神を起こす方法➄
「『カシス』……?」
酒精がキョトンと首を傾げた。
「うん。私が知っているお酒なんだけど、あなたの髪や瞳の様に赤いお酒なの」
「……お前は好き?」
「ええと…カシスの事?」
私が尋ねると、酒精は大きく頷いた。
「好きだよ。シュワシュワの炭酸で割っても美味しいし、柑橘類の果汁やお茶を入れても美味しいの!」
私が言っているのは勿論、『カシスソーダ』に『カシスオレンジ』、『カシスウーロン』である。どれも大好きな味だ。
「……じゃあ、《《ソレ》》で良いよ」
「良いの?本当に?」
酒精……カシスが恥ずかしそうにコクンと頷いた。
「『……か、カシスたん……可愛い!!』」
「『マジで天使!可愛い過ぎて……辛い!』……か?主よ」
「……ええと……金糸雀さん?サイさん?《《それ》》は何でしょうか?」
私はまだ一言も発していないのだけど。
「え?今までのシャルロッテの流れならこうよね?お父様」
「ああ。これを二度三度繰り返す。それが主だ。……違うか?主よ」
くっ……!!
……違わないよ!?確かにそう言おうと思ったよ?!
って……二度も三度も……!
……やるな、私。うん。やってる……。
「シャルの行動はある程度決まっているからねー。というかワンパターン?」
「お兄様!?」
……こ、これも否定は出来ない。
「それがシャルロッテの可愛い所だと思うよ」
リ・カ・ル・ド・様!!
わーん!大好きだー!!
「そうだな。シャルは猪突猛進な所が素晴らしい」
「ふふふっ」
クリス様……褒めてますか?けなしてませんか?
しかも彼方!『ふふふっ』って!!
フォローして!!
プーッと頬を膨らませると、リカルド様が私の頭を撫でてくれた。
私はリカルド様に甘えて、その肩に頭を預けた。
「……いつもこうなの?」
「ええ。私が知る限りではいつもこんな感じよ?」
目の前では、セイレーヌと酒精……もとい、『カシス』が話していた。
「そっかー。《《あたち》》が引き寄せられた理由がわかったの」
「楽しそうでしょう?」
「うん!《《あたち》》は楽しいのが大好きだから……うれしい」
「それじゃあ、シャルロッテに加護をあげてくれるかしら?」
「良いよ!《《あたち》》はアイツが気に入った!」
端から見ていると、母と子供の微笑ましいやり取りにも見える。
……カシスたん可愛……はっ!
せ、セーフだよね?!
だから、そんな生暖かい目で見ないで!みんなー!!!
「シャルロッテ」
「へ?……え?何?……ごめん。話聞いていなかった……」
いつの間にか、セイレーヌとカシスが私の方を見ていた。
リカルド様から離れた私は、そのまま二人に近付いた。
「どうしたの?」
私がそう言いながら首を傾げると、カシスが黙ったままで私の右手を取った。
そして私の右手に唇を寄せ………………。
「っ……!」
右手の小指の辺りが熱くなったかと思った瞬間。
「はっ?!」
カシスが弾けた。
文字通り弾けたのだ。パーンって……。
「カシス!!!??」
私は勢いよく回りを振り返った。
いない……。カシスがいなくなった!!……弾けて……消えた?
え?え?……どういう事?
私のせいでカシスが……カシスが消えた!?
焦れば焦る程に視界が滲んでいくのを感じた。
……泣いている場合じゃない。
だけど……だけど、私にはどうしたら…………!
「はいはい。シャル。ストップ」
「お……にいさま?」
「うん。そう。君の素敵なお兄様です」
お兄様の温かい手が私の視界を遮った。
「大丈夫だから、落ち着いて」
私を抱き締めるこの温もりは……リカルド様……?
私は二人に言われるがままに……深呼吸を繰り返した。
そうすると少し落ち着きはしたが……まだ不安は消えない。
「お兄様……リカルド様……カシスが!!」
目の前で弾けたあの子は……?
お兄様の手の隙間から涙が頬を伝う。
「うん。僕達も見ていたから大丈夫。シャルの思っている様な酷い事ではないと思うんだけど……実際はどうなの?」
視界が塞がれている私には、お兄様が質問をした相手が見えてはいないが……
「驚かせてしまったみたいね。ごめんなさい」
直ぐに答えた声で、質問の相手がセイレーヌだった事を知る事が出来た。
「まったく……泣かせないでくれるかな?シャルを泣かせても良いのは僕だけなんだから」
……ええと、お兄様?それは違う。絶対に違う!!
「ルーカス。それは違う」
リカルド様!!もっと言ってやって下さい!!
「シャルロッテを泣かせても良いのは僕だ」
ええーと……リカルド様のそれも違う様な……?
「言ったね?『シャルを泣かせたら消すよ』って前に言わなかった?」
「残念。それは多分僕じゃない」
……うん。確か遠い昔にミラが言われてた様な……?
「そうだっけ?でも同じだよねー。シャルを泣かせて良いのは兄である僕だけだ」
「いや、そんな事は許さない!シャルロッテを泣かせて良いのは僕だ!」
……あのー、私は出来れば泣きたくはないのですが……?
お兄様とリカルド様のやり取りのせいで、いつの間にか涙が止まっていた。
「馬鹿ね……」
「アイシャ。あれは『若い』と言うのだ。そうだろう?主よ」
あー……、はいはい。
もう何でも良いから……私に理由を聞かせてーー!!
『シャルロッテ。カシスは死んだりはしていないわよ』
不意に私の頭の中にセイレーヌの声が響いた。
ワイワイ騒がしい中でも聞こえる様に……というセイレーヌの計らいだろう。
『じゃあ……どうして?』
私はその声に応える様に心中で問い掛けた。
『酒精は分裂出来る……と、話した事を覚えているかしら?』
『うん。覚えているよ!』
『良かった。カシスがしたのはソレなの。酒精は目に見えないほどに細かく分裂する事が出来るのよ』
『つまり……弾けて見えたのは……分裂しただけだ……と?』
『ええ。そうよ』
『……それは……何の為に?』
私がそう問い掛けると…………
「右手の小指を見てみて」
セイレーヌは私の頭の中に問い掛けるではなく、直接的に言葉を発した。
すると、この場はタイミング良くシーンと静まり返った。
お兄様の手とリカルド様の腕の中から逃れた私は、セイレーヌの言った通りに右手の小指の爪を見た。
「これは…………?」




