赤い星の贈り人
『赤い星の贈り人』
お兄様には私の瞳の中には【赤い星】が見えるらしい。
この星は私が生まれた時から瞳の中にあったそうだ。
お母様譲りのアメジストの瞳の中にそんな星が見えていた記憶は無いのだが……。
と、私が思うのも当たり前の事で、《鑑定》という魔術眼を持つ一部の人間にしか【赤い星】は見えないそうだ。
勿論というか案の定というか・・・お兄様は鑑定持ちだそうです。
昨日、私が倒れた後から赤い星の縁が金色に光って見えているらしい。
これも私には全然分からないけどね。
【赤い星】とは。
この世界に生きていながら、他世界の記憶を持つ【赤い星の贈り人】の瞳のみに宿る物。
この世界に多大な影響をもたらす、聖女と並ぶ稀有な存在である。
と、召喚者とは異なる。
【聖女召喚】は、魔術師が異世界から本人の身体のまま呼び寄せる術であり、生きた人間である必要がある。(女性のみ)
元の世界に帰れない代償として、召喚者は神より莫大な力を授かる。
一方、【赤い星の贈り人】は魂や精神のみを異世界から呼び寄せられ、この世界の住人と混じる。(死者のみ)
又、贈り人を呼び寄せるのは女神の役割。別名:女神の愛し子。
この説明だけ聞くと自分がとんでもない存在に思えてくる・・・。
そんな大それた存在じゃないのに。
「君が特別な存在だって言うのは昔から知っていたんだ。でも、昨日まではそんな素振りも無かったから忘れてしまっていたけどね」
お兄様は苦笑いを浮かべる。
《特別な存在》
この言葉が胸に突き刺さったと同時に、ブワッと感情が大きく振り切れた気がした。
「何も無いならそれで良かったし・・・」
「じ、じゃあ!・・・今は!?」
お兄様の言葉を途中で遮った私は、ガシッとお兄様のシャツの胸元を両手で掴んだ。小刻みに震える両手。お兄様を見上げる瞳がジワッと潤んで来る。
「倒れる前までは、ここで12年間普通に生活をしていたシャルロッテだった!でも・・・目覚めた後に・・・思い出してしまった!今の私は・・・・・・」
「・・・シャルロッテ?」
陸に打ち上げられた魚が呼吸も出来ずハクハクと口を開けて喘ぐ様に・・・溢れ落ちる涙と、悲鳴混じりの嗚咽が出るのも構わず・・・・・・私は全てを吐き出した。
エールを口にして倒れた後に【天羽 和泉】としての記憶が戻った事。
その和泉が、今までどう生きて、どうして死んだか。
この世界が和泉が好きだったゲームの世界に酷似している事。
それによれば、一年後にこの邸の裏山にある未発掘のダンジョンから、スタンピードが発生して大量の魔物が溢れ出て来る事。
シャルロッテと執事のマイケル、そして学院にいたルーカス以外の両親を含めた邸の全員が死んでしまう事。
その後のシャルロッテとルーカスの生き死にと、ゲームの結末。
覚えている限りの全てを・・・・・・。
全てを話し終えた私は、気付けばお兄様の腕の中で泣きじゃくっていた。
「・・・不安にさせてごめん」
背中に回された手が、赤子をあやす様にトントンと一定のリズムを刻んでいる。
「そっか・・・。ずっと不安だったね。急に記憶が戻って・・・混乱したよね」
和泉の記憶を合わせれば半分以上も年下のルーカスにあやされながら私は泣き続けてた。
乙女ゲームだった世界に存在していたシャルロッテと、そのゲームプレイヤーだった和泉。
この世界はゲームではなく、私にとっては現実で・・・。
まだ1日しか経っていない和泉をシャルロッテが受け入れきれない。
同じ様に和泉もシャルロッテを受け入れきれてはいない。
『ポジティブに』を繰り返し言ってたのは・・・自分を勇気付ける為だった。
不安で心が折れない様に。泣いたりしたら、立ち直れなくなりそうで怖かった。
そして、さっきのお兄様の言葉だ・・・。
『特別』を言い訳に見捨てられたのだと思った。
仕方ないって距離を置かれたのだと思った。私自身の事なんて見てくれないのだと・・・絶望した。
「《《君は》》多分勘違いをしているよ。それは僕のせいでもあるんだろうけど・・・」
お兄様は穏やかな声で話し始めた。
「僕にとっても父様達にとっても《《君》》は大事な家族だ。そこは信用して欲しい」
お兄様の肩口に顔を埋めたまま、黙ってコクンと頷く。
「シャルロッテは和泉さんの記憶が戻ったせいで、シャルロッテでも、和泉さんでもない、別人になったと思ってるのかもしれない」
コクン。
「そして、君は二人の人格をどちらか一つに決めないと駄目だとも思ってる。でも、それは違うよ。二人は元々一人だったんだから。気付かなかっただけで和泉さんもシャルロッテと一緒に成長して来た。今、ここに居る《《君》》こそが僕の大事な妹だ。だから、お願いだから自分を否定しないで欲しい』
「お兄様・・・・・・!」
私はお兄様の肩口に顔を擦り付けてながら更に泣いた。
お兄様は、今の私を否定したりせず、受け入れてくれた。
シャルロッテとして生きるのに、和泉を捨てなくて良いと。
今の私が妹だと・・・言ってくれた。
「スタンピードか・・・」
そして、私が言った嘘か本当か分からない未来の事までを考慮してくれる。
「だからシャルは、急に裏山の散歩とか言い出したんだね。」
言葉と共にお兄様の視線が降りてくる。
「はい。今の内なら何とか出来るんじゃないかと・・・」
「その考えは正解。父様と話し合ったんだけど、あそこは近日中に調べる事になったよ。本来居ない筈の場所に魔物が居た事だしね。スタンピードを抜きにしても魔物を放置するのは怖い」
「・・・ギルドに頼むのですか?」
「うん。ギルドに依頼して、僕と父様達で調査に入る予定だよ。ダンジョンを探索して原因を突き止めないと」
「危険はないのですか?」
「慣れてるから大丈夫。シャルに心配はかけないよ。これでも強いんだからね?」
お兄様は私を安心させる様に無邪気に笑いながらおどけてみせる。
「私も・・・探索に参加したい!」
私は俯けていた顔をガバッと上げる。
私も手伝いたい。




