに抱き付いたままだったセイレーヌの耳元で何かを呟いた。
「ええ……。分かったわ」
目元の涙を拭いながらアーロンの元からセイレーヌが離れると、アーロンは寝台から降りた。
涙を拭ったセイレーヌは……あっという間に女神の顔に戻る。
そうして寝台から降りたアーロンは女神セイレーヌと頷き合うと、再び私と彼方の視線を捉えた。
「……彼方……こっちに」
アーロンの意図が読み取れた私は、シートの上に座っていた彼方を自分の方に手招きした。
「……はい」
「大丈夫。私が一緒だからね」
緊張している彼方の顔が強張っているので、私は極力柔らかい笑みを心掛けた。
「シャルロッテ……」
「シャル」
「大丈夫です」
心配しているリカルド様やお兄様にも微笑み掛ける。
……なーんて、実は私も緊張しているのだが……。
リカルド様達に背を向けた私が苦笑いを浮かべると
「……大丈夫だよ。私に和泉さんがいてくれる様に、和泉さんには私が付いてるから」
私の手を取った彼方が、上目遣いに見ながら頬を染めている。
「……ありがとう」
私はギュッと彼方の手を握り返した。
そうして私と彼方がアーロンの方へと歩み寄ると、アーロンもまたセイレーヌと共にこちらに向かって歩いて来た。
そうしてお互いに向き合う形になった後。
「……謝って済む様な簡単な話だとは思ってはいない。私のせいで君達は本来謳歌するべき人生を全うする事が出来ず……沢山の傷を負わせてしまった。これは私に全面的に非がある」
アーロンは深く頭を下げた。セイレーヌも一緒に頭を下げている。
「私は……残されたこの力とセイレーヌの力を借りて、君達の望みを叶えるつもりだ。それが……私に出来る最大限の償いと思っている。守るべき君達を守り切れずに……本当にすまなかった」
前世の……和泉の記憶を取り戻したばかりの頃の私は、私をこの世界に転生させた相手に言いたい事が色々あった。
『何で転生先が悪役令嬢なの!?』とか、『このままだとまた死ぬじゃないか!』とか……『置いてきてしまった家族へ私が幸せな事を伝えたい』……とか。
本当に様々な事を考えて……自分のおかれている状況を恨んだりもした。
しかし、常に一緒にいてくれたシャルロッテ……私のお兄様や両親。邸の使用人のみんな……出会うつもりのなかった攻略対象者達。
今まで……色々な事があったけど、みんなで乗り越えて来た。
みんなすごく優しくて、私を大切にしてくれた。(ハワードお前は違う!)
私は、この世界で沢山の数え切れないほどの幸せを貰った。
魔王とその子供と一緒に生活するなんてイレギュラーも発生したが……。
セイレーヌとシモーネ達の事を知り……アーロンも填められた被害者だと知った。
アーロンが被害者といっても、巻き込まれた私や彼方の方が更に被害者だ!
『神』なんていう通常では到底太刀打ち出来ない相手に利用されたのだから。
そんな過去があって今の《《私》》がある。
今の私は二つの世界で生を受けたからこその……自分。
そんな私が望む事は…………。
「私は……今も神……様達が許せません。だって……私達は巻き込まれただけなんですよね!?……しかも、それは私達じゃなくても良かった事だなんて……!!納得出来ない!!」
隣に立つ彼方は俯き、身体を震わせながら叫んだ。
「ああ。そう思うのが自然な事だ」
頭を上げたアーロンは、眉間にシワを寄せ辛そうな顔をしている。
「あなた達は凄く偉くて……私がこんな事を言える立場じゃない事くらい分かってる!でも……私から日常を奪った事は変わらない!優しかったお母さん……ちょっとドジなお父さん。学校の友達……。全部が……奪われた!」
「……彼方」
「痛かった……。心も身体もずっと……痛かった!! 死んでしまいたいのに死ねない自分に失望して……全てを諦めた!!」
私は彼方を抱き寄せた。
シモーネ達に復讐したって、私達の記憶が無くなりでもしない限り……この感情は一生残る。
私はある程度まで消化する事が出来たが……彼方は若い分そうはいかないだろう。
『彼方の記憶を全て消して元通りの日常を送ってもらう』
……私の望みの選択肢の一つでもある。
救いがあるといえば……彼方は《《死んでいない》》事だ。
元の世界にだって戻れる。
アーロンの創った世界なのだから、何も無かった事に戻せるだろう。
元の世界に戻すために莫大な力が要るというのなら、私は喜んで残っている力の全てをアーロンに渡したって良いと思っているのだから……。
「……私は」
「うん……何?」
私は妹の様に可愛い彼方の幸せを心から願う。




