神を起こす方法➃
「ねえ、《《あたち》》の声聞こえてる?」
丸く大きな赤い瞳が、私をジッと見上げている。
「あ、はい……。聞こえてますよー……?」
私はハムのクレープを取り出して、その子に渡した。
「わーい!」
大きな口を開けてクレープを頬張る女の子。
ええと……この子は結局、誰なの?
まさか、お兄様の隠し子じゃ…………。
「シャル?」
おっと……魔王様がニッコリ微笑んでいる。
「……何でもありません」
ただの冗談じゃないか!
ノリだよ!?ノリ!!
しかも何故、私の考えている事が分かるのだ!?
って……お兄様の能力か?!
……え?私は単純だから、そんなの使う必要はない……?
まあ、何でも良いけどさー……心の中ぐらい自由にさせて欲しいな。
はあ……。
私は肩を落としながら溜息を吐いた。
お兄様には追加で、チョコレートたっぷりのクレープも渡しておいた。
必殺!口封じ!!
……これで、しばらく静かにしていて下さい。
それよりも……問題はこの子だ。
どうしてこの場に突然現れたのだろうか?
ここはセイレーヌとクラウンしか知らなかった場所じゃないの?
……もしかして
「……セイレーヌの子供?」
「そうよ」
ニッコリ微笑むセイレーヌ。
「……え?本当に?!」
『それはないなー』と思いながら聞いた事が、本当の事だったとは……
思いがけない衝撃に胸がバクバクと鳴っている。
……お、落ち着け……私。
「そ、そうなんだ……」
「嘘。……冗談よ?」
「…………はっ?」
「この子は酒精。残念ながら私達の子供ではないわ」
酒精……?……冗談?
…………子供じゃない?!
え?……何? 頭の整理が追い付かないんだけど……。
「あなた達が楽しそうだったから真似してみたのよ」
ふふっと首を傾げながら笑うセイレーヌと、ポカーンと口を開きながら唖然としている私……。
め、女神も冗談とか言うんだ……?
予想外過ぎて、きちんと突っ込めなかった。
……私もまだまだ修行が足りないらしい。精進せねば。
「……ええと、この子が酒精なの?」
赤い髪と瞳を持つ幼いこの子が…………?
思わず、まじまじと見つめてしまう。
私がイメージをしていた『酒精』は、手の平サイズの妖精の様な姿だった。
……三歳の原寸大の幼女の姿ではない。
「ん?……おかわりくれるの?」
口元を拭った指をペロリと舐めた赤髪の酒精がコテンと首を傾げた。
……か、可愛い。超可愛い!
「うん!いっぱい食べてね!!」
「うれしいー!」
私は、フルーツたっぷりのクレープを酒精に手渡した。
「幼い子供の様に見えるけど、シャルロッテよりだいぶ長生きしているわよ?その子」
「……そうなの?」
「ああ。五十は軽く越えていると思うぞ。主よ」
「そうなの?!」
金糸雀とサイには酒精のおおよその年齢が分かるらしい。
嬉しそうにモグモグと口を動かしている、この見た目三歳の幼女が……実は五十歳だと?
「年齢を気にするのは人族だけだぞ。主よ」
「そうね。ありのままに受け入れたら良いのに」
サイと金糸雀はそう簡単に言って笑っているが……その『ありのまま』が難しいんだよねぇ……。
私は苦笑いを浮かべた。
長寿で外見が変わりにくい魔族やエルフ、神族と、短命の人族は違う。
根本的に年齢に対する《《重み》》が違うのだ。
男性側も毛髪とかの悩みはあるかもしれないが……深刻なのは女性側だ。
常に外見の美しさを求められる女性……。
……と、この話は今は関係ない事だ。
「酒精……って、一人しかいないの?」
酒精を見ながら素朴な疑問を口にしてみた。
「《《あたち》》は、一人だけど一人じゃないよ」
キョトンと瞳を丸くする酒精。
……なぞなぞですか?
私は大きく首を捻った。
『一人だけど一人じゃない』
……一は全、全は一……的な壮大な話?
「酒精は分裂出来るのよ。今はまとまって一人になっているという事ね」
首が地面に付いてしまいそうな程に首を横に捻っていた私を見かねたのか、セイレーヌが答えを教えてくれた。
なるほど!酒精は分裂が出来る!
……分裂するのかぁ……。想像するとなかなかにシュールだな。
うん。流石は異世界。
「分裂…………」
彼方も私の様に驚いた顔をしている。
うん。大丈夫。私も同じ気持ちだから!
彼方に視線を合わせながら大きく頷くと、彼方が安心した様に笑い返してくれた。
良かった。良かった。
サイと金糸雀が驚かないのは分かるが……お兄様やリカルド様、クリス様もそんなに驚いていない。……解せぬ。
「まあ、まあ。それよりも酒精にやって欲しい事があるんじゃないのかな?」
ジト目の私の頭をリカルド様が優しく撫でてくれる。
……これだけで機嫌が治ってしまう私は……単純な性格をしている。
だが!良いのだ!だって、大好きなリカルド様だもの!!
「はい!酒精には……ってあなたに名前はないの?」
『酒精』はあくまでも総合名称で、目の前の赤い瞳と髪を持つ幼女の名前ではないだろう。だから尋ねた。
尋ねたのだが…………
「なまえ?《《あたち》》は、《《あたち》》だからそんなのはないよ?」
酒精は名前がないのだと言った。
「そうなの?」
「うん。だって必要ないもん」
『必要』か『不必要』かで言ったら、圧倒的に『必要』だろう。
ないものは呼べないが、『酒精』って呼び続けるのもなぁ……。
「あら、だったら名付けてあげれば良いじゃない?」
……セイレーヌはそう簡単に言うけどさ、酒精にも都合とかあるんじゃ……
「わー!付けて、付けて!」
……良いんだ!? 軽いな!!
キラキラとした赤い瞳がこちらをジッと見つめている。
そんなに期待の篭もった眼差しを向けられたら、応えない訳にはいかないじゃないか。
「……私、ネーミングセンスないからね?」
大きな大きな溜息を吐いた私は、改めてじっくりと酒精を見た。
赤い瞳と髪…………うん。決めた。
「あなたの名前は『カシス』だよ!」
私はニッコリと笑った。




